ゆく年くる年



日付が変わるまでは起きていませんか。
御大層に空輸されて来たN県産の十割そばを啜りながら、譲介が言った。
上に載っている海老天はクリスマスに買ったフライヤーで譲介が作ったものだ。
未だに他人がホリデーシーズンにしか着ないようなトナカイのセーターを着込んでいるくせに、年が明けることは覚えていたらしい。
この年になって、年が明けるのが楽しいという気分が分かって来たのか、譲介はいつになく機嫌がいい。
「おめぇはよぉ……昨日も午前様で布団に潜り込んで来たくせに何をいまさら遠慮してんだ。」
テーブルの下で脛を蹴ると、譲介は眉を寄せた。
「昨日って…まだ今日ですけど、徹郎さん寝てたじゃないですか。」
おめぇに起こされたんだろ、と言いながら海老天を齧る。フライヤーを買った甲斐があったようで、衣がサクサクしている。
明日は餅をオーブンで焼くのに挑戦するらしい。
「一緒に起きていたくて。」と譲介は微笑む。
「ぽち袋は用意してねえぞ。」と混ぜっ返すと、年下の男は「どうせならもっと別のものをください。」と言って恋人の顔で笑った。

***


瞼の裏が明るい。
「徹郎さん。」
起きて、と身体を揺すられる。
帽子を被り、リュックを背負った小さなガキの姿が見えたような気がした。
「……何だ?」
重い瞼を開けると、目の前には満面の笑顔がある。
「あけましておめでとうございます。」と小さく囁いて、男が頬にキスをした。
「!?」
さっきまでソファに座って論文の素読をしていたはずだった。
最後の記憶は、十時を過ぎてから譲介が淹れたコーヒーの匂いだ。
量が多かったせいで、二十五日までに飲み切れなかったホリデーシーズンのブレンド。
――来年も、再来年も、あなたのコーヒーは僕が淹れますから。
夢うつつに聞いた言葉は、こいつの声だった気がする。
「カフェインを入れてから一眠りすると、頭がスッキリするらしいですけど、どうですか?」
そう言って、気づかない間にトナカイのセーターを脱いでしまっていた普段着の譲介が、腕時計を見せてくる。どうやら、論文の素読をしている間に年が明けてしまったようだ。
「あけましておめでとうございます。」
「おう。」
今年もよろしく、とこちらから言うのは妙に照れくさい。
「譲介、コーヒー入れてくれ。」
「はい!」
深夜にはた迷惑なほど大声で返事をしたところをみると、ただの夢だったわけでもないようだ。
譲介は、去年と同じようにして、コーヒーメーカーに粉をセットしている。
その背中を見つめながら、新年おめでとう、と口にする。
そのなんでもない挨拶が寿ぎの言葉であることに、初めて気づいたような気持ちで。

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