ネバラ①

 ネバラという男について、ドヴァキンが知っていることは少ない。旅の共となってから、トラブル解決のために走り回り、命のやりとりに挑んだりと濃密な時間を過ごしている。だというのに、自分たちの間には、未だ深く果てない溝が存在していた。ビジネスライク、と言えば聞こえはいいが、彼の日頃の言動は、ビジネスからは程遠い。感覚的には、球場で野次を飛ばす近所の酔っぱらいが近いかもしれない。あまりにも微妙だ。だがまあ、内面に無理矢理踏み込みたいわけではなく。彼にとっては今が丁度いい関係なのだろう。そう思っていた。そう思っていたのだ。

(お前マジなんなの?なんでゼルザスくんには全力で絡みにいくの?)

思わず半眼になった視線の先。そこには先日旅の共に加わったアルゴニアンの青年、ゼルザスに軽口を叩くネバラがいた。

「ゼルザス、これは重要な案件だ。君の特技と私の愛するものについてのことだが……」
「またですか。前にも言いましたが、それはあなたの体にも影響があるのでおすすめしないと言いましたよね」
「なんだ、つれないな」

はしゃぐネバラと態度こそ誠実だが声に面倒くささが滲むゼルザス。二人の会話を眺め、ドヴァキンは思った。あ、これ違うわ。これ飯はまだかとかいうじいちゃんを適当にあしらうやつだわ。自然、しょっぱい顔になる。なにやってんの、お前……

 塩辛い感情を噛みしめるドヴァキンを他所に、ネバラは会話を切り上げ去っていった。どうせその辺で酒でも探しているのだろう。もっとも、この辺りの酒は全てドヴァキンが回収したのだが。
(だってこの世の酒は、全て美人たるオレのものだからな)
本日の成果を振り返り、口元をほころばせる。と、そんなドヴァキンを怪訝そうに見ながらゼルザスが話しかけてきた。
「先程から僕達のやりとりをみていましたね。なにか用があったのでは?」
しまった、あからさまに見すぎたか。ぎくりと肩を強張らせ、ドヴァキンは慌てて両手を振った。
「ああ、いえ!違います!ただ、お二人共仲が良いのだなあ、と」
なんだか羨ましくて、と続けるとゼルザスは呆れたようにため息をついた。
「仲が良い、ですか。まあ、僕達の関係を良いか悪いかでいったら悪くはないのでしょう。ただ、あなたが思っているようなまのではありませんね。たちの悪い酔っぱらいに絡まれたというのが正しい。最も、彼は素面で酔っ払っているわけですが」
「わ……あ……」
淡々と繰り出される容赦のない言葉にドヴァキンの声が震える。たちの悪い酔っ払いについては、心当たりがありすぎた。
「素面だろうとなんだろうと、酔っ払うのは程々にしてほしいものですね」
「肝に銘じます」
思わず真顔になって返す。というのも、先日深酒をして暴れ、付き合ってくれたゴア共々、カーチャンという名のカイダンに大目玉を食らったばかりだった。
(ゴアくんいつも付き合ってくれてありがと〜!今度なにか奢るな!あとカイダン、おめーは人のこと言えねぇだろうが)
ドーンスターでの過去のやらかしを、忘れたとは言わせない。アレを聞いたとき、仲間とはいえ衛兵に突き出すべきか真剣に悩んだくらいなのだから。
(……あれ?オレの仲間、酒に問題のあるやつしかいない?)
ドヴァキンが真理の扉を開きそうになったその瞬間、ゼルザスがぽつりと零した。
「彼の思考は回っている。でも、口にするのはその場限りの、意味のないものばかりですね」
ドヴァキンはその言葉にどう返して良いか分からず、そっと目を伏せた。

 雪原に広がる、肉の焦げた臭いと、鉄錆の臭いが鼻を突く。一つの戦闘を終え、ドヴァキンはそっと肩の力を抜いた。周りでは仲間たちが傷の治療や損失したものの確認を行っている。自分もその中に加わろう、踏み出したドヴァキンの耳に静かな声が響く。

「引っ張り合ってふざけていたあの頃が懐かしい。ずっと続くと思ってたのにな……」

思わずそちらを向くと、ネバラが血払いと納刀を行っている最中だった。今の言葉は、どういう意味なのだろう。マジマジと見つめていると、こちらに気付いたネバラが笑い声をたてた。
「マーにだってま〜ちがいはある」
またしても話すつもりはないらしい。そのまま流れるように軽口を叩くネバラをあしらいながら、ドヴァキンは思う。

――全てをさらけ出せとは言わないが、せめて歩み寄ってはほしいもんだ

果たして、その思いは彼に届くのだろうか。

powered by 小説執筆ツール「arei」

12 回読まれています