元ADの受難

 俺はT田。入社四年目にしてやっと朝の帯番組のディレクターを任されるようになった、まだまだ勉強中のテレビ人だ。

 一月半ば、風呂にも入れず家にも帰れず、辛うじてもらえる休息は事務所の床で仮眠をとるだけという地獄みたいな年末年始がようやくひと段落し、俺は遅めの正月休みをもぎ取ることに成功した。今夜はしこたま酒を飲んでシコって寝ようと思う。
 ところで、こう見えて俺はクソ真面目な仕事人間である。就職して以来彼女なんかいないし、趣味を持つ暇もない。そんな俺にとっての唯一の楽しみ、そして慰め。それがオナニーだ。
 オナニーは裏切らない。恋した相手に振られることはあってもオナニーは違う。あいつは必ず期待に応えてくれる。試行錯誤を繰り返せば繰り返すほど新しい発見があり、次はああしてみようこうしてみよう、と名案が泉のように湧き上がる。男の欲求に際限などないのだ。



 去る年の瀬のこと。

『おもしれえもん撮れたからおすそ分け♡』

 何の前触れもなくそんなメッセージを送ってきたのは、今や売れっ子となったアイドルユニット『Crazy:B』のリーダーで度々仕事をご一緒させてもらっている天城燐音くんだった。
 あの男とは色々(色々とは色々だ)あったが、なんとびっくり、今や彼と俺とは〝T田ちゃん〟〝燐音くん〟と呼び合う飲み友達だ──とは言っても毎度急に呼び出されては理由をつけて奢らされるから、カツアゲと大差ないのかもしれないけど(笑)。いやなにわろとんねん。

 彼のメッセージには続きがあって、〝内緒だぜ?〟なんて言葉が添えられたURLから、俺は彼の思惑通りに動画ファイルをダウンロードした。疑問はなかった。何故ならこういうやり取りは初めてじゃないからだ。
 絶対に死んでも誰にも言えないことだが、以前もなんやかんやあった時に『口止め料』と称してハメ撮りデータをいただいたことがある。アイドルのハメ撮りってだけで相当ヤバい代物だけど、重ねてヤバいのは燐音くんの相手があのHiMERUくんだってこと。この事実は本人達と何故かこの俺だけが知ってるトップシークレット、ってことになってる(まあでも椎名くんと桜河くんにはバレバレなんじゃないか、知らんけど)。
 それからすぐに怒涛の連勤に入ってしまったから、ダウンロードしたブツは未だ再生すらできずに今日に至る。俺はこいつをオカズに抜く日をずっと待ち望んでいたのだった。

 逸る気持ちを抑えて身体を清め、上下スウェットに着替えて自室のデスクの前に座った。PCよし、ティッシュよし、それからチンポよし……と。
「うし……いざ」
 三週間くらい働き詰めだったから、久々の機会に武者震いが止まらない。さあT田、お楽しみといこうぜ。
「再生、と」
 ポチ。サムネをクリックすると映像が流れ始めた。同時に何やら不服そうな燐音くんの声も。

『え~何? 撮ンのォ?』
『あなた以前HiMERUに黙って撮っていたでしょう。こちらも相応の仕返しをしなければ気が済まないのですよ』
『へェ? ハメ撮り……じゃなくて、おめェが撮るなら『ハメられ撮り』か? ぎゃはは!』

