いつかあなたのかえるときには/カイ晶♀(2020.6.14)

「もし」
「もし?」
「私が元の世界に帰ることになったら、もう一度熱の街に行きませんか」
 私が唐突に始めた仮定の話に、カインは驚いてすこしおさなくなったような声で応えた。そりゃあそうだ。これまでまったく違うことを話していたというのに。
「私、結婚式に憧れがあるんです」
 呟いた言葉はふわりと空に溶けていく。
 自分よりずっとしっかりした体を背中に感じながら、その腕に手をかける。いつしか、箒の前に乗せてもらうようになって、それが恋人になってからそう日が経たないうちだったこともなんとなく覚えている。後ろから見たらすっぽり隠れてしまって、二人で乗ってるようには見えない、なんてからかわれたこともある。
「白いウェディングドレスと、オルガンの音と、豪華な食事と、それから、……かわいい花とか、きらきらしたしあわせとか、……そういうのに、いつか私も触れられたらって」
 ああ、と相槌を打つのが優しくて、顔が見えないように告げたことがさみしくなる。自分で選んだというのに。
「ふたりであの街に行けたら、それだけでどこか満たされるような気がするんです。ひょっとしたら、突然帰ってしまうかもしれないけれど、時期がもしわかるなら」
 到底意味のないもしも、を並べて、安堵で息を吐くような恋人はこの人に似合わないと思っている。だけど、それでも、傍にいたかった、……いたい、と思っているのだから。
「そうだなあ」
 間延びした声が風に靡いて、空中に置き去りになった。弛まぬ努力によって鍛えられた体躯で支えてもらわなければ、私だって同じようなものだ。
「ウェディングドレスはクロエに」
「え?」
 突然仲間の名前が挙がって、びっくりするのは今度は私の方だった。
「オルガンはラスティカ、食事はネロ。ああ、酒も必要だろう、シャイロックに見繕ってもらえばいいんじゃないか? 花、は……南の魔法使いに聞いてみればいいかもな!」
 どうだ、といつも通りのからりとした響きで問われて、へ、と腑抜けた音がおちていく。
「ど、どうだって」
「もし、なんかじゃなくて、したらいいだろう。結婚式。それとも、俺じゃ不満か? 確かに、約束はできないが……」
 ぶんぶんと首を横に振る。
「そ、そんなわけないです、けど、そんな。でも、」
 いつ帰るかわからないのに。呆然と発した声がカインの耳に届く。だからだろ、とはっきりと断言された。
「いつ帰るかわからないから、今しよう。そうだろ?」
「カイン、……」
 喉が塞がったみたいに話せなくなった私の頭を、軽くぽんと撫でられる。それでまた、きゅ、と胸が詰まった。
「俺は、あんたの花嫁姿が見てみたい」
 それだけで十分やる理由はあるさ、とひどく楽しみそうで、いたずらな声音は、やっぱり私の好きな人だ。
 だから、いつかは。もし、できるのなら。
 魔法舎のみんなを招待して、きらきら、花の降る、しあわせの降るような、そんな一日を。
「夢みたい……」

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