青にとける約束
朝の光がやわらかく差し込む土曜日。
雄英高校は、週に六日授業があるため登校する生徒たちの姿があった。
──「今日さ、相澤先生休みなんだろ?ヒーローの仕事かな!?」
──「今日、中村先生休みだって!珍しいね!!」
この日、雄英高校の教員である二人は、“そろって”休暇を取っていた。
───
朝、駅に向かっていた2人。
「なぁ、ほんまに休んでよかったん…?」
いつものグレーのスーツ姿とは違い、黒のニットの下に白のシャツをレイヤードし、黒のジョガーパンツに白のスニーカーを履いてリュックを背負う中村は、相澤に問う。
「前もって言ってあるし、校長から許可はおりている。それに今日は俺の誕生日だ。誰にも文句は言わせねぇよ」
相澤に関しても、黒のタートルネックニットに黒のチェスターコートを羽織り、黒のスキニーパンツにショートブーツを履いている。
ヒーロースーツで見慣れた色合いだが、このオールブラックの装いは、同期である山田ひざしからの誕生日プレゼントだ。
高い身長とすっきりしたラインがよく似合っている。
髪はハーフアップにまとめていて、横顔がいつもより少しだけ柔らかく見える。
「!!!あの合理的主義の相澤先生がそんなこと言うんか…!!!」
「……今は、“先生”じゃない。“恋人”だ」
「…ふはっ、そうやね!!恋人の消太さーん!」
中村は笑いながら相澤の隣を並んで歩く。
その笑顔に、相澤の口元もわずかに緩んだ。
──本日の目的地は、少し遠くの海沿いにある大きな水族館。
電車の中、相澤は珍しくスマホを手にし画面を見ていた。
「何見てんの〜?」
中村が小声で話し掛け、スマホの画面を覗き込む。
「お前が見たいと言ってた“クラゲのトンネル”の場所を確認してる」
「……覚えてくれてたうえに調べてくれてるん…?やば、ありがと。嬉しい。すき…」
「…やめろ」
感謝と愛の言葉に照れた相澤が少し顔をそむける。
その耳が赤いのを見逃さず、中村はいたずらっぽく笑って、相澤の肩にそっと頭を預けた。
「……人前だ」
「バレへんって。電車の揺れに見せかけてるから」
「…ったく」
そう言いながらも相澤は、そのまま中村の手を軽く握りしめた。
──
約2時間電車に揺られ水族館に着くと、土曜日ということもあり家族やカップルで賑わっていた。入館時間は少し過ぎていたが、チケット売り場は長蛇の列だった。
「人多…」
「土曜日だからな」
「前もってチケット買っといて良かったなぁ」
水族館の公式サイトで事前に電子チケットを購入していた2人はスムーズに入館した。
─
「〜〜っ、うわあ…っ!」
中に入ると、海の中のような青い光がふたりを包んだ。
魚たちがゆらゆらと泳ぎ、ガラス越しの光が相澤の頬を淡く照らす。その横顔があまりに綺麗で、中村は思わず見惚れていた。
「……なに見てる」
「魚」
「嘘つけ」
「…消太の横顔、魚より綺麗なんやから仕方ないやん」
「……やめろ」
相澤の唇の端が、かすかに上がっていた。
──
ペンギンのエリアにやってきたふたり。
中村はガラスに顔を近づけ、1匹1匹を真剣に見つめていた。
「っなぁ、あのペンギンみて!!なんか、消太に似てへん?」
とあるペンギンを指さしながら相澤に話しかける。
「どこがだ」
「群れの後ろでじーっと見てる感じ。みんなの動き見てるとことか!」
「……悪くない例え方だな」
「せやろ〜?」
「お前は好奇心で前に出すぎて、氷に足を取られるタイプ」
「失礼な。…でもそん時は助けてくれるんやろ?」
「…当然だろ」
少し照れたように言って、相澤が手を差し出す。
中村がその手を取ると、水槽の光を反射して指先が青くきらめいた。
───まるで、海の底で誓いを立てるみたいに。
──
中村が見たいと言っていた
“クラゲのトンネル”。
天井いっぱいに広がる光の粒が、ふたりの上に雨のように降りそそぐ。
「おー…、きれー……」
「……そうだな」
「こうやって静かに過ごせるん、なんか不思議…」
混雑しているはずなのにタイミングが良く、今、この空間にはふたりだけ。
静寂の中に、中村の優しく低い声が響く。
「最近忙しすぎたからな。…たまにはこういう日があってもいい」
「……あんさ、来年も来ようよ」
「またクラゲを見にか?」
「そう。あとペンギンも」
相澤が目を細めて笑う。
その笑顔があまりに穏やかで、中村の胸が温かくなる。
「……約束、な」
「ん!約束!!」
中村が笑って、ふたりの指がぎゅっと絡む。
その時、トンネルの奥でふわりとBGMが変わり、
しっとりとしたカシス色の照明に切り替わった。
「なんか、カクテルみたいな色やね」
「この色だと…ブドウ…。いや、カシス系か?」
「あ、カシスといえば、“カシスショット”ってカクテルあるやん?あれ、今日の誕生酒なんやで。帰ったら飲む?」
「俺は甘いのは苦手だから、お前の担当になるぞ」
「テキーラで割るから下戸の俺は無理。カシオレが精一杯。…そこまで甘くないと思うから一応作って、カシスのリキュールで消太が好きそうなの探してみよ〜?」
「カシオレは甘すぎるだろ。…そうだな、たまにはビールじゃないのも飲むか」
「ビールかハイボールが多いもんな。ん〜…、なにがあるかな〜…」
水のゆらめきが二人の影を重ねる。
相澤はふと、中村の髪に手を伸ばす。
柔らかい黒髪に指を滑らせながら、低く囁いた。
「まみ」
「ん?」
「俺はお前がいるだけで、どんな時でも落ち着く」
「…っ、…急に何…。恥ずいんやけど…」
中村の頬がほんのり色づく。
照明の赤ではなく、彼自身の熱。
相澤はその頬を包み、目を伏せる。
「……誕生日プレゼントは、これでいい」
唇が触れた。
ガラス越しの光が、ふたりの間でゆらゆらと揺れる。
「…俺、ちゃんと用意してるで?」
「……そういうとこ、ほんと真面目だな」
「だって、消太のこと大好きやから」
「……知ってる」
相澤がもう一度、キスを落とした。
今度は言葉よりも長く、優しく。
──クラゲが流れる光の中で、
ふたりの笑い声が静かに溶けていった。
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