夏の匂いは、光に満たされて

 何が面白いのか知らないが、へらへらとよく笑っている男だった。
 鷹見啓悟。
 高校二年の夏に特別編入してきて、担任に紹介されているときも、クラスメイトに囲まれているときも、鷹見は『人の良い笑顔』と称されるであろう表情を浮かべていた。
 周囲から十分な愛情を注がれ、幸福でしかない日常を当たり前のように過ごしてきたことは想像に難くない。そうして、この学校を卒業すれば、誰からも愛される人気ヒーローとして華々しい活躍をしてみせるのだ。何一つ不自由なことなどない人生。愛に満ちた人生。それを象徴する深い赤に彩られた翼が、これ見よがしに目の前で広がった。
 別に、ヒーロー活動に愛情など必要ない。世間に害を為すヴィランを捕まえて、捕まえて、ただただ捕まえていくだけだ。そこに愛や楽しさが入る必要はない。
 教科書を机の中にしまい、弁当箱を手に取った。クラスの女子に囲まれて食堂へ向かう赤い翼を横目に食堂とは反対側にある下駄箱へ向かう。
 朝から激しく降り続いた雨はすっかりあがり、眩しいくらいの太陽が頭上に輝いている。じっとり潤んだ生ぬるい空気がスカートの裾にまとわりつき、肌にはりついた。それでも、雨の名残に濡れた草花の鮮やかさに、不快感からきつく結んでいた眉根をゆっくりほどいた。
 大判のハンカチを広げて、緑葉の茂る幹の根元に腰を降ろす。
「炎司さん。ここ、いいです?」
 覚えのない声に校内で呼ばれたことのない名前を呼ばれ、びくりとする。顔を上げれば、鷹見がパンを片手に立っていた。第二ボタンまであけられたシャツ。その襟元で汗の粒が光っているのが見えて、なぜだかドキリとする。
 鷹見は俺の答えを聞く前にとなりへ座り、パンの袋を開けて「唐揚げ好きなんっすよね」と訊かれていないことを答えた。いつ見ても愛想のない仏頂面。誰も近寄らせない威圧感。そんなもので作り上げた壁がこの男には見えないのだろうか。
 きつく睨み上げてもどこ吹く風の男は、弁当箱を覗きんで満面の笑みを浮かべる。
「俺、玉子焼きも好きなんっすよ」
「……俺には関係のないことだな」
 スカートの裾を正し、鷹見と距離を開けるように膝を閉じた。男の存在は無視して、箸を進めることに集中しようとして、
「炎司さんは、甘い派ですか? それともしょっぱい派?」
 めげない男の楽しそうな声に邪魔された。
「食べてもいいですか?」
「やらん」
 図々しいにもほどがある。鷹見が食べたいと言った、形良く巻かれた玉子焼きをひとくちで食べてしまう。ほんのり広がる甘さを続けて掻き込んだ米粒で流し込んだ。
「あーあ」
 物欲しそうに唇を開いて、残念そうにため息をこぼす。けれど、しめった息の乾かぬうちに「俺は、甘い派です」と、焼きたての玉子焼きのような黄色い瞳を細めて笑い「次は、くださいね」そう言って唐揚げパンの最後のひとかけを頬ばった。
「貴様にくれてやる筋合いはない」
「代わりにこのパンの唐揚げ、今度一個あげますから。ねっ、交換しましょ」
 そよ風が吹き、男の髪を降らす。瞳も髪の色も太陽のようにキラキラ輝いている。
 誰にでもいい顔をする……ただの軽薄な男、だ。
 まるで自己暗示をかけるように、頭の中でつぶやく。けれど、同時にこうして誰かと一緒に昼飯を食べたのは初めてだと、頭の片隅で考えていた。

 それから、昼食は鷹見と一緒に過ごすようになった。
 毎回、昼休みに入る前は、女子たちに囲まれて教室を出て行くのに、どこで巻いてくるのか、鷹見は唐揚げパンを片手にやってくるのだ。
「なぜ俺にかまう」と声を低く言っても「炎司さんといると面白いから」などと嘯くばかりだ。