 「え」と声が出た。言葉の通り、スマホを手に持って撮影したらしい縦長の画面に写るのは、HiMERUくんではなく上半身裸の燐音くんだった。
「え? 嘘」
 お……思ってたのと違うんだが?
 俺は困惑した。てっきり最新のエッチなHiMERUくんを拝めるもんだと思って、それだけを糧に激務に次ぐ激務をこなしてきたんだが? 俺は握ったムスコをどうしたらいいのでしょうか。
「なんつーもん送ってくれてんだあんにゃろう……」
 思ってたのと違う。しかし興味は、ある。抜けるかどうかは置いといて、この先に何が起こるのかを見守る価値はあるかもしれない。何よりハメられてる側が撮った映像というのは新鮮で面白そうだ。
 スースーする下半身をそのままに再生を続けてみることにする。ヘッドホンからはまた燐音くんの人を食ったような声が聞こえだした。
『カメラ越しとは言え、そんなに見つめられたら燐音くん照れちまう』
 言葉とは裏腹に、挑発的にこちらを(と言うかHiMERUくんを)見下ろす碧い目。
『ふふ。いくらでも照れてもらって構わないのですよ?』
 小さく笑い声を零すHiMERUくんは心なしか楽しそうだ。
『はっ。その態度、いつまでもつか見ものっしょ』
『──ふん。天城の恥ずかしいところをばっちり収めるまでですよ』
『悪趣味』
『どっちが……、んっ』
 カメラが揺れた。燐音くんがHiMERUくんの片脚を肩に担ぎ上げたからだ。いつの間にか俺はディスプレイに齧りつき、そこで繰り広げられる光景に夢中になっていた。
「う、わあ……」
 画面の端、過去に一度だけ生で見たことのある燐音くんのミサイルみたいなアレが写り込んだ。思わず生唾を飲み込む。さすがはプロのアイドル、上目遣いでカメラへのアピールも完璧だ。飢えた猛禽類みたいなまなざしが壮絶に色っぽい……じゃなくて、そういうのは俺じゃなくてファンの子達に見せてあげてほしいんだけど。需要はあると思うし、いや知らんけど。
『ほォら、どこをどうしたら気持ちいいか、ちゃんと写しとけよ……?』
 彼はHiMERUくんの半勃ちのそれと自分のとを大きな手でまとめて握り込み、上下に扱き始めた。HiMERUくんが引き攣った悲鳴を上げたけどお構いなし。
『ひっあ♡ きゅ、に……やめ、てくださっ、ぅ♡』
『ッ、はは……おめェの、どろどろ。ローション要らねェんじゃね?』
『んうう、っ♡ ひゃ、っめ、ぁあ♡』
 ああ^~脳がとろけるんじゃぁ^~……、……はっ、しまった。正気を失いかけていた。
 この声を聞くと俺は、駄目になってしまう。快楽に蕩けたHiMERUくんの喘ぎ声。気がおかしくなりそうなくらい興奮する。普段の知的で潔癖そうな、どの角度から見ても綺麗な彼を知っているから尚のこと。あのHiMERUくんが天城燐音にチンポ扱かれてひんひん泣いてるだなんて──ぜ~んぶ俺の妄想だと言われた方が気が楽なくらいだ。
『あ、っん♡ ん、ん、んあ♡』
「……妄想じゃねえんだよなあ……」
 マジどうなってんだよ現実。
