no title

 炎が私の身体を包み込む。皮膚が、気道が焼けただれ、やがて声も出なくなって灰燼と化したところで目が覚める。眠りが浅くて、そんな夢ばかり見る。
 ためこみ症以外の何物でもない部屋の真ん中で身体を起こす。物への依存傾向は十代の頃から。開業して自由になる金を得てからは、雪だるま式に増え出した。人生に何の意味も見出すことのなかった、私という虚ろの裏返し。
 投げ出したスマホを見やると、深夜一時。ちょうどその時、着信画面に切り替わった。
 ユン・イナ。こんな時間に電話してくるのは、あなたしかいない。
『先生、なんだかさっきまで頭の中がうるさくて。いま凪が来たら先生の顔が浮かんだから、どうしても話さないと気が済まなくなりました。久しぶりですよね、こういうの。あ、迷惑でしたか?』
 滔々と喋りつづける電話口のイナがひと呼吸置いたのを見はからって「いいえ、起きていたから大丈夫」と傾聴のポーズを取ってみせる。
 私が再びパズル事件を始めてからのイナは謎解きに夢中で、おじと向き合うことで己の精神世界と取っ組み合いでもしているようだ。
 ──でも、まだ足りない。まだまだ。
「眠れる場所を見つけたんじゃなかった?」
『いつもそこで寝てるわけじゃありませんよ。今日は家にいます』
 私は目を閉じる。この部屋と対照的ながらんとしたあの高級住宅の一室で、目を大きく見開いてスマホを耳に押し当てている、ユン・イナの白い顔を想像する。
 私が天涯孤独に追いやった子ども。再び目の前に現れた、いま私にもっとも近しい存在。
 イナが私の事件に光を当てた。だから私は別の人間のようなふるまいで再び人の命を奪うことによって、ようやく本来の私を生き始めた。あなたが本当の私を理解しようと必死になっていることが、私にはたいそう嬉しくて、少しだけ怖い。
『最近、推理小説を読むんです』
「意外ね。イナさんは純文学の方が好きでしょう」
『推理小説は眠くなるから』
「あきれた。そんな理由で読んでるの?」
 ふと、この前聞いたイナの話を思い出す。あの喩えに倣うならば、同じ家で育ち、彼は表門、私は裏門から出た。
 ヤン・ジョンホが孤児達を支援しつづけるのは、憎しみと悲しみに呑まれても人は変われると信じているから、のようだった。そんな努力もむなしく、私のような人間は出てきてしまう。
 きっと彼は、追い詰められたら他人よりも自分を傷つける人。心の弱い人。私のことは止められないし、大したことなどできないだろう。
 私は今、塀から落ちている途中なのだ。誰が何をしたってもう手遅れ。あとは地に追突するだけ。割れてしまったハンプティ・ダンプティは、どうしたって元に戻せない。
 どうせなら最後、粉々になって灰燼と化すところまで見届けてほしいと願う。ほかの誰でもない、あなたに。

 だからお願い、イナヤ。
 最後の瞬間まで、ついてきて。

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