自給自足の運命
「お前等、どうやって解消してんだ?」
サニー号の甲板で鍛錬をしていたら、不意にトラ男から声をかけられる。とりあえず、聞かれたことに応えるか。
「あ?何の」
「察しが悪いな、こっちのほうだよ」
そういって、男が、下品な仕草でその部分を示す。
「知らねえよ…クソコックにでも聞くんだな…」
「それも面倒だ。お前でいい、手伝え」
真面目な顔で冗談いうんだなこいつ、とあきれ果てたが、まあ一応ルフィと同格での「同盟」相手だ。ムカついて喧嘩を売りそうになる感情を、深呼吸一つで沈める。
「なんで俺なんだよ。上陸してから、娼館に行けばいいじゃねえか」
「そんな足がつくような真似ができるか。なら、ナミ屋やニコ屋に声かけるか。そうだな、麦わらやや黒足屋でもいいか」
そんな下卑た内容を言うような男には見えなかったが、やはり本能には逆らえないのか?まあ、男二人はどうでもいいが、ナミやロビンに相手させるのも寝覚めが悪い。どうせ、お綺麗な体でもないし、まあ別にいいかとため息一つついて、男に答えた。
「俺は、男の抱き方なんてわかんねえぞ?」
「バカか、お前が抱かれるんだよ」
思いもしない言葉に、いっそ感心した。こんなごつい男に突っ込んでまで解消したいほど、溜まってんのか。
「俺相手に勃つとか、お前特殊趣味なのか?」
「ふん、処理なんて穴があれば、男でも女でもそんなにかわんねえだろ。で、やるのかやらねえのか」
道理だ。確かに、突っ込むところがあれば用はたせる。もう会話するのも面倒になって、男に任せることにした。
「別に拘りもねえから、好きにしろ。ただ、明日に響かないようにしろよ」
「心配するな、俺は上手い。大事な戦力を、傷つけるようなことはしねえよ。お前はただ寝てりゃいい」
「そりゃ、楽だな」
了承されると思ってもみなかったのか、軽く目を見開いた男は、そのまま何も言わずに俺の腕を掴む。そうして、パンクハザードで少しだけ見た、奇妙な能力を使ったと思ったら、少しの浮遊感とともに展望室に移動していた。
そのままただ突っ込まれるだけかと思っていたが、何を考えているのか、ことさら丁寧に抱かれ、痛みの代わりに恥ずかしさと気持ち良さを与えられた。どうやら大言壮語でもなったらしい。翌朝のちょっとした違和感と共に納得した俺は、それからも男が誘うたびに付き合ってやった。
その様子が変わっていったのは、目的地であるドレスローザが近づいたころだったか。追い詰められたような顔で俺を抱く男の顔をみながら「ま、俺には関係ないことだな」と思い、好き勝手に揺さぶる男の顔に浮かぶ焦燥をただ見ていた。
いつものように、ルフィが引っ掻き回したドレスローザの戦いが終わった。今回もボロボロだなと思いながら、ルフィ達の寝顔に変化がないかを確認して、一人酒を飲む。
その中に、仲間以外の顔を見つけて不思議な感じがした。こいつは四皇なんてどうでもよくて、ここが本命だったんだろう。妙にすっきりした顔をしてやがる。何故かその顔から目が離せず、気が付いたら「良かったな」と声をかけていた。俺はトラ男になんでそんな言葉をかけたんだ?自分が言ったことなのに、まったく理解できなかった。
まあいいか、細かいことはどうでも。ようやく戦いが終わったんだ。勝利の宴に備えて、今日ぐらいは大人しくするかと思い、月を肴に酒をあおった。
ルフィが起きてからは、怒涛の勢いで物事が進んでいった。海軍の追いかけられ、ルフィに勝手に子分が出来て、ようやく待望の勝利の宴だ。ただ酒ほど美味いもんはない。ルフィの子分に勝手になった奴らは、言えば酒をだしてくるので、浴びるほど飲んだ。
そんな中で、一人だけ陰気な顔して飲んでるトラ男を見つけたので、なんとなく宴に引きずりこもうとしたが、いつもの調子で怒鳴られた。海賊だっていうのに、ノリの悪い奴だと思ったが、特に何もいわれなかったので、肩を組んだまま男と酒を酌み交わした。
ああ、もうトラ男と寝ることもないんだろうなと思ったのは、そんな宴が終わった後だ。なんとなく物足りない気がしたが、もうここからは自由に上陸できる航路だ。わざわざ、俺で性欲解消する必要もない。トラ男も、女を買って、柔らかい体に癒されるほうが楽だし、後腐れもないだろう。それなら、俺も奴と寝る必要がない、そう思って自分の心の違和感には蓋をした。
しかし、そんな予想は覆されることになる。バルトロメオの船にのっても、ゾウについて奴の船に乗り換えても、一向に俺への閨の誘いは減らない。
