抗って、旅をして
「今更だが、アリゼーは変わった魔法を使うんだな」
ユルスがそう言ったのは、テルティウム駅周辺の哨戒が一段落した時だった。うろつく魔導兵器を破壊して住民を守ると共に、兵器を分解して部品や青燐水を調達する。その仕事が務まるのは腕に覚えのある者だけだから、二人は自然とペアを組むことが多かった。
「そう? 変わってる?」
アリゼーは言いながら仕留めた魔導兵器に近づくと、慣れた手つきでタンクを外す。動力部に繫がる管を振って、中に残る青燐水をタンクの中へ落とした。
「軍学校にいた頃、敵が使う魔術について習った。攻撃に特化した呪術と巴術、癒しの力を持つ幻術……。魔法は習得に時間がかかるから、一人につき一種類のものを使うと教わった。少なくとも、杖を持ち替えずに複数を扱うことはできないと。だがアリゼーは呪術と幻術の両方を使ってるように見える」
「ああ……」
ユルスは兵器の側面にあるタラップを登り、筐体上部の蓋をナイフで開けた。アリゼーが燃料を抜き切ったのを見計らって、動力装置を取り外す。アリゼーもそれを下から確認し、次はタンク近くに延びる導雷線を除いてゆく。しばらくは黙々と作業が続いた。
「ユルスは魔大戦って知ってる? 第五星暦のエオルゼアで起きた戦争なんだけど……」
アリゼーがそう言ったのは、ユルスが動力装置の分解に取り掛かった時だった。導雷線を束ねているのが目の端に映る。
「……名前だけは聞いたことがある」
そう言って手持ちの工具で動力装置のネジを緩める。つんと鼻をつくのは、青燐水が燃えた後の煤の匂いだ。アリゼーも導雷線をしまうと、筐体の背後に回って更なる分解を始めた。
「第五星暦のエオルゼアは、魔法による戦争が絶えない時代でね。特に黒魔法を編み出したマハと、それに対抗して白魔法を産んだアムダプールは、果てしない軍拡競争を続けたのよ」
ユルスは、へえ、と言いながら装置の中を覗く。長い間整備されていないせいで、エンジンは煤まみれだった。悪臭に思わず顔をしかめる。だが幸い、内部に傷は見当たらない。
――まずはピストンをバラすか。
ユルスは腰に提げたポーチからレンチを取り出す。ビスはすっかり緩み始めていて、苦もなく回った。
「聞きかじりだが、黒魔法は確か呪術の上位魔法じゃなかったか?」
「そうよ。白魔法も幻術の上位魔法ね。どちらも、今となっては会得する人がすごく少ないの」
「何故?」
アリゼーは筐体の横から顔を覗かせる。こちらを見る目に、何ごとか問う色があるのをユルスは認めた。
「危険だからよ。――一国を容易に滅ぼせる破壊魔法と、土地のエーテルを枯らしてしまう治癒魔法。その二つがぶつかった時、何が起きたと思う?」
ユルスは一つ目のピストンを慎重に抜き取り、ぼろきれで拭う。古びた煤の匂いは何度嗅いでも嫌なものだ。
「……霊災か」
アリゼーが筐体のアームを外すのが見えた。背丈はユルスよりずっと低いのに、思いの外膂力があるのでいつも驚いてしまう。
「そう。マハもアムダプールも、他の都市国家も、魔法をぶつけ合う魔大戦で滅びたの。――僅かな生き残りも散りぢりになった」
ユルスはその言葉に頷きながらも、話の行き先が分からず訝しむ。アリゼーはいくらもしない内に、もう片方のアームも地面に下ろした。
「よいしょっと。――だけど、マハからもアムダプールからも、逃げ延びた人がいたわ。第六霊災は水の災害だったから、高いところへ逃げようとしたのかもしれない。――そして今のギラバニアの辺りで、彼らはばったりお互いに出くわしたの」
ギラバニア。その言葉にユルスの手が止まる。友人の幾人かが派遣され、戻らなかった場所だったからだ。
「……今のアラミゴか」
だがそれを言って何になる。ユルスはそう思って、結局穏当な言葉を返した。
