偽りのない私たち

アイカツスターズ きらあこss。
2022年、花園きららさんお誕生日おめでとうのssです。実際にこんな番組を見てしまったらきらあこのオタクは即死する。


******************************

 ――きららのおねがい、何でも聞いてくれる?
 そう言った彼女の瞳はいつもと同じ透き通ったラベンダー色で、くるんとカールした睫毛が熱っぽく震えている。
 ――あこちゃんが嫌なことはしなくていいんだけど、でも、きららは……
 あの日、どこか切なそうに言った彼女が心の底から幸せだと思えるようにしなければと思った。
「きらら、わたくしは……!!」
 息を吐ききって、また大きく吸い込む。覚悟は決まった。あこは屋上へ続く階段を上っていく。手のひらが汗でじわりと冷えて、背筋がぞくりと粟立った。
 扉を開けると、何台かのテレビカメラとスタッフの姿が見える。あこは示された方向にゆっくりと歩いていった。春先のまだ少し冷たい風が制服のスカートを揺らす。胸元のリボンがヒラヒラと踊っていた。制服と言ってもこの番組の衣装であって、四ツ星の物とは違う。ピンクとグレーのタータンチェックのワンピースだ。とってもかわいいのであこも気に入っている。
 『私立アイカツ学園』は架空の学校を舞台にした大人気のバラエティ番組で、トークや歌にダンス、ちょっとしたコントなど様々なコーナーがある。色んなアイドル学校のアイドル達が同級生として出演しており、アイドルファンにはたまらない番組なのだ。
 あこにとっても思い入れのある番組で、まだ中等部の一年生だった頃にツバサの後輩として出演し、バラエティ番組とはどういったものかたくさん勉強させてもらった。だから、当然毎回の出演前はしっかりと準備するし、本番でも打合せ通りにすべてをこなす。生放送ということもあり、楽しい現場ではあるが、ほどよく緊張感があるところも好きだ。
 しかし今日、あこは台本には書かれていない、あることをしようとしていた。手元にある安全のために取り付けられている柵をしっかり握る。あこはこほんと咳払いをした。
 この番組、撮影はスタジオ内のセットなどではなく、番組のために建設された校舎を使っている。本当に普通の学校生活を送れてしまいそうな校舎だ。出演しているアイドルからはもう一つの母校なんて呼ばれたりもしている。
 だからこの屋上も紛れもなく屋上であって、三階建ての校舎の上にあるのだった。相変わらず、空がやけに近く感じられるところだなぁと思う。
 後ろで、ディレクターがOKの合図を出したのを確認して、あこは空に向かってぶつけるようにして声を出した。
「今週の、ホンネのアノネはわたくし、出席番号15番の早乙女あこですわ! 今から、みなさんに秘密にしていたことをぶっちゃけちゃいますわ!!」
 そこまで言って一息ついた。大人気のコーナー、ホンネのアノネは屋上から正直なホンネを叫ぶというもので、本当に本当のことしか言ってはいけないというルールになっている。
 とはいえ大抵みんな、遅刻してしまったことへの反省とか、食レポのお仕事で食べたものが実は苦手なもので大変だったなどそういったことを告白する、わりとゆるいコーナーだ。毎回出演者は晴れやかなスッキリした顔で終わるのがお約束。
 前回あこがこのコーナーに出演したときは、『実は間違えて猫缶を食べてしまったことがありますけれど、わりといけましたわ――――!!!!』と暴露して話題をさらった。さすが猫アイドルなんて言われて思ったより盛り上がり、少しの間キラキラッターのトレンドになったりもした。
 しかし、今日おこなう告白は、このコーナー始まって以来の大きな反響があるに違いない。あことしては、まず打合せでスタッフに伝えたのとは違うことを言うというのにも少し抵抗がある。スタッフは驚いてカメラを止めたりしないだろうか。心臓がバクバクし始めて、今更不安が波のように押し寄せてきた。だが一度本番が始まったらもう止まれない。生放送だからすぐに全国津々浦々にあこの告白は届くのだ。
 それでも決めたから、あの子のために。
 ――あこちゃん、おねがい。
 目を閉じれば甘い声が蘇って、それだけで力がわいてくるような気がした。あこはすぅと息を吸い込むと、思いっきり声を張り上げた。
「実はわたくし、わたくし……Wミューズの片割れである花園きららさんと付き合っているんですの――――!!!!」
 思い切り叫んで、ハァハァと肩で息をする。後ろでスタッフがざわついていた。すると屋上の扉が開かれて、アイカツ学園の制服に身を包んだきららが突如として飛び込んできた。
「きらら!? あなた、今週は出演しないんじゃ……!?」
「あこちゃ――――――んっ!!」
 全速力でこちらに駆けてきて、思い切り飛び付いてきた。
「ほんとに言ってくれて、ありがと」
「……誕生日プレゼントなんだから仕方ありませんわ。生放送でカミングアウト。これで満足ですかしら」
「うん、うんっ……!!!」
 何度も頷きながらきららはあこの背中をぎゅっと抱き締める。その瞳には偽りのない涙が浮かんでいて、あこもつられて涙ぐんでしまった。
 カメラがそんな二人の姿を早速捉えているのに気付く。どうやら放送はこのまま続行、二人の好きにさせてくれるようだった。だから見せつけるようにしてあこもきららを抱き締め返す。
 二人の関係をファンのみんなにも、誰にも隠したくない。正々堂々と好きだって言いたいと、きららはずっと言っていた。だから今回、きららの誕生日に放送される今日の回、あこがこのコーナーに出ると判明したとき、二人のことを告白しようときららは言ってきた。
 最初はかなり戸惑って、返事をするのに数日を要したものの、やはり告白することに決めた。あこだって本当はずっと同じ気持ちだったからだ。
 アイドルが恋愛について打ち明けることはまだ少ない。同じアイドル同士の恋だって明らかにするときは慎重に行われる。理解が得られないことの方が多いかもしれない。けれど、このままでいたら、自分が自分でなくなるような、そんな不安があった。一番大切なひとのことをきちんと話せないことはとても辛かったから。
 言ってしまえば案外スッキリするもので、二人とも晴れやかな気持ちでいる。どんな風に見られているのだろう、これからどんな反響があるだろう。一抹の不安があるものの、言ったことに後悔はなかった。
 その頃、画面の向こうでは多くの人が幸せな心地で二人を眺めていた。二人の心配は杞憂であり、というか前から大体知ってたし、などと思っているところだった。
「お誕生日おめでとうですわ」
「えへへ♡あこちゃんありがと」
 唇を寄せたとき、ちょっとストップときららがカメラを制してくるりと向きを変えた。
「きらら今日お誕生日だからワガママ言っちゃうね。キスしてるときのあこちゃんの顔は可愛いから撮しちゃメェ~だよ!」
 可愛くウインクしてカメラには見えないように唇を重ね合わせる。煌めく日差しの中で手を取り合う二人の姿は、多くの人の目に焼き付けられ、幸せの象徴としてフィルムに刻まれたのだった。

powered by 小説執筆ツール「notes」

136 回読まれています