相似
血のにおいをさせた信一が、ひとりで四仔のもとを訪ねてくるのは久しぶりのことだった。何かと思えば、侵入者たちにばったり出くわしたのでそのまま単独でのしてきた、ここには龍兄貴への報告前に取り急ぎ寄ったのだ、という。怪我らしい怪我は肩の打撲だけだし、服に付着しているのはすべて相手の血だ、とも。
ひとまず椅子にかけさせて怪我の具合を確認する。左肩の皮下出血は痛々しかった。しかし、たいしてひどくもない、数日もすれば治るだろうと思いながら、四仔は几帳面に湿布を貼ってやる。打撲だけで済んだのだからよかった。侵入者は追い返したのかと尋ねれば、信一はぎらりと目を光らせて笑った。
「当然」
返事の代わりに患部を叩き、手当てを終えた合図をする。四仔は、痛えとうなる声も自分にじっとりとむけられた目もまるきり無視をした。このくらいで大げさだ。医療道具をしまい終えて振り返ると、信一は座ったまま、治療のために脱いでいたシャツに袖を通しているところだった。右手だけで器用にボタンをとめていく様子を眺めていると、ふいに信一が四仔を見た。
「あのさ四仔」
「なんだ」
「怪我のこと兄貴に言うなよ」
「は?」
「あいつらにも」
信一のかかとが床を蹴って、緩く癖のついた髪が揺れた。
「かっこわりいだろ」
かっこわるい、ねえ。四仔は目を細めた。椅子にもたれて気まずそうに唇をとがらせる男の姿は、いつになく年相応に映った。時おり信一は、薄暗い世界で生きる人間にひどく不似合いな言動をする。
そもそも、たとえ四仔がなんにも知らないふりをして、信一の負った怪我やその治療について誰にも口外しなかったとして。龍捲風は確実に気が付くだろう。九龍城砦で起きたこと、何よりお前のことなのに、あの人が気が付かないわけがない。洛軍や十二少だって。あたりまえだ。けれどそんなことは四仔がわざわざ口にしてやらなくたって、信一がいちばんわかっているはずだった。面倒なやつだな、と四仔は思う。
「なんだよその顔」
「別に」
「……」
「わかった。言わない。言いふらして歩くほど俺も暇じゃない」
四仔がため息まじりにそう言った途端、信一はにんまりと笑って、だらしなくもたれかかっていた椅子から立ち上がった。右腕が伸びてきて、止めるまもなく四仔の頭に手のひらが触れる。つい数分前に貼ってやった湿布のにおいが四仔の鼻をついた。勢いよく髪が乱される。
「おい」
「お前ならそう言うと思ったぜ」
「いいからやめろ。ふざけるなよ」
苛立ち迷惑がる四仔に構わず頭をなで続ける信一はとても上機嫌に見えた。さっきまでの拗ねたふるまいはいったいなんだったんだ、怪我だって痛むくせに、と思う。
「ありがとな」
「……」
埒があかない。なかば本気で振り払おうとするとようやく手が離れた。兄貴分を気取っているんだかなんだか知らないが、こうやって子ども扱いをされるのは気に食わない。クソにやけづら。四仔はぐしゃぐしゃにされた髪を整えようとしながら、あからさまに大きく舌を打つ。信一が愉快そうに、わははと声をあげて笑った。
「早く出ていけよ。報告があるんだろう」
「おー。着替えてから行くよ」
信一は、怪我人とは思えないほど軽快な足どりで出口へとむかって
「じゃあな」
と右手をひらひらとふってから部屋を出ていった。どいつもこいつも、嫌なところばかり似てくるのだからうんざりだ。だんだん遠ざかる足音を聞きながら、四仔はもう一度舌打ちをした。
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