カレンダー



秋もそろそろ終わるていうのに、今日のお客さんの入りはまあまあやなあ。
前にビーコのお父さんのお店が雑誌に乗ってから暫くとか、大阪の方で小浜がニュースになったら土日が暫くはこんなもんやったけど、今日はなんや、若い女の子の一人旅が多いような……。
「あのー。」と声が掛かる。
「すいません、ちょっとここ片付けてしまいますから、表でちょっとだけ待っててくれますか?」
「順ちゃん、こんにちは。」
「エーコ……。」
「ごめんね、忙しい時に。」
この時間が混んでることくらい分かっててて来たんやろ?……とは言われへんよなあ、普段やと土日でもお昼は、いつお客さん来るのか、これから増えるのかて感じやし、エーコが今社長業で大車輪で、土日もほとんど休まずに頑張ってることくらい分かっとる。
「ここ座っといて。」
ちょっとガタついてるからお客さん相席にしてもらう時だけに使ってる椅子に座ってもらうことにした。
「……お兄ちゃんは?」
「今日は朝から道の駅で実演販売。」
「あれ、今日だっけ?」
「第三土曜と日曜な。」
「最近忙しくて……次からはちゃんと覚えとくから。」
なんとも白々しいというか……エーコ、忙しいのはほんまやろうけど、あんた最近友春さんと顔合わせるの避けてるやん、て正面切って言うても否定するけど、まあそういうことなんやろなあ。
友春さんは友春さんで、魚屋食堂の後継ぎになってそれなりの苦労はしてるし、悪い人ではないんやけど、時々、エーコにはエーコの苦労かてある~ていうことが全然見えてへんような物言いするからなあ。
こないだなんか、結婚せえとか、いらんことまで言うてしもて。そもそも、エーコが結婚して可愛い孫生まれたら、実家の後継ぎ問題に発展するてこと、あの人、何にも考えてへんのや。万一そういうことになったら、そっちのがうちのふたりより出来のええ子に育つに決まってるけど、エーコ本人に全くその気がないことくらい見てて分からんのか。
本人かて、根っこのふわふわと夢見がちなとこは封印して「仕事の出来るチャキチャキ女社長さん」の役を演じてんのやから、そこんとこを、私やのうて兄貴の友春さんが分かっててやらなあかんのに……。
今年の春の新商品の売れ行きが好調で結果も出てて、銀行から借りたお金も返して行って、秋のイベントラッシュも無事に終わって、来年からは人を増やして、工場の稼働もちょびっと増やそうか、て話も出てる。
そういう仕事で充実して疲れてるとこに、ここまでやったんやからお前はもうそろそろ結婚せえとか、いらん冷や水掛けたりして。
まあ、春平と順平が可愛いのは分かるけど、子どもが生まれてへんからお前はまだまだやとか、どの口が言う、てエーコでなくても言いたくなるわ。私がその場におったら、冷凍の鯖が詰まったリュックサックで頭かち割っとるとこや。
ああ~、ほんまなんであの日に限ってPTAの会合、あんなに長くなったんやろ。
もう三十分はよ終わって帰ってたら、喧嘩の仲裁どころか、火種とガソリンを一緒にかまどにくべる前には間に合ったかもしれへんのに。
って、今言うてもしゃあないか。
「まあ、エーコも、大きい仕事終わって気が抜けてるかもしれへんけど、ちゃんと夜は寝て、昼はしっかり食べへんとあかんよ。」と言って暖かいお茶を出すと、ええよ、と言いながらもエーコはしっかりお茶を飲んでいる。良かった。
「あんなあ……ほんまはうちらの年になったら、魚より赤身肉とか多めにした方がええんやて。」と声を低めると、エーコは、牛肉ってほんまは地球環境に悪いんやで、と言いたいような顔つきで何か言葉を飲み込んだような顔をして、分かった、と頷いた。
ほんま、同じ名前でもビーコとは全然違うなあ。
「それで、今日はこれなんやけど……順ちゃん、ええ?」
ああ~、今年ももうそんな季節が来たか。
白くて長くて筒状のあれ、を手渡される。
「いつもの『お箸』カレンダーね、うん、広げて飾っとくわ。」
「ありがとう。」とエーコが満面の笑顔を見せた。
黒い服着て突っ張った顔でお義母さんの看病してたエーコも、高そうでフォーマルなスーツが似合う社長のエーコも、この笑顔のエーコには叶わへん。
そのことはええことやと私も分かってんのやけど。
「今年はね、四月のがよう撮れたなと思うんよ。ビーコのちょっとほっぺにお肉付いたとこもふっくらして可愛くて……。」
うんうん。
「分かった、後で見とくから。」
しまった……口に出すのと頭で思っとくだけの言葉逆にしてしもた。
「十二月のクリスマスの写真もね、写真映りええから、広げてちゃんと見てな。」
「分かっとるて。」
一昨年の春に、若狭塗箸製作所のイメージキャラクター、徒然亭若狭にオファーするわ、てエーコに言われた時には、ほんまはエイプリルフールのネタかもしれんと思ってたけど、あっという間に話が進んで行ったというか。
そもそも、例の小浜なんちゃら観光大使の案も、引退してへんかったら、エーコのあの一押しでビーコに決まるとこやったらしい。その時のノウハウを使って、気が付いたら製作所のポスターがなんや見慣れたあの顔になっとるし。
とにかく何もかもがスピード勝負というか。
大阪の日暮亭で製作所の宣伝と小浜の観光パンフレット置かせて貰うとる代わりに、こっちでも日暮亭の宣伝せんならんのとは言うてたけど、引退したエーコのお父さんが地元の町内会や老人会の会長さんに就任して、年に二回は観光バス仕立てて大阪一日観光と日暮亭の落語鑑賞バスツアーするようになって、この小浜には、例の草若さんリバイバルの限定販売の底抜けロングタオルを首に掛けたお年寄りやら、図書館で底抜けノートやら底抜け鉛筆やら使ってる小学生とか、すれ違う車には底抜けステッカー貼ってあるし、人生に縁起悪そうな日暮亭の物販のお土産で溢れてて……。まあご本人がイベントに来てくれてはるのもあるんやけど、あの理由の半分がこの、ビーコのシンパみたいになってしもた社長さんのせいで。
塗箸製作所のカレンダーも、とうとうエーコの趣味と実益を兼ねた、ビーコの七変化ポーズ写真集みたいになってしもて……友春さんがビーコ今でも可愛いなあとか言うてるし……ええけど。
今広げて見せんでもええよ、来年のカレンダーやさけ。
和服のビーコね……うん。
「順ちゃんもしかして、同じ年の幼馴染のこと、この年になっても可愛いとか言うの、エーコとあの草若さんくらいやからな、って思ってる?」
「……いや、それは思ってへんけど。」
上沼恵美子に似て貫禄が付いて来たなとは思ってる。
まあ、今のエーコの前では言わんけど。

これはまあ、天から降って来た災いて言うには小さすぎる悩みやからな。
友春さん、今日はいつもより遅く帰って来たらええのにな……。

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