「ええ。――そこで何があったのかは分からないわ。魔物に殺されそうになった白魔道士を、黒魔道士が助けたのかもしれない。長旅で病に罹ったマハの人々を、アムダプールの遺民が治療したのかも。とにかく言えるのは、そこで初めて両国の人達は手を取り合ったのよ」
全てのピストンを抜き取り、ユルスは絡み合うように配置された歯車を分解しにかかる。テルティウム駅にある最も小さいドライバーを取り出したところで、アラミゴから帰ってこなかった友人の顔が思い浮かんだ。
――あいつも、向こうでこういうことをしていたんだろうか。
魔導兵器の整備士として赴任した友人だった。赴任直前に会った時、支給されたという精緻な工具の一式を見せてくれたのを覚えている。
――軍人さん達の安全を守る仕事さ。お前と違って軍学校は落第だったけど、これで国の役に立てるよ。
だがその友人が心を籠めて整備した兵器は、滑らかに動いて大いに人を殺した筈だ。アリゼーの語るマハやアムダプールの遺民、その末裔も混ざっているだろうアラミゴの人々を。
ユルスは強い煤の匂いに、不意に吐き気を覚えた。外した歯車を反射的に握り締めると、兵器の残骸から離れる。肺が破けそうなほど冷たい、エブラーナ氷原の風を吸い込んだ。
魔大戦で祖国を追われた人々のことを思った。黒魔法が多くの命を屠り、白魔法が緑を枯らした過去。ユルスは分からないなりに、往時の混乱を想像する。
――だがそいつらも、自分達が間違っているなんて思わなかったに違いない。
マハでもアムダプールでも、自分達だけは正しい戦いをしているのだと叫ぶ人々がいた。ガレマール帝国の為政者がそうだったように、その声を煽る為政者も存在したのではないか。ガレアン人は魔法こそ使えないが、魔大戦の頃の人々にそっくりだ。
――俺達も、そいつらも……どこで間違えたんだろうか。
魔法を使えぬガレアン人がエブラーナ氷原で生きるためには、青燐水に頼るしかなかった。最初は暖房の、次に輸送機械の動力源になった。やがては魔獣を狩るための機械、そして外敵から身を守るための武器を作るようになった。
――ガレアン人は、長い間土地を追われ続けてきた。
周辺地域からの侵攻を跳ね返せるようになって、ガレアン人は故地コルヴォを取り戻したいと考えた。それが侵略戦争の始まりだった。
――だが取り戻すというのは、実のところ殺戮するって意味だった……。
最初からその意味でしかなかったのに、多くの人がそこから目を逸らした。強い武器を得て、甘い夢に酔った。ユルスは知っている。自分もその一人だったからだ。
故郷コルヴォを取り戻せ! ユルスの両親が若かった頃、ソル帝は演説の中で盛んにそう語ったという。殆ど涙ぐみながら語る皇帝の姿に、多くの国民が戦意を鼓舞されたと聞く。
――コルヴォを知る人なんて、一人もいなかったのに。
ガレアン人がコルヴォを離れたのは遠い昔の話だ。皆、物語の中でしかコルヴォを知らない。知っているのは冷たい氷原と青燐水だけだ。
――もし、エオルゼアからの救援が来なかったら……。
ユルスは廃墟を見ながら漠然と考える。バブイルの塔が建った後、もしエオルゼアからの救援が来なかったら、自分達はどうしただろうか?
――南へ逃げた、と思う。
生きる見込みのある属州へ、あるいはどこでも良い、暖かい場所へ逃げた筈だ。もしかしたらそれは、祖先達の通った道を遡るような移動になったかもしれない。
――その先でコルヴォの人達に出会ったとして……。俺達は、手を取り合えただろうか?
廃墟を渡る風は、ユルスの肌にぴりぴりとした痛みを与える。胸がまだ気持ち悪い。
「……遺民同士が手を取り合ったっていうのは、どんな風に?」
吐き気をこらえながらユルスは尋ねる。マハやアムダプールの遺民達も、岩山の続くギラバニアで似たことを思っただろうか。この魔法の何が間違いだった? 使い方か? 技術そのものか? 生み出してしまった以上、戦争になるしかなかったのか? 私達はこれから――
――これから……どんな風に生きれば良い?