 閑話休題。今回は彼の顔が写っていないのが残念だが、この喘ぎ声だけでじゅうぶん抜ける。ありがとう燐音くん……俺はムスコを擦りながら天を仰ぎ、感謝を捧げた。好きなアイドルのハメ撮りデータなんて、こんなんなんぼあってもいいですからね。
『なァ、もう……諦めたら』
 カメラは依然燐音くんを写している。眉を寄せてふうふう短い息を吐きながら彼が言う。
「ヒエ〜……」
 こんな時までいい男だなあ、こんにゃろう(改めて実感するのも癪だけど)。熱っぽく潤んだ瞳に見つめられると俺ですらドキドキしてしまう。この視線をじかに浴びてるHiMERUくんは一体どんな気持ちなんだろうか。知りたいような知りたくないような。
『いっや、です……、ッ♡ まだ、っン、うう~~♡』
 燐音くんの手に追い立てられて、びゅるる、なんて効果音がつきそうな勢いでHiMERUくんがイッた。画面に写っている腹から下がびくんびくんと跳ねたのがカメラ越しでもわかった。こっちの方(HiMERUくんの胸元)まで飛んできた飛沫がちょびっとレンズを汚したのがまた、安っぽいAVの演出みたいで妙にぐっとくる。
『挿れるぜ』
 ぐい、燐音くんがHiMERUくんの腰を引き寄せ、脚を担ぎなおした。俺は背筋を正して椅子に座りなおした。
『! 待っ、あまぎ、だめ』
『聞けねェな』
『だっ、めぇ、やだ、ゃ……ッ、アああ~~~♡♡』
 画面が大きくぶれた。この日一番の高い悲鳴を長く長く引っ張って、HiMERUくんが全身を大きく震わせる。突っ込まれた瞬間にまたイッたらしかった。ええ~もう、エッチすぎない? エッチすぎるよHiMERUくん……。
「うう、HiMERUくん……顔が見てえよ……」
 ずりいよ燐音くん、あんたはずりい。俺もHiMERUくんに触りてえよ。
 叶いもしないそんな欲望と興奮とが股間へと一手に集中して、俺のムスコは爆発寸前だ。悔しいのに右手が止まらない。ちょっと前まで燐音くんに感謝していたことも忘れ、心の中で恨み言を呟く。
 こんなん、こんなんよお……〝メルメルの視界を独占してる俺っち♡〟を見せびらかしたいだけじゃねえかよ……! なんで俺があんたの顔見ながら抜かなきゃなんねえんだよ、どういう拷問だよチクショウ……ッ!
「くっそおお、天城燐音ゆるさん……!」
 超高速でチンポを扱きつつ呪詛を吐き出した時だ。ヘッドホンからひっきりなしに流れていたHiMERUくんの嬌声が途切れた。
「……ん?」
 不思議に思い液晶をじっと注視する。動きを止め、静かにこちらを見つめる燐音くんの手が伸びてくる。その手はスマホを通り過ぎて、たぶんだけどHiMERUくんの髪とか顔を撫でているんだろう。赤い舌先が顔を出し、くちびるをひと舐めしてから、切羽詰まった様子で囁いた。
『なァメルメル……それ、やだ』
『そ、れって、ァ♡ あんッ♡』
 燐音くんは一度がつんと腰を打ち付けて反論を封じてから、ぐっと屈んで顔を近付けてきた。画面越しにそのムカつくくらいに整った顔面が迫る。碧い目がカメラを鋭く射抜いて……あ、やば、喰われそう。