 そうして、毎度、物欲しそうに弁当箱を覗き込んでは、おいしそうだと笑う。弁当のおかずを盗み食いしそうな軽さをまといながら、こいつは絶対に手を伸ばさなかった。それに、勝手に下に名前を呼ぶくらいなれなれしいくせに、話しかける言葉は丁寧だった。
「だって、炎司さん。礼儀正しいから、そういうの気にすると思って」
 俺は何も言えなくなった。親しい振りをして距離がある、と指摘してやるつもりだった意気込みは、手製のトンカツと一緒に胃袋へ流れていってしまう。
 鷹見は相変わらずへらへら笑っていたけれど、黄色い瞳は思いのほか真剣でーーあなたに嫌われたくないからーーそう言われているようだった。
 たかだか昼飯を一緒に食べるだけなのに。鷹見も自分も相手のことをほとんど知らない。名前や個性。学校という狭い世界で知り得ることだけだ。
 それでも、家族以外の人間とこれだけ一緒にいるのは、あの日以来ではないだろうか。
 自分のそばにいたら溶けてなくなってしまいそうな女の子だった。白く、華奢で可愛らしい幼なじみ。あれが初恋だったとわかったのは、自分の異常が発覚したからだ。
 俺の個性は、炎熱系だ。家系の中でも一番の火力だと、幼い頃に父親に言われていた。その火力が、恋をして、心がときめくと暴発してしまうらしい。未発達の火力ではあったが、家庭用花火程度の爆発力はあった。彼女が氷結系の個性者で、父親が側にいたこともあり、大事にならなかったが、彼女の毛先を燃やしてしまった事実は、子供ながらにショックだった。ショートカットになった後ろ姿を見て、これまで以上に炎のコントロール訓練を己に課し、なによりも人を好きにならないよう、親しい人を作らないよう心に決めた。
 ずっと心に水底に沈めていた想いが荒く浚われて、浅く息を吐く。
 俺がこいつに恋をするはずがない。
「……馬鹿馬鹿しい」
 鷹見に向けてか、自分に向けてかわからない小さな呟きは、緑葉を揺らす風の音に消えていった。
「今日は玉子焼き、ないんですね」
「ああ。卵を買い忘れた」
「え、この弁当、炎司さんが作ってるんですか?」
 バランスを考えた色とりどりの弁当を思い出して、苦笑する。
「似あわんだろう」
 食べなければ生きていけないし、ヒーローになるのであれば、ただ食べればいいというものではない。この先一人で生きていくと決めたのだ。料理を学ぶことは単に必須事項なだけだった。
「なんでです?」
「こんな見た目をして、あんな可愛らしい弁当を作って」
「いや、全然。それより、よけいに食べたくなりましたよ。炎司さんが作る玉子焼き」
 ハハッ、とゆるく笑った鷹見は「あ、もちろん俺が卵を買いますから」と俺を見た。
「買わんでいい。そもそも貴様に玉子焼きは作らん」
 俺に向けられた、その笑顔を見ていてはいけない気がして、弁当を掻き込むふりをして俺は鷹見の視線を振りほどいた。
 昼飯を共にするようになって、一ヶ月が経てば、鷹見が軽薄を装って、実は真面目な男だということには、感情の機微に疎い俺でも気づく。
 剛翼という個性は、飛行や攻撃だけでなく探索や救助にも万能な能力を見せた。羽根の一枚一枚を簡単に操って見せるが、どれほどの訓練を己に課したのか。男の能力の高さはすでに認めていた。
「そんなに好きなのか」
 相変わらず唐揚げパンを食べている鷹見に、そう訊いてみた。深い意味はない。本当にいつもそればかり食べているから、訊いただけだ。