もしや、男にしか興味がないのかと考えたが、奴の部下と飲むたびに聞く遍歴には女しかでてこず、むしろ男は相手にしているのは、俺ぐらいのようだ。
なんやかんやと文句を言う割に、面倒見のいいやつに酒を奢らせるために酒場にいけば、引きも切らずに女どもから秋波をうけては、卒なく捌いている。そういった場数も踏んでいるようだし、こんな無骨な男を相手にしているのは、本当に意味がわからない。
もっとわからないのは、それに胸が温かくなる自分の心だ。だが、これは気づいてはいけない感情だと、俺の勘が告げている。どうせ、ワノ国に到着したら終わる関係だし、このまま目を背けていればいい、そう思った。
そうして俺の予想は、2度覆されることになる。ワノ国についてからも、定期連絡だなんだと理由をつけては、トラ男と会うことになった。そのたびに、目線で誘いを受け、しかたないなというポーズをとっては、くたびれた連れ込み宿で抱き合った。次第に慣らされていく体と、男に会うたびに震える心を抱えて、一体この関係はいつまで続くのだろうと考えた。
ああ、確かに気づいてはいけない感情だった。カイドウに立ち向かう一瞬で、俺はようやく自覚した。最後を頼むのが、自分が選んだ船長でもなんでもない、たかだか一時的な同盟先の船長だということに、違和感を感じない自分はおかしい。酒を飲むのが楽しかったのも、抱き合うのにほっとしたのも、会うたびに心が震えたのも、全て俺がトラ男に惚れていたせいだった。最後を覚悟するまで気づかないなんて、自分の鈍さ加減に笑うしかなかった。だけど、最後に見る顔が、自分の惚れた男の顔だと思えば、人斬りの自分には、恵まれすぎた最後じゃないかと思う。トラ男なら、ルフィを助けて、きっとカイドウ達を倒す。お前は俺が後を託すにふさわしい男だ、惚れてよかったと思ったのが、屋上での最後の記憶だった。
海賊なのに「海賊狩り」なんて、いかれた名前で呼ばれている、自分と同じ「最悪の世代」の男。どうやら、麦わら屋からは絶大な信頼を得ているのか、苦言を呈されても、あの麦わら屋が素直に反省している。こいつは、この船の副船長として、こいつらをまとめ上げてるんだろう、そう思ったのが最初の印象だった。
しかし、蓋を開けてみれば「同盟」なんてうさんくさい約束で、船に乗り込んだ俺を警戒もせず、寝てばかりいるのんきな奴だった。
そんな奴とセックスしようと思ったなんて、気まぐれでしかない。ただまあ、プライドは高い男だと思っていたので、まさか了承されるとは思わず、どうにもイメージがちぐはぐな、おかしな男だと思った。
そうして従順に体を開く男に、また印象が変わる。相性がいいのか、性欲処理としては優秀で、昼間とは変わって欲に溶けた顔の男を眺めるのは悪くはなかった。
ドレスローザに近づいた頃、焦せる心を静めきれず、多少乱暴に扱った自覚もあったが、何か問いたげ顔をしながら、何も聞かない男が不思議だった。
更にゾロ屋の印象が変わったのは、全てが終わったドレスローザの夜だった。奴は俺が起きていたのに気付かなかったようだが、俺は「良かったな」といった時の男のことが、忘れられなかった。あいつらの船でも見たことのない優しい顔と声で囁かれたその言葉には、どういう意味があったんだろう。腕の痛みと疲労でうつらうつらとしながら、答えの出ない考えに囚われていた。
そんな悠長に考えていられたのも、麦わら屋が起きるまでだった。海軍に追われながらも、コラさんの上司であるセンゴクに話を聞き、ドレスローザで共闘した奴らの船に乗り込む。
そこで奇妙な親子盃を見せられて、麦わら屋のおかしな考えを聞いた。本当に、こいつは理解できねえ。そんな麦わら屋の後ろで、一人その盃の酒を盗み飲みしてるゾロ屋のことも。
そこから、ふざけた船にのって、仲間達の待つゾウに向かうことになった。ドレスローザまでの航路と違って、そこまで警戒する必要もない航海だ。上陸するたびに声をかけてくる女共から適当なのを見繕うか、そのあたりで女を買ったほうが、面倒なく欲を解消できるし、柔らかい体に癒されるだろうと、理性は囁く。だけど、どうしてか、男の硬い体以外を、抱きたいとは思わなかった。
ゾウについても、自船に男が同乗するようになっても、それはかわらなかった。仲間ですらめったに入らせない自室に男を招く。そこにゾロ屋がいると思うと、奇妙な安心感と満足感があった。それが何かはわからないまま、何の言葉もなく、俺達は抱き合うだけだった。
