送り我慢狼

「な、なんで…?」
「えっ!?」
 ちょっと飲み過ぎちゃったという彼女はふわふわしてて危なっかしかった。ここは男の見せ所でしょ!と思って本当の本当に善意100%の紳士力MAXで家まで送ってあげたら「せっかくだからお茶くらい出すよ」と言われて部屋へ招かれた。
 なんとなくまったりしちゃって、ベッドを背もたれにして座って寛ぎながら他愛もない話をしていたんだ。そしたら変な沈黙が降りてきちゃって、見つめたら彼女が全然目を逸らさないから、あ、これはそういうやつだと思ったんだよね。浅はかだと思うけど、好きな子にそんなとろんとした目で見つめられたら我慢とかできないわけ。
 だから俺は彼女にキスした。びっくりさせると思ったけど、そのあとちゃんと「好きです。付き合ってください」って言うつもりだったんだ。本当にマジでこれはガチ。
 なのに彼女は心底びっくりした顔をして、俺を不審な目で見ている。さっきまでのとろんとしたやわらかい眼差しは消えてしまい、俺の「告白しよう!」という甘酸っぱい心音も今や聞こえない。え?俺死んだ?色んな意味で。
「わたしそういうつもりじゃないよ…。ごめん、白石だから…なんもされないと思ったから…」
 ああ、やってしまった。これはもう終わりだ。
 完全に信用を失った。彼女が前に、グイグイ来る人はあんま好きじゃないと言ってたからグイグイいきすぎないように気をつけて、でもとくべつに優しくして、やっとこの位置まで来れたのに。順序を間違ったせいで全部崩れていく音が聞こえてくる。
 俺を見る目にはもう信用どころか仲の良い友達に向けるような気持ちさえ感じられなかった。
「あー…いや、違うんだよ?そういうつもりじゃ…なくはねえんだけどその、事情が違うっつーか…」
「信じてたのに…白石のこと…」
「えっ!?待った待った!!」
 彼女のまあるい目がふるふると揺れ始めた。
 え?ウソでしょ?俺、泣かせちゃうの?
 そんなの嫌われるどころか金輪際2度と口聞いてもらえないやつじゃん。
 だらだらと冷や汗が噴き出す。やばいやばい。さすがにここまで嫌がられるとは思ってなかった。
 だって連絡したら絶対1時間以内には返ってくるし、調子がいい時は毎日連絡続くこともあるし、俺から誘うことの方が多かったけどだんだんと彼女から誘ってほしいのかなと思わせる発現も増えてった。最近は寝る前に何時間も電話したりとか、「白石といるとずっと楽しい」って言ってくれたじゃん。それ全部恋じゃなくて、信用できる男友達だったからなの!?
 これまでの諸々を思い出してあわあわしていると、彼女の目からとうとうぽろっと涙がこぼれた。ああ、泣いちゃった。俺のせいで泣かせちゃった。心臓が千切れそうなくらい痛くなった。
「好きだと思ってたのに…白石のこと…」
「うん。本当に無神経なことしてごめ………ん!?」
「白石はただ、そういうことがしたいだけだったんだ…」
 ぽろぽろとこぼれる涙を白い指が拭うのをじっくり見てしまった。いやいや、違う。そんなことはどうでもよくて。
「今、俺のこと好きって言った…?」
「わたしはずっと白石のこと好きだったもん!」
「待っ…え〜!?どういう状況ぉ〜!?」
「白石のばか…ばかあ…」
 子供のようにぐずる姿に胸のなかから何か熱いものが膨らんでたまらない気持ちになった。(言っとくけどマジで下ネタじゃねえから)
 彼女はまだちょっと酒が抜けてなくて酔っ払っているんだろうと思ったけど、それでもきっと本心なのだ。
 どこかでタガが外れたのか彼女はいよいよ本格的に泣き始めた。本当に、こんなつもりじゃなかったんだ。小さい体をなるべく包み込むようにしてそっと抱きしめる。酒の匂いと彼女の甘い香水の匂いが心地よくて、溺れそうになるのを堪えるように肩に回す腕に力を込めた。
「順番、間違ってごめんよ。俺もずっと好きだったんだ。付き合ってほしい」
「うそ…」
「うそじゃない。好きだ。…好きなんだよ、ほんとに」
 どうしたら気持ちって正しく伝わるんだろう。ぎゅうぎゅうと力を込め続けながら彼女がせめて泣き止んでくれるのを待つ。
「今日はキスしちゃったけど、いいよって言われるまでもう2度としない。そしたら俺の気持ち信じてもらえる?」
 こくん、と彼女が小さく頷いた気がした。これは付き合うってことなのか、本気で好きってことが伝わっただけなのか。どっちも微妙だけど明確な答えはまた今度でいいだろう。今は嫌われないことのほうが何より大事だと思った。
 名残惜しく感じながらそっと離れる。いたたまれない気持ちになって彼女を見ると、まつ毛が涙で濡れてやんわり光っていた。
「…かわいいね」
 俺にはいつもきみが眩しいものみたいに見える。こんな時でもそんなことを思ってしまうのだから恋っていうのは本当にやっかいな気持ちだ。
 頬に手を伸ばして包むようにして触れる。気持ちを確認したせいなのか、安心したようにその手に擦り寄る彼女を見て、はたして俺は本当に我慢できるだろうか。
 触れている手が熱い。自分の意志とは関係ないところでずっと体の奥がソワソワしている。もっと近づきたい。俺の気持ちが伝わるまで、ここ熱をぶつけてしまいたい。
 だけどここは、愛の力の見せ所でしょ。

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