 あいつは急にあわあわし始めて、挙句、唐揚げを喉に詰まらせて咽せている。ペットボトルの茶を渡して、背中をさすってやれば「え、あ、……あの、なんで」なんて。こいつがこんなに動揺するなんて、初めてじゃないか。なんだか気が良くなって、ふは、と笑う。そうすれば、鷹見はかっこ悪いところを見られたと思ったのだろう。頬を少し赤くして、言うべき言葉を探すように口を開けていた。
「唐揚げパン。ずっとそればかりだろう」
「え、あ。……ああ、そっちか」
「む。そっちとは?」
「ああ、いえ。これは、まあ一番てっとり早いんで。安いし、カロリー補給も出来るし。鶏肉なんで一応タンパク質も」
「……ムゥ。失礼だが、親御さんは」
「俺、一人暮らしなんっすよ。あれ、言ってませんでしたっけ?」
 へらへらといつも通り笑って、何でもないように唐揚げパンを頬ばって、嘘か誠かわからない口振りで言う。 
「俺の親、ヴィランなんですよ。まあ、でも俺の能力が高いんで、特別編入ってわけです」
 口元に指先を持ってきて、ふざけているように見せているが、こいつが嘘を吐いているようには思えなかった。いつから一人で暮らしているのだろうか。俺はかつての身勝手な想像を恥じた。何が、家族から愛情を受けて、だ。
「スマン」
「やっぱ、イヤですよねえ。親がヴィランのヤツなんて」
 勘違いされても仕方がないが、自嘲するように笑う鷹見に、無性に腹が立った。
「違う。そうではない」
 腹は立ったが、彼に伝えるべき言葉が何ひとつ見当たらない。それもそうだ。人との関わりを避けてきたのだから。
「炎司さん?」
 黙り込んだ俺を探るように、鷹見が覗き込んできた。玉子焼きの黄色と鷹見の丸い瞳が重なった。
「そうではないが、詫びの印に、食っても良いぞ」
 食いかけの弁当箱を男の胸元に押し付ける。ずっと食べたいと言われていた玉子焼きが、運よく一切れ残っていた。こんなことしか出来ない自分が情けない。そう思っていたが、
「うんまー!」
 丸い瞳がさらに丸くなって、卵の黄身みたいだった。大げさだ。口の中でこぼした俺に「今まで食べた玉子焼きの中で一番うまいっす」とカラリと笑った。太陽の光を反射したみたいにまぶしくて、俺は自分の膝小僧へそっと視線を移す。足元から熱気がのぼってくるようで、頬を撫でる風が熱かった。 
 翌日から俺は、弁当をふたつ持参した。ひとつ作るもふたつ作るも同じだから。そう言って、男の手から唐揚げパンを奪い取った。
「礼は、これでいい。半分いただく」
 濃い目の味付けの唐揚げは確かに美味かったが、口いっぱいに広がる油を毎日取るのはいただけない。
「気を、使わせちゃいました?」
 何のことだ? 片眉をあげて、鷹見を見下ろすと苦笑いを浮かべていた。
「俺ん親のこと」
「いや、お前の食生活が気に入らなかっただけだな。俺が勝手にしたことだ。気にするな」
「じゃあ、明日は俺が唐揚げパン奢りますよ」
「そこは手作り弁当じゃないのか」
「だって、俺、料理出来ないっすもん」
 顔を見合わせて、くすくす笑い合う。誰かとこんな穏やかな時間を過ごせるとは思わなかった。これが友人というものなのだろうか。
「あ、炎司さん。お弁当つけてますよ」
「ムッ」
 顎のひげについた米つぶを摘んだ鷹見は、そのまま自分の口に運んだ。ドキッとしたが、炎が暴発することはなかった。
 この男とならば、もしかしたらこの先も共に。
「鷹見の親御さんのことは誰か知っているのか?」
「いや、校長くらいですかね。トップシークレットってやつなんで」
「そうか。ならば、俺も秘密をひとつ打ち明けよう」
 そう言ってから玉子焼きを口に運んだ。男が好きだと言ったほんのりとした甘さが口の中に広がった。
「俺は、この先、一生ひとりで生きていかねばならん」
 炎司さん、と口にした鷹見が、困惑した顔をしていると分かったが、俺はそのまま続けて言った。