『ちゃんと俺のこと見てくんねェと、やだ』
『あっあ、りん、ね……』
『こっち見て。キスして、かな──』

「わーーーーーーーっ‼」

 俺は猛烈に叫んで、バン! とノートPCを閉じた。限界だ、色々と。
「はあっ、はあっ、は……。おわ……」
 右手に嫌な感触がある。何かはわかってる。わかった上で見たくない。めそめそしながらティッシュを何枚か引き抜き、指に絡んだ精液を拭った。重すぎる賢者タイムの到来。沸騰していた脳が急速に冷えてゆき、なんだか怒りまで湧いてくる。
「うぐぅ……くそお……」
 これじゃ何に興奮して射精したのかわかんねえじゃねえかバカ。燐音くんと知り合ってからというもの、俺の性癖はどんどんおかしな方へ歪んでいってる気がする。
「はあ……すげー疲れた」
 今度あのアホに会ったら文句のひとつでも言ってやろう。それだけ決意して俺はパンツも履かずに寝落ちしてしまったのだった。





 それから一週間ほど経った頃、燐音くんと番組の打ち合わせをする機会があった。とは言っても超多忙な彼に直接会うことは叶わず、オフの夜に自宅でビデオチャットを利用しての話し合いだ。
『よ、T田ちゃん。今年顔見るの初めてじゃねェ? あけおめ~☆』
「あ、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 俺は散々あんたの顔見たけどな。それも夢に見るくらい。信じられないことに夢精までしたぜ。
 ──当然そんなことは言えないので、普通に当たり障りのない近況報告をする。
「そう言えばあれ見たよ、大河のビジュアル。真っ白い衣装着てるやつ。超かっこよかった、さすが」
『マジ? 照れンなァ~。あんがと』
「なんの役だっけ?」
『武田信玄公の青年期だよ。甲斐の虎、ハマり役っしょ?』
「へえ。大役じゃないの」
『うん、まァでも、今回はゲスト枠みてェなもんで……たった二週で出番終わっちまうンだぜ? 癪だから次はぜってェ主演射止めてやんよォ』
「はは、燃えてんね。楽しみにしてるわ」
 燐音くんは「おうよ」と嬉しそうに笑った。仕事の話をしている間は、本当にただの顔の綺麗な好青年だ。
 この度俺は『Crazy:B』初の冠番組のチーフディレクターを務めることと相成った。聞けば燐音くんの推薦だそうで、〝T田がチーフだったらやってやる〟ってコズプロの副所長に駄々をこねて我意を通したんだとか。
「なんでそんなことしたのよ」
『なんでって……あんたがチーフならこっちの要望通しやすいからに決まってるっしょ。台本も都合よく弄らせてもらえるだろうし。蛇ちゃん……うちの副所長もよォく理解してくれたぜ?』
「なるほどね」
 そういうことなら納得だ。はじめ話を聞いた時は「なんで俺なんかが⁉」と動揺しまくったもんだが、彼らの力になれるなら──ひいては彼らと共に面白いものを作れるなら、俺にとっても願ったり叶ったりだったりする。何度も一緒に仕事をするうち、気付けば俺は『Crazy:B』の大ファンになっていたのだ。
「わかったわかった、頑張りますよ。信頼に応えさせていただきますとも」
『おーう、頼りにしてるぜT田D♪ ……っと、ちょい待って』
 燐音くんが『静かに』と人差し指を立ててみせた。背後を窺っている様子から、誰か来たのだろうと察する。
 俺は名探偵顔負けの名推理を展開した。彼は今自宅にいるはずだ。つまりそこに『誰か』いるとすれば、彼と同居しているという『あのひと』以外にあり得ない。
『あ~、T田ちゃん』
「はい」
『そっちのカメラオフして、マイクもミュートにしといてくんね?』
「ん、お~……わかった」
 言われた通りにPCを操作する。向こうに俺側の情報が一切届かなくなったところで、ガチャとドアが開く音がした。
『──ただいま』
 やっぱりHiMERUくんだ。今しがた帰ってきたらしい彼はふらふら歩いてこっちへ来た。ここで疑問が浮かぶ。あっち側で起こっていることは音も映像も俺に筒抜けなんだけど、いいのだろうか。
『おかえり。なんか疲れた顔してンな……うおっ』