大きく息を吸い、吐いた。ふと見ると、アリゼーがこちらへ近づいてくる。どうやら兵器の後輪を外し終えたところらしい。
「……彼らはやっと気付いたの。自分達が生み出した魔法は、世界を滅ぼしかねない危険なもので、戒めなしに使ってはならないんだって。けれどその頃には、大いなる災いが迫っていた。その力は霊災を乗り越えるために有用でもあった。――だからマハとアムダプールの敵対の歴史を超えて、互いを信頼し戒め合う、新しい魔法を編み出したのよ」
アリゼーはそう言うと、腰の細剣に軽く手を置いた。白っぽい光が溢れて、ユルスの胸の痞えがふと楽になる。
――癒しの魔法。
次いで、アリゼーはユルスの背後へ向かって細剣を振り抜いた。どん、と鈍い爆発音がし、次いで何かが地面に倒れる音が聞こえる。見れば別の魔導兵器が倒れていた。
「……助かった」
素直に礼を言うと、細剣を収めたアリゼーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「この赤魔法はね、白魔法と黒魔法がお互いを戒め合う形で設計されているの。環境エーテルに頼らず、使い手のエーテルだけで発動する。――その全てが、魔大戦への深い反省から始まっているのよ」
ユルスはその言葉に、ゆっくりと拳を開いた。歯車へ目を落とす。同じ大きさの、しかし歯の数が全く違う二つの歯車。戦争への深い反省。
マハとアムダプールの遺民達は、先へ歩んで行けたのだ、と思った。ただ後悔するだけではなく、その悔いを新たな創造へ繫げた。霊災の時代に新たな魔法体系を作り上げるのは、並ならぬ苦難の連続だったに違いない。それでも彼らはやり遂げた。互いを戒め合い、互いに支え合える魔法を。
「私の師匠が言うにはね」
アリゼーは先ほどまでユルスがいじっていた動力装置に目を向ける。酷い匂いね、と言いながら白い手が歯車をばらしてゆく。
「赤魔法は、滅びに抗う魔法なんですって。――かっこいいでしょ?」
地面に置かれた空き缶に、アリゼーは歯車を次々と放り込んだ。ユルスも装置のところへ戻ると、缶へ歯車を収める。やっと一つ笑った。
「おい、部品は丁寧に扱ってくれ」
言って彼もまた動力装置の中を覗く。煤の匂いは相変わらず酷かったが、癒しの魔法のお蔭か先ほどよりましに思えた。
「……お前達も、滅びに抗ってくれたんだよな」
四つの手で歯車を外すと、いくらもしない内に装置はばらばらになる。アリゼーはちらりと笑ったが、結局何も言わずに黙々と作業を続けた。彼女と替わって今度はユルスが口を開く。
「マハやアムダプールの人達と同じように、ガレアンは――俺達は間違えた。多くの土地を侵略し、殺し、奪うのが正しいのだと思ってきた」
歯車を全て取り外すと、後はもう排気口に繫がる管が残るばかりだ。煤で汚れたそれを、ユルスは順番に外してゆく。
「けど、お前達のお蔭で魔大戦の時みたいにはならなかった。霊災や終末の訪れを防げたし、俺達も……国はなくなったけど散りぢりにならずに済んだ。お前達が抗ってくれたから」
「違うわ、みんなで抗ったのよ」
それは優しい声だった。ユルスは真っ黒な手でチューブをつかんだまま、アリゼーの顔を見た。何を気負うこともない、静かな面がそこにある。
「――だとしても、お前達が先頭に立ってくれた。第六霊災を目の当たりにした人々に比べると、俺達は運が良い」
ユルスはチューブを廃品の袋に入れる。しばらくの間手袋を外していたから、指先が悴んできている。
「ガレアン人はここ五十年、世界中の国を破壊して、人を殺してきた。俺達のせいで、今日生きていた筈の多くが死んだよ。なのに俺は幸運にも生き延びてる。――それが疾しいんだ」
ぼろきれで手指を拭く。煤だらけの手からもあの匂いがした。胸に湧く微かな悪心を、ユルスはぐっとこらえる。