 自分の病のことを。
 誰かを好きになると、ときめいてしまうと、個性が暴走に炎が暴発してしまうことを。
「俺は人を好きになってはいけない人間なんだ」
 鷹見がどんな顔をしていたのか、思い出せない。怖くて見ていなかったかもしれない。
 あいつはただ、そうなんですね、と言って、となりで弁当を食っていた。
 その軽さに少し救われた気がした。
 
 そんなある日、事件が起こった。
 今まで一匹狼を決め込んだ奴が、人気者の転校生を独り占めしていたのだ。事件というよりは自然の摂理……いや、俺にとってはやっぱり事件と言っていい。
 体育の授業として、各個性を使用可能の鬼ごっこをすることになった。実技演習で着用するヒーロースーツはもとより、制服や体操着も各個性に対応した加工が施されている。炎熱個性の者であれば、耐熱性があったり、と。ただ生地が違うだけで見た目の差はぱっと見ではわからない。だから、あっと思ったときには遅かった。
 鬼役の放った氷の武器を避けるため炎の壁で応戦しようとしたのだ。体から吹き上がる炎によって、体操着に火がついたのがわかった。半袖、短パンの少ない布地があっという間に燃えていく。
 笑い声が聞こえた気がした。
 誰が犯人か。考える余裕などなかった。
 公衆の面前で全裸になる。その羞恥に頭の中が真っ赤になる。
「炎司さん!」
 その時だ。目の前が真っ赤に染まった。羽根自身が意志を持っているかのように、炎司の裸体を包む。
「羽根が減っちゃってるんで、おとなしくしててくださいね」
 体が浮かび上がったと思ったら、耳元で鷹見の声が低く響いた。男がつけているであろう爽やかで甘い香水の香りがすぐ近くでして、鷹見に抱きかかえられているのだと知った。
 心臓が強く跳ねて、腹の奥で血が沸いたような、どろどろとした熱さを感じる。
 駄目だ、と思った。記憶の底では、もっと軽い暴発だと思っていた。こんな重く深いものではなく。
 なぜコントロールが利かない。友人ではなかったのか。俺は、この男のことを——。しっかりしろ、轟炎司。
 けれど、火がついた導火線は思ったよりも短くて、煤けた匂いがしたと思ったら、体を包む羽根が端から炭になって消える。
「炎司さん、ちょっとだけ我慢して」
「何をしてる、早く俺を落とせ」
「いいから。黙って」
 炎の玉がスピードをあげていく。初めて見る鷹見の真剣なまなざしに、喉の渇きを感じ、あまりの身勝手さに反吐が出そうだった。鷹見の黄色の髪が燃え、深紅の翼が俺の炎に焼かれている。
 これ以上、迷惑をかけては——。
「鷹見、翼が」
「黙っとってって言いよろーが」
 そうだ。迷惑をかけてると自覚しているのであれば、大人しくしているべきだ。
 それでも、拒みたくなるのは、保身に他ならない。鷹見は知っている。俺の病のことを。救出されている身でありながら、ときめいてしまった事実を。
 それはすなわち、俺がこの男のことをどう思っているのかを——鷹見は知っているのだ。
 そうして俺はこの期に及んで、嫌われたくないと身勝手なことばかり考えている。
 鷹見はさらにスピードをあげて降下していった。男の向かう先には、屋外プールがあった。静かに波打つ水面に炎の玉が落ちていく。派手な飛沫と水蒸気がわき上がり、すぐに元の静寂に戻った。
「炎司さん、大丈夫ですか?」
「……た、鷹見。お前、翼が……」
 俺の身を心配する鷹見の翼は、羽根がすべて焼け焦げていた。
「俺のせいだ。俺の、」
 情けないことに、詫びの言葉もうまく出てこない。体もうまく動かせなかった。ただ喉がふるえ、水の中で立ち尽くしているだけ。
