パイライトの残光



 復興資材を届けに蒼天街へ赴いた際、街中では感じる事のない筈の違和感を覚える。祝祭で賑わう人混みの中周囲を見渡すと、堂々と佇む「それ」が目に入った。

 丈の長い髪が冷涼な風に靡く。そのシルエットから女性と見間違えそうになったが、捲り上げられた袖口から覗く筋骨を見れば男性である事が伺える。
 何故かその容姿に見覚えがあった。しかし、どうしても思い出す事ができない。ここまで印象に残る人物であれば容易に忘れる事などできない筈だ。夜霧のような感覚に足取りが重くなった瞬間、行き交う人々の合間から鋭利な眼光が自分の姿を捉えた。数ヤルム以上離れている自分のみを、だ。
 背筋が凍るような不気味さから、足早にその場を立ち去ろうと反射的に逸らした視線を上げた……その時。

「俺の顔に、何か付いているのかい?」

 先刻まで遠目で眺めていた筈の貌が、目前に在った。自分は芸術というものが理解できない。けれどもこの男は十人のうち十人が「美しい」と判断せざるを得ない、端正な貌だった。

「失礼しました。知人に似ているような気がしたのですが、どうやら人違いだったようです」
「ほう……」

 苦し紛れの返答に対し男は妖しい笑みを浮かべながら何かを言おうとするが、遠くから聞こえる呼び声がそれを遮った。

「──さん、検品が終わりました! 報酬をお渡しするので此方へどうぞ!」

 その言葉に、男は何事も無かったかのようにその場を立ち去る。呆気ない興醒めは、雪山の不純な天候のように無慈悲で気まぐれだった。

 恐らく「それ」は、人間ならざる者なのだろう。微かに感じたエーテルの偏りは、クルザス西部高地で幾度となく遭遇している異形に近しいものを感じた。しかしこの事実を、融和を掲げた者達が集まるこの街で言及するのは野暮というものだ。
 雪雲に覆われた街とは正反対の蒼く澄んだ髪が翻される様を、私は呆気にとられた顔で見送る事しかできなかった。


****


 その後クルザスで消息が途絶えた失踪者のリストに彼の名前が記されていた事、彼に似た騎士像がクルザスの各地で見つかった事、偶然とは言い切れない出来事が立て続けに起こった。その度に、あの日見た黄鉄鉱の双眸が記憶から呼び起こされる。

 世の中知らない方が幸せな事があると言うが、そのうちの一つだったのだろう。思い出す事ができなかった記憶は、忘れられない記憶へ転じた。
 私はこれから先、晴れる事のない夜霧に囚われ彷徨い続ける事になるのだろう。


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