天国では花が降る


「なんなの今日。めちゃくちゃ寒いじゃん」
「最低気温三度だぞ。外出る時くらいジャージの下履けよ」
「ウルサ。母ちゃんかよ」
「お前なー、」
 口うるさい三ツ谷との言いあいは、柚葉にとって他愛ないコミュニケーションのひとつだ。こんなのはわりかし頻繁に起こることで、だから今日も今日とてとくに気にもとめず、柚葉は口先だけの応酬を続ける。そうしながら視線はルナとマナを追う。木枯らしが吹く中で走り回っている姿を目にしながら「子どもは風の子ってホントだよな」と感心した。自分だってまだ大人に加護されるべき存在であるというのに、自分ごとに関しては昔から希薄だ。それはどうしたってこれまで生きてきた家庭環境が影響している。自分のことはもちろん自分で、自分の弟のことも自分のように護らなければならない環境で育ってきたから。
 
 美形が好きなルナとマナは、もちろん柴家の三兄弟もお気に入りだ。だから柚葉をはじめ、八戒や大寿はルナマナから常常遊びに誘われ、果ては三ツ谷家に招待されたりもする。だから三ツ谷家と柴家のまんなかあたりに位置するこの公園は昔から足繁く通う公園のひとつだ。
「女が体冷やすの、良くないだろ」
「セクハラー」
「どこがだよ。やけにつっかかってくんじゃねーか」
 そうやって指摘された柚葉は、反射的に口を尖らせてむすりとした顔をした。そう言われたら確かにいやにつっかかっていると思う。でも、それは相手が三ツ谷だからだ。街でできた遊び友達だとか学校の友人とか、部活の後輩とか、もちろん先輩なんかにはこんな風な態度は取らない。つい、甘えてしまうのだ。こんな態度を取ったって、三ツ谷は自分を許してくれる。勝手にそう思っているから。
 母親にかわって妹ふたりを育てているといっても過言ではない三ツ谷も柚葉と境遇は似ている。学業にいそしみ、手芸部の部長をつとめながら東京卍會では弐番隊の隊長職をまっとうする。そのかたわらでは日々、大人顔負けの育児を担っている。先ほどからちくちくと編み物をしている三ツ谷の迷いない棒針さばきをみて、柚葉の気持ちがすこしだけしゅんとした。それは母親はが病室でよく編み物をしていたのを思い出したからだった。
 
「手、寒くないの?」
 
 さっきの威圧な態度もどこへやら、柚葉は反省の意を込めながらトーンダウンした声色でそう気にかけた。柚葉は三ツ谷の指先の動きをじっと目で追う。編み物をしたことなんて一切なかった。幼い頃も、母親の織りなす華麗な糸さばきに見惚れ、こうやって飽きずに眺めていたものだ。
 
「全然よゆー」
「ふぅん」
 
 暦はもう十二月を迎えている。木々はとっくに葉を散らし、空気は寒気の鋭さを増すばかりだ。先ほどまで鬼ごっこをして走り回っていたルナとマナは次にどんぐり拾いをはじめたようで、小さな体躯をさらに縮めるようにしてしゃがみ込んでいる。そんなふたりの背中をみて、柚葉は彼女らと同じようなとしごろの自分に思いを馳せた。なにをしていたっけ。そう昔を思い出そうとする。しかしやっぱり思い出すのは、優しく儚げに笑う、大好きだった母親の顔だった。
 それはそれでいいのだけれど。そう、むしろ大歓迎なのだけれど。でも、会いたくなるじゃん、と心の中でひとりごちた。そうしたら鼻の奥がつんとした。そうしたらタイミングよく三ツ谷が冒頭の続きをぐちぐちと話しはじめたので、気を紛らわせるためにそのお小言に耳を向ける。ちゃんと天気予報みろよとか、体を冷やしちゃいけない理由とか、そういうのをたらたらと喋っている。一見ガチの不良が、まるで縁がなさそうな編み物をちくちくと編みながら、生活感丸出しの小言をねちねち並べているっていうのがまた可笑しかった。
「ママが生きてたってこんな口うるさくないだろーな」とか「もはやここまでいくとおばあちゃんの知恵袋の域だろ」とか考えながら、この寒さから手を守ってくれていたブラウンの、もこもことしたエコファーの手袋を脱いでビニール袋に手を伸ばす。
 