「炎司さんのせいじゃないですって。それより無事で良かったです」
「お前……何を笑って。飛べなくなくなったら」
「あー、問題ないっす。元は無事なんで、ほっとけばそのうち生え揃いますよ」
 昼飯を食べているときのように、へらりと笑って、何でもないようにいう鷹見を、ただ黙って見ていることしか出来なかった。羽根を失った男が教室まで俺のセーラー服を取りに走り、空き部屋からカーテンを剥いで持ってきてくれるのを、ただ黙って待つことしか出来なかった。
 それから俺は、鷹見に内緒で昼飯を食べる場所を変えた。剛翼のない鷹見から隠れることは、思ったよりも簡単だった。それが余計に、己の罪の大きさを突きつけてくる。
 ひとりで静かに食べる昼食が日常だったのに、玉子焼きを噛む音が大きく聞こえる。それが寂しいと感じるだなんて馬鹿げている。玉子焼きの味が塩辛くて舌打ちをした。
 自分も気付いていなかったというのは、言い訳になるだろうか。
 あのとき、鷹見に抱えられて自覚したのだ。心の水底に沈めた感情が音もなく浮き上がっていたのを。頭より体の方が先に気付いてしまった。
 恋というものは、こんなに暗くて痛いものなのか。生きていく上で差して重要ではない、不要なものだと安易に考えた罰なのか。
 燃え盛って、消えていく。
 それはまるで花火のようだ。
「いや、そんな綺麗なものではない」
 醜くて見苦しい。
 夏の夜空を彩る花火のように、光に満ちた存在とは程遠い。
 せいぜい、火がついたかと思ったらすぐ落ちてしまう、中途半端な線香花火。
 あいつは、俺の病を知っている。俺の気持ちを知っている。鷹見が探しに来ないのが、答えなのだ。早々に知れて良かったじゃないか。
「煤の匂いがするのは同じなのに、な」
 ふたりで昼食を食べたあの木の下には、太陽の光で輝いていた。

 今夜は夕食を作る気が起きなかった。いつもは一緒に暮らす祖母がいるのだけれど、老人クラブの友人たちと一泊旅行に出掛けている。
 帰りがけにコンビニに寄って、唐揚げ弁当を買って帰ろうとして、レジの横に半額になった花火を見つけた。
「これもください」
 いくつかの手持ち花火と線香花火の束が入っているそれを、気づけば手に取っていた。
 橙色から藍色へ。空の色が夕方から夜に変わっていく。チカチカと点灯する街灯を追うように、足取り重く帰路へついた。
「あっ、炎司さん」
 家の門扉の前に鷹見が立っていた。背中の翼はまだ少し小さくて。片手に持ったレジ袋を揺らして、俺を見ると、目を伏せて笑う。
「……鷹見、どうして」
「先生に聞いて。ほら、俺、外面いいんで」
 初めて見る笑い方だったけれど、嫌いではなかった。嫌いどころか、また腹の奥がチリチリと焼けるようだった。
「花火しませんか?」
 そう言って、さっき俺が行ったコンビニと同じレジ袋を掲げた。俺の手に同じものがあるのを確認して、鷹見はうれしそうに笑う。
「炎司さんのそれも花火です?」
 俺は曖昧に頷いて、門扉を開けた。
 鷹見は唐揚げパンを、俺は唐揚げ弁当を無心で食べていく。
「炎司さんも唐揚げ好きなんですか?」
 途中、そう訊かれて俺はまた曖昧に頷いた。唐揚げは好きでも嫌いでもない。ただ無意識に手にしていたのだ。理由なんてわかるわけが……違う、唐揚げは鷹見が好きだと言っていたからだ。それをこいつに伝えることは出来ないけれど。
「さっ、花火しましょうか。バケツあります?」
 まるで自分の家のように、鷹見が庭に出て準備を始める。レジ袋から手持ち花火とろうそく、ライターを取り出した。