 燐音くんの言う通り明らかにくたびれた様子のHiMERUくんは、恋人の元にやって来るなり正面から抱き着いた。「あらヤダ!」とどこぞのオネエみたいなリアクションをしたのは俺。燐音くんもびっくりしてるっぽい。
『なァんだよ、どした~? ヤなことでもあった? 今日はドラマの撮影だったよな? 遅くまでお疲れさん』
 おい、なんだ、ただのいい彼氏じゃねえか。
 俺はこの男の暴君っぷりだとか破天荒なところばかりを見てきたから、こんな風に恋人を甘やかす姿は初めてだ。そりゃ仕事は求められた以上のことをきっちりこなすひとだし、根はいい奴なのを知ってるけど(じゃなきゃプライベートで連絡を取り合ったりしない)。
 ……なんかちょっと時間かかりそうだし、飲み物でも取ってくるか。そう考えて席を立とうとしたのだが。
「おおおおおおいおいおい」
 ほんのすこし目を離した隙の出来事だった。あいつら何してたと思う? なんとディープキスしてやがった。椅子に座ってる燐音くんの膝の上に向かい合う形で乗り上げたHiMERUくんが、ぐいぐい迫ってる。
「ちょっ、え? ……え?」
 ぜ、全部見えてるんだが⁉ でも俺が見てることなんて知る由もないHiMERUくんは完全にその気になっていて、焦る燐音くんにキスを強請ってる。
『天城、天城……したい』
『何なに、なんのスイッチ入っちまってンのおめェは?』
『……。ラブシーンの撮影があったのです』
『あァ?』
『今回のドラマ。感情を入れるために、その……あなたとの行為を思い出していたら、したくなってしまって』
 おお……そういうこともあるんだ、大変だな。感心する俺、一方で燐音くんはまったく別の感想を抱いたようだった。
『……聞いてねェけど?』
 恐ろしく低い声だった。画面越しでもピリピリした空気が伝わる。あ~あ、怒らせちゃった。知らねえぞ俺。
 思った通り顔色を変えた燐音くんは、何か言い掛けたHiMERUくんのくちびるに荒々しく噛み付いた。
『ふ、んむ……ぁ、んんっ』
 肉食獣も猛スピードで逃げ出すレベルの、食い荒らすみたいなキスだった。見てられん。嘘だ。食い入るように眺めさせていただいた。
『う、ん♡ はぅ、ぁ、んっはぁ……♡』
 HiMERUくんの金色の瞳はすぐに蕩けて、嬉しそうに恋人の舌にむしゃぶりついている。画面外では燐音くんがさっさと下を脱がせてしまったようで、遠くの方に黒いボクサーが放られるのが見えた(HiMERUくんの今日のパンツは、黒!)。鮮やかすぎる手際に感嘆するほかない。ヨッ、天城屋!
 次に燐音くんはHiMERUくんを立たせるとデスクに両手をつくよう命じた。PCに備え付けのカメラの真ん前にHiMERUくんの顔が近付く。期待するように頬を染め目線を彷徨わせる、超ベリーベリーキュートでミラクルセクシーなお顔が(クソ語彙力ですまん)。
 さながらこれは逆マジ○クミラー号。こんないい思いをさせていただいてよろしいんでしょうか……明日あたり死ぬのかもしれないな俺。もうそれでもいいか、思い残すことないし……。あばよ、世界!
『誰と何したか言えよ、ぜんぶ』
『……』
『俺っちに言えねェことしたわけ?』
 ぱしん。高い音の出処がどこなのかわからず数秒戸惑った。もう一度、ぱしん、と。燐音くんの掌の動きに合わせて同じ音が響く。
『ぅあッ♡』
『なァに喜んでンだよ。お仕置きになんねェっしょ?』
 ──わかった、尻を叩く音だ。俺は基本的に『イチャラブエッチ♡』みたいな謳い文句のAVしか見ないから、その行為に思い至らなかった。
 叩かれたHiMERUくんは半開きの口から涎をだらだら垂らして気持ち良さそうにしてて、ちらっと見えた彼のチンポも勃ち上がって濡れている。俺の中で価値観が変わる音がした。M属性の子が苛められてるところを観測するのは、思いのほかにイイ。
『何したか言えっつってンの』
『言ったら、お仕置き、やめてしまうのですか……?』
『……は~……』
 長い長いため息をついた燐音くんが頭を掻きながら冷たく吐き捨てる。