そうしてワノ国に到着し、ゾロ屋とは別れて潜伏することになる。当たり前だ。元々、同盟しているだけの関係なのだから。それなのに何故か、別れてから頻繁に男のことを考える。きちんと食べているのか、寝れているのか。別に心配しなくても、そんなことでどうこうするような男じゃねえと思ったが、どうにも気になってしょうがなかった。
定期連絡の度に、適当な言い訳をして捕まえては、連れ込み宿で抱き合う自分の気持ちも、断らずについてくるあいつの気持ちも、何一つわからなかった。
ああ、これは自分の心を誤魔化し続けた、俺への罰なんだ。カイドウに立ち向かうゾロ屋から、いきなり押し付けられた重いほどの信頼は、泣きたくなるほど嬉しくて、死にたくなるほど辛かった。
間抜けな俺は、そこでようやく自覚する。どうしてあいつらの船で、真っ先に男を誘ったのかを。ドフラミンゴのことで頭がいっぱいで、ゾロ屋に一目ぼれしていたことに気付いてなかったなんて、間抜けもいいところだ。
どういうつもりで、そんな重いものを寄越したのかを、必ず白状させる!そう決心して、俺はあいつをかばってカイドウにたち向かう。奴の船長が起きてきたのを機に脱出し、あいつの仲間に託した時にあったのは「あいつを救えた」と満足感だった。
そんな俺の考えが甘かったことを知ったのは、ビック・マムを倒した後に見た惨状だった。戦える状態じゃなかったゾロ屋が秘薬を使ってキングを倒し、死にかけている。絶対に死なせねえ、震える指を叱咤して、もてる限りの技術を行使し、男の治療をした。
間違いなく、今までで一番緊張した治療だったと思う。だけど、俺はこのまま男を死神に連れてかせるわけにはいかなかった。何としても、俺たちの関係に新しい名前を付けたい。運命に喧嘩を売ってでも、男を連れ戻してやると誓った。
7日間の昏睡後、俺が最初に目にしたのは、見慣れない部屋の天井と、自分より病人みたいなトラ男の顔だった。診察にでも来てんのか?
「おい、トラ男!」
「あ?」
「なあ、なんでここにいるんだ?」
「ゾロ屋!お前目が覚めたのか。じゃねえ。お前の船長でもなんでもない男に、なんで最期を託した」
目を覚ますなり、怒鳴りつける男に「元気だなあ」という場違いな感想をいただきつつ、思ったままの言葉を返す。
「お前なら託せると思ったから」
「俺は、お前を脅して、体を好きにしてた男だぞ」
「はっ!あんなの脅しになるか。お前がだいぶ切羽詰まってたようだから、のってやったんだよ」
それでなくても陰気な顔をさらに曇らせて、男が問いかける。
「…同情か」
「ああ?同情で足を開くほど、俺は安かねえぞ」
「じゃあ、どうして…」
心底不思議そうな顔をする男に、自分が気づいた感情を告げる。
「惚れてたんだ…多分な」
「惚れてただと?!」
まあ、そうだよな。驚くよな。俺も驚いたよ、でもまあ俺はトラ男に何かをおしつけるつもりはない。それだけは伝えなかなければと思った。
「心配すんな、お前には何も迷惑かけねえ」
「バカ野郎、一人で完結するな!」
「あん?」
予想外の反応をされて訝しむ。
「俺も惚れてる。たぶん最初から。そうじゃなきゃ、お前みたいな男を抱こうだなんて思うわけねえ」
「マジか…」
言われた言葉が信じられなかった。それほど俺とトラ男の間に言葉はなく、ただ抱き合うだけの関係だったのだから。
「柄にもなく、ドレスローザの件で切羽詰まってたから、自分の気持ちに気づけなかった。性欲処理なんて、誘ってすまなかった」
いつになく神妙な態度な男に、疑う心もとけていく。マジでいってのか、こいつ。俺が呆然としていて答えなかったせいなのか、不安そうな顔をして問いかけてきた。
「それで、付き合ってくれるのか」
実際、ここで同盟は終わりだ。新世界の海は広い。ここで航路が分かれたら、トラ男と次に会えるのはいつになるのかわからない。
「おう。だけど、もう同盟は終わりだろ?次に会えるのがいつかわからないのに、付き合う必要あるか?」
了承を伝えた瞬間、霧が晴れたような顔をした男は、いつも見せるような狡猾な海賊の顔を見せる。
「そんなのはどうとでもなる」
「ははっ、ハートのやつらも苦労するな。まあでも嬉しい俺も同罪だ。一緒に謝ってやる」
「いらん世話だ」
そういう男の顔は見たこともないほど晴れやかで、そんな顔をさせているのが自分かと思うと、なぜか胸がむずむずした。きっとこの気持ちが「恋」なんだろう。そんなことを思う自分がおかしくて、ふっと笑ってしまう。
そうして、仲間たちに報告した後、思いもよらぬひと騒動に巻き込まれるのを、俺達は知る由もなかった。
powered by 小説執筆ツール「notes」
197 回読まれています