 外は少しだけ空の端が明るいけれど、花火をするにはじゅうぶんな暗さだった。
「好きなんですよね、コレ。キレイじゃないですか?」 
 鷹見が選んだのは線香花火だった。
 勝手にもっとキラキラした派手な花火を選ぶのかと思った。この男と同じく、輝かしいものが好きなのだと。
 線香花火の束から一本ずつ手に取って、ろうそくの火に近づける。小さく火花が爆ぜると、光の粒が散る。線香花火に照らされた鷹見の横顔から目が離せなかった。
「あなたが恋をしたくないのは、相手を傷つけたくないからですよね」
 ふいの言葉に手元が揺れて、線香花火の赤い珠がポトリと落ちた。
「別に、そんな大層なものでは……」
 時間差で鷹見の線香花火の珠が落ちた。あらら、と呟いてから、新しい花火に火を点ける。
「俺、ずっと好きな人がいたんです。名前は知らなくて、炎の天使って勝手に呼んでました」
 鷹見が話し出した昔話に、俺は唇を噛みしめた。当たり前に、この男にはこの男の歩んできた人生がある。もう高校三年になるのだ。恋のひとつやふたつあって然るべきなのだ。
「覚えてます? 十年くらい前にあった遊園地での火災事故」
 覚えているも、その現場に自分はいた。今は亡き父親と共に。当たり前だが子供だから許可証などない。それでも炎に耐性のある俺は、父親の後について救助活動に参加した。
「貴方が俺を救けてくれたんです。火事は怖かったけど、貴方の炎は温かかった。あのときからですよ。あなたはずっと俺の光で」
 知らなかった。そんな昔に出会っていたなんて。
 ちらりと鷹見を見ると、鷹見も俺の方を向いていた。花火の光に照らされて、黄色の瞳が輝いている。
「俺はあなたのことが——」
 キラキラとした瞳が、少しだけ距離を詰めてくる。
「待て、鷹見」 
「ずっと好きなんです」
 そう言って近づいてきた鷹見の前髪が、半分くらい短くなった。花火ではない焦げ臭さが鼻を掠める。
「だから待てと言っただろう。いきなり近づく奴があるか!」
「ハハッ。そっか、炎司さんキスしたことないですもんね」
「ムッ。貴様はあるのか?」
「ないですよ。言ったでしょ、炎の天使一筋だって」
 鷹見は手持ち花火を取って、ろうそくに点けると、光のシャワーが噴き出した。花火の光が庭を照らす。
「綺麗だな」
「炎司さんの炎ほどではないですけどね。貴方の炎は、強くて綺麗で」
 まだキスをしたわけではないし、それどころか手を繋げたわけでもない。俺は鷹見を好きだと思うたび、こいつに火傷を負わせてしまうかもしれない。不安がないわけではない。恐怖がなくなることも。
「それに、俺のことが大好きって。寡黙な炎司さんの代わりに、俺に教えてくれるし! ……まぁ、まずは耐火性の手袋を用意しますか。そしたら、手を繋ぎましょうよ」
「……手袋か」
 くすくすと笑う男の声を聞きながら、胸の奥から感じるこの温もりが、愛おしいという感情なのだと思った。
「鷹見、お前は変わった奴だな」
「ハハッ。なんです? 急に」
「別に。……何でもない」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「ふっ、好きにしろ」
 ああ、そういえば……。誕生日は冬だ、と玉子焼きをうまそうに食いながら、勝手に喋っていたことを思い出した。ならば、耐熱性の手袋はかなり早い誕生日プレゼントにしてみようか。そいていつか鷹見とならば病も——そう軽率に考えている自分に気付いて。毒されてるな。少しずつ変わる線香花火の光に視線を落とし、小さく笑った。

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