『酷くされたいわけ?』

 ゾクリとした。何年も前にボロホテルの廊下で俺を脅した時の、あの表情を思い出した。バキバキに勃起してた股間が縮み上がるのを感じる。ちょっとマジでやべえんじゃねえの。どうなっちゃうのこれ。
『待ってろ』
 それだけ言って燐音くんが部屋を出ていった。三十秒くらいして戻ってきたその手に握られていたのはローションのボトルと、昔悪友達とドン○ホーテに行った時ふざけて手に取ったような、エグいピンク色をしたバイブ。何をするつもりなのか〝|理解《わか》〟ってしまった。
 そいつにローションをぶっかけた彼は、デスクに手をついてお尻を高く上げる格好をしたHiMERUくんの背後に回った。そして。
『ひゃううッ♡♡』
 躊躇いなく小さなお尻に突き刺した。

 俺はあまりの怖さに玉ヒュンしたが、HiMERUくんの方はというと背中を反らして舌を突き出して絶頂キメてた。なん……だと……。
『あ~あ~だらしねェなァ、こんなもん突っ込まれてヨがりやがって。『HiMERU』のファンが知ったら泣いちまうっしょ』
『はぁ、ンッ♡ ごめ、なさ……ア♡』
『聞こえねェ』
『ごめんなさ、ごめ、な、さひぃ♡』
『きゃは、何に謝ってンだよ』
『ひめ、るは……♡ ぶっといバイブ突っ込まれて、ぇ♡ アクメしちゃ、ぁんッ、淫乱れすっ♡ だから……っ、ゆ、るしてくださっ、』
『ぎゃはは! いいぜェ、まだまだイき狂っちまえよ淫乱アイドルのHiMERUくゥん♡』
『あ、あ……またイっ、いくいく♡ いくッ♡ いああア♡♡』
 HiMERUくんは涙を流して絶頂し続けた。俺はPCに釘付けのまま一歩も動けない。ただし右手は忙しい。
 本当に、この人達と知り合ってから信じられないことばかり起こる。画面の向こうでは見るに堪えないことが行われているのに彼はこんな時まで美しいままで、俺の心と欲を引き付けてやまない。思い返せば人生が狂うきっかけとなるのはいつだって、この綺麗な男なのだ。

『……。T田ちゃん、いるっしょ?』

 唐突に名前を呼ばれて俺は椅子から転げ落ちた。もう俺の存在なんか忘れ去られたんじゃなかったのか。
 無視するわけにもいかず、ビクビクしつつマイクだけをオンにする。
「はひぃ……いますけど……」
『カメラも』
「ええっ、……ああイエ……ハイ……」
 当然俺がいることなど知らなかったHiMERUくんはみるみるうちに顔を青褪めさせた。そりゃそうだ、可哀想に。
『T田、さん……?』
「あっハイT田です! お疲れさまです(?)」
『い、今の見て……、いつから』
「え、ええ~~~っとぉ……」
 あんたらがアッツアツのディープキスしてたとこからずっとだよ‼ なんて言えない。絶対言えない。
 困り果てて口を噤んだ俺に燐音くんが嘲るように言い放つ。
『ハッ。はじめっからぜ〜んぶ見て、そんで興奮してチンポ扱いてンだろォ? どうせなら最後まで見てけよ』
『天城っ……ッあァ!』
『酷くしてほしいンだろ? 犯すみてェにさ』
 抗議の声を上げるHiMERUくんから乱暴にバイブを引き抜いた燐音くんは、それを適当に投げ捨てて邪悪に笑った。
『死ぬほどイかせてやるよ、メルメル♡』
『ぁう、~~~~~ッ♡♡』
 はいここで登場、毎度おなじみ天城燐音謹製ミサイルチンポ! そいつをひと息にぶち込まれたHiMERUくんが声もなく達する。息を吸い損ねたくちびるがぱくぱくと哀れに開閉した。
『んうッ♡ やめ、くださっ♡ 見られて、ぇ♡』
『あァン? ケツ締めながら文句垂れてンじゃねェ、よッ! おらイけっ!』
『だめれすっ♡ らめ♡ らめぇえいっちゃうぅ♡ イクッ♡』

 俺もイく‼ 出すよHiMERUくんッ‼

 ビュッビュッととんでもない量と濃さのザーメンが吹き出した。これまで経験した中でぶっちぎりの深い絶頂を孤独に味わう。そのまま気を失いそうになるのを、ヘッドホンから脳に直接注がれるHiMERUくんの泣き声で引き戻されてしまう。
『あん♡ あんッ♡ りんね♡』
『っ、は……メルメル……っ』
『いい、いいれすっ♡ もっと犯してっ♡ おしり壊れるまで犯してぇ♡』
『っ、エロすぎっしょ……。くそッ、どうなっても、知らねェからな』
 その言葉を最後にふたりは完全にフレームアウトした。イチャイチャグチャグチャする声と物音だけが聞こえるあたり、カメラに写らない床とかで続いてるんだろう。いっそ気絶してしまいたかったわクソが。これ以上俺をダシに盛り上がられたら嫌すぎる。

「………………。寝るか」
 俺はPCをそっ閉じした。周りの見えていないCrazy:バカップルのことなんて知ったことか。もうじゅうぶん楽しませていただいたし新しい扉も開いていただいたため、わたくしめはこれにて失礼致す。
「……あ」
 ゴロリとベッドに横になり、ふと思う。

 ──録画、しとけば良かったなあ。





 T田の受難の日々はDになっても終わらない。

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