ぎゅっとして
一緒に眠り始めた最初のころはそんな癖はなかったように思う。二人で眠るために用意した広いベッドにオ・デヨンとキル・スヒョンはそろって行儀よく寝ていた。寝るときに行儀も何もないがつまり寝相がよかったということだ。おやすみ、と頬にキスして目を閉じて隣に相手の存在を感じながら眠りについて、目が覚めると眠るときとほぼ変わらない体勢で眠るスヒョンがいて。デヨンは目が覚めたら大切な人が隣にいる感覚にうれしさとほんの少しのさみしさを感じて目を細めて、しばらくスヒョンの寝顔を眺めていたりした。
それがいつの間にかこんなことに。
最近はデヨンが目を覚ますとスヒョンにぎゅうぎゅうに抱きしめられていることが多い。全然嫌じゃない。むしろ嬉しい。デヨンは好きな人に触れるのも触れられるのも好きだ。おかしいのが、デヨンが眠っている間にスヒョン相手ならこうして向かい合うようにむきを変えられて抱きしめられても少しも目を覚まさない自分のこと。どれだけスヒョンがいることに安心しきっているのかよくわかる。ジヨンを喪ってからしばらく眠りが浅く、眠れないこともあったからなおさら。
今日も朝目を覚ませばデヨンはスヒョンの腕の中にいた。スヒョンがデヨンの胸のあたりに顔が来るような体勢の日もあれば、デヨンがスヒョンに頭を抱きしめられるようになっていることもある。今日は後者だ。
仰向けにデヨンの胸に頭を乗せているときもかわいいし、後ろからしっかり抱きしめられていることも。考えてみればバリエーションが多い。でもどんな朝もデヨンにとっては幸福に満ちた目覚めだ。
なんとか顔を上に向けてすやすや眠っているスヒョンの顔を見る。穏やかで眉間にしわもない。よく眠れているようだ。デヨンも腕を動かしてスヒョンの背に手を回す。少し力を込めて抱きしめてスヒョンの胸に擦り寄って、ふう、と呼吸する。同じ洗剤、柔軟剤を使っているのにデヨンとは違う匂いがする。それがひどく安心するのだ。同じ家に住んで、同じものを食べて、同じ場所で眠っている自分とは違う愛おしい存在。
さて、いつまでもこうして微睡んでいたいけれどそろそろ起きなければ。そう思ってデヨンはスヒョンの腕の中から抜け出そうとする。したのだが。
「…………」
いや寝てる人間の力ってそんな強い?俺たち体格変わらないよな。しかしデヨンは動けない。
「んー、えほんとに動けない」
思わず困惑の声が出てきた。起きたいんですけど。今日はデヨンが朝食を作る番でメニューだって決めている。けれどスヒョンの腕の力は少しも緩まない。むしろいっそう力が強くなった気がする。こいつ。
「……じぇーむす~?」
絶対起きてるなこの悪戯小僧。デヨンが少し低い声で名前を呼べば彼は耐えられないように目を閉じたままくすくすと笑う。
「やっぱり起きてた」
「ねてます」
口元をほころばせたままそんなことを言う。そんなスヒョンがデヨンは可愛くて仕方ない。
「俺起きたいんだけど」
「もう少し」
スヒョンはデヨンのうなじを指先で撫でて擦り寄ってくる。かわいい。
「朝ごはんお前の好きなやつだぞ」
「オーバーイージー?」
「そ、中身とろとろ。それをパンケーキに乗せてベーコンも焼く」
んん、とスヒョンがむずがるような声を出す。今ちょっと悩んだな。
「……トーストにしませんか。だからもう少し」
パンケーキも捨てがたいけれどトーストを焼くだけにしてもう少しこのままでいたいらしい。かわいいやつめ。でもデヨンは彼にパンケーキを食べさせたい。好物を食べているときのスヒョンはかわいいのだ。
「ジェームス、キスしたら起きるか?」
スヒョンの頬に触れる。寝起きだからいつもよりぽかぽかしている。
「……たくさんしてくれたら、起きます」
このまま微睡むよりもデヨンからのキスは魅力的らしい。
「欲張りだな」
「あなた限定です」
「かわいい」
じゃあちょっと腕緩めて、と言えばゆっくりと力が抜ける。
デヨンは体を起こしてまだ寝ていますのていを崩さないためか目を閉じたままのスヒョンに唇を寄せる。
額、閉じられたままの瞼、頬、そして朝から口の減らない唇に。リップ音を立ててキスしていく。少し考えて、唇にはもう一度。
「ほら、起きる時間だ。お前はまだ寝ててもいいけど」
「起きます」
腕の力を緩めたもののデヨンの身体に絡みつかせていた腕を離してスヒョンは眠たそうにあくびを一つ。
その様子がかわいくてデヨンはまた顔を寄せ、その頬にキスをして。
「おはよう、ジェームス」と愛しい人の名前を呼んだ。
柔らかく微笑んだスヒョンがお返しとばかりにデヨンにキスをして、それが止まないものだからデヨンが「こら」と咎める。けれどスヒョンは懲りた様子もなく「おはようございます」と嬉しそうにする。
いつもの朝の光景だった。
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