はじめの話
花を吐いた。
おえ、と喉から突如として競りあがってきたものがあって素直に口を開けばシーツの上にぼとぼとと小さな花が落ちた。消灯後の静けさに突如としてイレギュラーが起きた。それに対応できないほど修羅場を潜ってこなかったわけではなかったから、というよりも睡魔の余韻が思考を引きずっていたからだと思う。せっせと花を回収して、星はヘルタのもとに飛んだ。列車の仲間はパム以外夢の中であるが人形のヘルタは睡眠を取らない。
夜勤のエマが親し気に声を掛けた。
「寝癖がついてるわ、可愛い」
「見逃して、さっきまで寝てたの」
「開拓者は大変ね。ヘルタさんに呼ばれたの? 今ルアン・メイさんも来てるみたいだから模擬宇宙関連かしら」
「え、スクリューガムも来てる?」
「スクリューガム?」エマは端末を操作して来客リストを確認した。
「彼は来てないけど」
「よかった、あの人の前で寝癖は流石に気が引けるから」
「あら恋?」
「違うよ、でもかっこいいでしょ。所作とか、なんか大人だし」
すぐそうやって恋と関連付けようとする。揶揄っているだけだというのはわかるが毎度反応に困った。子どもっぽい感想にエマは微笑んだ。
「櫛を貸してあげるから少し待ちなさい。そのくらいの時間はあるでしょう」
五十代半ばの彼女は二人の娘がおり、同い年ぐらいの星をよく可愛がった。手渡された櫛で大人しく髪を梳く。ヘルタは星の容姿に何も言わないがルアン・メイはどうだろうか。
「それはなに? 回収した奇物とかかしら」
「えっと、うんまぁそんなところ」
小脇に抱えたままの黒いゴミ袋を興味深く眺めるエマの視線から逃れるように星は慌てて立ち上がった。いくら常日頃からゴミの偉大さについて力説していようと流石に自信の吐瀉物を抱えているとは言いづらい。
「ありがとう、助かった。今度お土産持ってくるね」
「あら嬉しい、楽しみにしているわね」
「うん、楽しみにしてて。それじゃあお仕事頑張って」
結論から言うと病気らしかった。
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