沖津、そしてその友
「眠るんだ」
懐かしい声が低くささやいた。
その日はひどく疲れていた。
ルームキーをかざして部屋へ入ったあとは、所定のプロトコルに則って、各所への連絡を済ます。
慣れ親しんだ動作を終えると、沖津はジャケットを脱いでベッドに倒れ込んだ。清潔なシーツの上に横たわると、もうまぶたを開けることはできなかった。自分の体の規則正しい呼吸の音を聞くだけの時間。眠りと覚醒の狭間で、声を聞いた。まるでそばにいるかのように語りかけるそれは、懐かしい友の声だった。
ああ、ほんとうに疲れているんだな、と思った。死んだ友の声が聞こえるなんて。そう思ったが、重い疲労がのしかかる体には、指先一つ動かす気力さえ残っていなかった。
トン、と額を軽く小突かれた。指先が額に当てられる。何をするのも億劫だと言うのに、その微かな感触は沖津の意識を額の指先に集中させた。
額に触れた指は、一点の接触を離れ、ゆっくりと皮膚の表面を滑っていく。線を引くように、鼻筋に向って下っていく。鼻梁をなぞり、唇、頤へと一定の速度で、軽い感触を保ちながら指先は滑る。あえかな感触に意識は集中し続ける。
やがて指先は2本の鎖骨のあいだを進み、脈打つ心臓の上にたどり着く。
拍動を確かめるように、動きを止めた。そこにある、と指差される感覚。
やがて指先は離れていく。
ああ、と思う。
ああ、ああ、ああ、
「眠るんだ。沖津」
声は最後にそう言った。
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