「俺達だけが背負うものなんだと思っていた。殺したのに生き延びてしまった疾しさは。……だが今の話で、その昔、似たものを抱えて生きた人々がいたと気付いた」
空き缶いっぱいの細かな部品、ピストン、金属線、ホイール、そして青燐水。タンクに波打つ真っ青な液体を、ユルスは改めて見つめた。空とも水とも異なる、高温の火のような青だ。
――月から見たアーテリスは、青かったよ。
アルフィノの言葉を思い出す。多くの命を乗せる青い舟。世界が分かたれるより昔から、ずっと星は旅を続けてきた。
「俺達も……俺も、償って、抗っていけるだろうか。赤魔法を作った人達のように」
「できるわよ。生きているもの」
アリゼーはそう言って部品の詰まった空き缶を抱える。大漁ね。駅の方角へ踵を返す少女の表情は穏やかだ。
「生きてるって、それだけで無限だわ。何もかもそこから始まるのよ。だから殺しちゃいけない。――それを忘れちゃうお馬鹿な人達に、これからはユルス達が何度でも言って聞かせれば良いわ」
「戦争するな、人を殺すなって?」
「ええ。言い続けて、自分と相手を戒める。魔大戦を生き延びた人達もそうしたわ」
戒め。その言葉にユルスは天を仰いだ。エブラーナにありがちなどんよりとした空だったが、雲の切れ間からは僅かに陽光が覗いている。黄色っぽい頼りない光の中に、家族や友人の顔が浮かんでは消えていった。
「……戒めるってことは、相手を信じているんだな」
テルティウム駅までの道を三分の一ほど歩いたところで、二人は荷物の重さに音を上げた。地面に荷物を置き、切れた息を整える。
陽光は先ほどより僅かに傾いていた。それを眺めて、ユルスはぽつりとこぼす。
「聞いてくれると信じていなければ、戒めの言葉は出てこない」
びょう、と冷たい風が吹きつけた。頬がちりちりと痛い。氷原の外には敵が満ちている。ソル帝が繰り返し語った言葉を捨て去る時が来ていた。奪うのでも殺すのでもなく、相手を信じる。
「俺達は、まずそこから始めないと」
言って、何だか途方もない思いに駆られる。ユルスは再び荷物を抱えた。肩にかけた麻袋は先ほどより重く感じられたし、両手で抱えた空き缶は益々冷たい。
ふと、道の向こうに数名の人影が見えてきた。アリゼーは何か言おうとしたようだったが、それを見て口をつぐむ。おおい、と一人が手を振っていた。
「手伝いに来たぞお」
テルティウム駅からやってきた連中だった。二人がそろそろ戻ってくると踏んで、手伝いに来てくれたらしい。いくらもせぬ内に二人のところへ来ると、一人がユルスの背負った麻袋を肩代わりしてくれる。
「うっ、くせえな。煤の匂いが酷い」
「無理するな、重いだろう」
「みんなでしゃべりながら行けば平気だよ」
その言葉に、ユルスははたと足を止めた。
「どうした? 行くぞ」
「ああ……」
「後でもう少し他の人を連れてきましょ。そうすれば重い車輪も外せるわ」
「そろそろ輸送機を動かせるようになるんじゃない?」
荷物の重みを紛らわせようとして、自然とよもやま話に花が咲く。もうすぐ鉄道路線に沿って動きそうな輸送機、支援物資の次の到着予定、無事に生まれたケレアのところの赤ん坊……
しゃべりながら歩いていたら、テルティウム駅に着くのはすぐだった。荷物を置くと、アリゼーがシャードを使って水を温めてくれる。ぬるま湯に手を浸すのが心地良かった。
「話してたら、荷物が重いのも忘れてたよ」
ユルスの言葉にアリゼーも頷く。
「そうやって遠くまで行けたら良いわよね、私達みんな」
その言葉に、自然と笑みが浮かんだ。
忘れていたことを一つ、思い出した気分だった。
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