「なぁ、オレの話聞いてる?」
 
 これまで「ウン、ウン」と適当な相槌を打っていた柚葉が急にガサガサと袋の中を物色しはじめたものだから、三ツ谷は顔を歪めながら柚葉に視線を向けた。さきほどからなんとなくわかってはいた。というか、説教まじりの小言を漏らすモンなら柚葉や八戒をはじめあげくはルナマナだっていつもあからさまに「聞いてませんけど?」というように適当な相槌を打つ。なので結局のところ、こういったことをぐだぐだ言ったって自己満にすぎないことは三ツ谷自身もよくわかっていた。それでもやめられないのは放っておけない兄貴肌のサガだ。
 
「聞いてるー。あんたも食べる?」
「ぜってー聞いてねーだろその感じ」
「聞いてるって」
 
 柚葉が袋から取りだしたのはほかほかの肉まんだった。さっき寄ったコンビニで買ったもので、もうひとつ、ピザまんも入っている。こちらはルナマナが好きなので半分こさせるために買ったものだ。もちろん、『出された夕飯はちゃんと食べきること!』という条件をつけるつもりで。
 柚葉はガサガサと肉まんの包装を剥いでから、食べさせやすいように三ツ谷の腕に自分の腕を巻きつけてぴったりと寄り添った。そうしてから「はい。今回はトクベツ。ひとくちめー」と肉まんを口もとへ持っていく。
 
「……いーの」
 
 空気を変え、話を変えようとしている柚葉の魂胆は三ツ谷には丸わかりだった。だから納得いかない気持ちもなくはないけれど、今日はまぁ、いいだろうと目の前の肉まんを享受することにした。
 
「どーぞ? 超嬉しー?」
「チョーウレシー」
 
 三ツ谷は棒読みでオウム返しをすると、遠慮なく肉まんにかぶりついた。「あんたがそーやってゆーとただのギャル男」と柚葉が笑う。「お前が言わせたんじゃん」と三ツ谷は口をもぐもぐとさせた。柚葉も三ツ谷に続いてぱくりとそれを食んでもぐもぐと咀嚼をはじめる。それから腕を巻きつけたまま頭をこてんと三ツ谷の肩に添え、口の中の肉まんを飲み込んでから目を閉じた。
 
「ママ、天国で元気にしてるかな」
 
 久々に聞いたな、と三ツ谷は思った。冒頭の柚葉の心境の変化に、三ツ谷は気がついていた。そしてなんとなく、そういう類のなにかなのだろうと検討はついていた。だって寒い時期を迎えると、毎年じゃないにしろ柚葉はぽろりとそんなことをこぼすから。別に誰かに聞いてほしかったりするんじゃなくて、ほんとうにひとりごとみたいにそうこぼすのだ。だから三ツ谷もとくにそこに関して深入りするようなことは言わないでおいている。なにか言うときには「あっちで元気にしてんだろ」くらいにとどめて。
 
「亡くなった人のこと思いだすとさ、」
「うん」
「あの世にいるその人のまわりにはきれいな花が降りそそぐんだって」
「……そーなの?」
「だから今頃、お前のかーちゃん喜んでんじゃねーの」
「……うん、絶対」
 
「ママ、お花好きだったから」と口にだした瞬間、柚葉の視界はじゅわっと歪んだ。泣いてる姿をみられたくなくて、柚葉は呼吸が震えるのを抑えるようにして鼻からゆっくりと深く息を吸って息をのみ、静かに息を吐き出した。
 
「いい思いしてくれるなら、たくさん思いだしてやんねーとな」
 
 三ツ谷には柚葉が感傷的になって体を縮こませたのをわかっていた。編んでいた手を止めて、柚葉の肩を抱く。そしてちゃんと伝わるようにゆっくりと話をはじめた。
 
「寂しくなったらオレだっているし、ルナマナだっている。あと八戒も、大寿くんもさ。なんだかんだお前のこと大事に思ってるよ」
「うん」
「まぁ、なんかあればウチの母ちゃん頼ってくれてもいーし」
「うん」
 
 柚葉はゆっくりとなまり色の空を見上げた。涙は落ちてこなかった。なんとなく、良かった、と思った。はぁ、と吐き出した息は白い。白い息をひとりでみるともっと凍えそうな気になってしまうけれど、今は隣に三ツ谷がいる。それだけであったかくて、生きてる心地がした。暖かい家族ってきっと、こんな感じなのだろう。
 
「三ツ谷ぁ」
「ん?」
「大好き」
 
 三ツ谷はちらりと柚葉の表情を盗みみて、「オレも」と返事をした。柚葉はとくになにを気にするでもなく、しれっとした顔で肉まんの続きを口にしている。
 三ツ谷が柚葉の手をぎゅっと握った。柚葉にとって「大好き」のことばに深い意味が宿るのはいつになるのだろうか、と考えながら。
 それはきっと、天国の母親だって知る由もない話だ。



2025.11.22

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