日記帳3冊目

◆大虫の井戸探索記 第8回調査◆

カスロット砂漠にある「大虫の井戸」と呼ばれる遺跡、その奥にある魔域の調査に参加することになった。元々は大規模遺跡として調査が進められていたけど、一年ほど中断されていたものが最近再開となったみたい。

魔域自体どれも特殊と言えばそうだけどここは特に変わっていて、入るたびに形が変わっているらしい。そのうえ魔域外のものを持ちこむことができず、基本的に現地調達でやりくりするしかない。
魔域に取り込まれてしまった街「アネモス」を解放することが最終的な目的とされているけど、そういった特殊な環境もあって調査は非常に難航しているということだった。
魔域なのに何度も出入りされているのは、取り込まれてしまった街の操霊術師の方が作った品「アリアドネの糸」を使って緊急時に脱出することができるから。便利ではあるけど、脱出して入り直したら全く違う構造になっているわけだから全てやり直しになってしまう。
とはいえ進入してすぐの地点は構造こそ違えど似た環境になりやすいらしい。なので先に調査をしていた人達の記憶を参考にしながら進むことになった。メモも持ち帰れないからね。

今回は私と先日大規模迷宮調査でお世話になったアヒムサーさん、それから龍骸諸島から来て最近ハーヴェスを中心に活動されている寧々さんと宗煙門さんの4人でパーティーを組んで進入、1階層目は先人の話通り森のような区域が多いところだった。
幸いにも大きなトラブルなく進み、ふと寒気がしたと思ったら大きな狼のような魔物の群れが近づいていた。特徴的な魔物として話は聞いていたので何とか対抗できたけど、使い慣れない装備ばかりだったこともあって思った以上に苦戦してしまったと思う。

その魔物を退けると奈落の核に似たようなものがあった。普段であれば核を破壊することで魔域を脱出することになるけど、どうやらこの魔域は多層構造になっているようで次の階層に繋がる空間の裂け目ができた。
私たちの聞いていた話は最初の階層までだったので、そこから先は未知の領域。慎重に進んだ先には森に加えて白い石で作られた神殿跡のようなものがあった。
着いて早々宝箱に擬態した魔物に襲われてしまったけど、正直そのことはあまり思い出したくない。向こうが上手だったとは言え、魔域のものを調べる時には十二分に警戒しないと。

しばらく進むと苔むした石の巨像があって、その後ろには前の階層と似たような奈落の核が浮いていた。
正直やり過ごせるなら避けて通りたいところ。ただ状況的にも核を守っている番人のようなものだろうと慎重に近づくと、案の定巨像が動き出して襲い掛かってきた。
巨像は硬い材質なせいで攻撃が通りにくく、向こうの攻撃は重いということもあって大苦戦。おまけに一進一退の攻防の末に何とか倒したと思ったら自己修復して再び襲ってきた。
こちらは持てる手段を使い切ってしまっていたので、急いで距離を取って「アリアドネの糸」を使って脱出することにした。

無理をせず撤退を選んだのは自分だけど、正直に書けば本当に悔しい。拠点に帰ってからも何か打てる手があったんじゃないかとずっと考えてしまった。
私たちの持ち帰った番人の情報自体はとても有用だったらしく調査隊長のアニマさんには感謝されたけど、もっとできたはず。うーん、考えれば考えるほど悔しい!
同時に今の自分は色々な武具や魔法の品にかなり頼っているんだと思った。それ自体は悪い事じゃないと思うけど、油断して鈍らないようにしないと危ないね。

ハーヴェスに戻っても顔に出ていたようで、受付に立っていたらソフィさんとウィル君に何かあったのかと聞かれてしまった。二人も今度調査隊として向かうらしいので、私の覚えている限りのことを話したらその場で長い作戦会議が始まった。
二人の作戦は結構突飛なものもあったけど、かなり有効そうなものも多かったからきっとあの番人を倒せるんじゃないかと思う! 戻ってきたら報告を聞くのが楽しみ。


その後ソフィさんとウィル君が帰ってきて、私たちの撤退した石の巨像どころか次の階層にいた番人まで倒すことができたらしい! しかも現地で組んだ中にアヒムサーさんもいたみたい!
自分の手で突破できなかった悔しさはあるけど、持ち帰った情報が少しでも役に立ったなら嬉しい。本当におめでとう!


◆魔動基地ガルディア潜入作戦◆

カスロット砂漠の南側に魔動機文明時代の遺跡を改造した蛮族の基地が発見され、しかもハーヴェスに向けて魔動兵器を発射しようとしているから止めてほしい、という緊急の依頼を受けた。なんでもその魔動兵器はとんでもない威力を持っていて、1発でハーヴェスを焼け野原にしてしまう可能性すらあるらしい。
流石に悠長にしている場合じゃないので、その時〈栄誉の旅〉にいたメンバーですぐに出ることになった。大きな依頼では久しぶりに組むことになったルアンシーさんと、最近大活躍のアヒムサーさん。それからルアンシーさんが以前ドーデンで一緒に依頼を受けたらしいフェルシアさん。急な出発ではあったけど、このメンバーで出ることができて良かったと思う。

基地には既に大量の蛮族が集結しているらしく正面突破は無謀、定期的に出入りしている蛮族に扮して潜入することになった。
砂漠と平原の境あたりにある廃墟が出入りしている蛮族の休憩地点になっているという情報だったので、接近を知らせる罠を張って襲撃し乗り物ごと奪う作戦にした。今思えば本当に急いで出発して良かった。罠を張って待機したその夜に蛮族を乗せた乗り物が通ったし、おそらくそれが最後のチャンスだったから。

接近自体は乗り物の音が大きかったこともあって事前に察知できたけど、アヒムサーさんの提案で念のため仕掛けておいた括り罠のおかげで有利に事を進めることができた。無事乗り物と基地での制服を確保できたし、捕らえたオーガから基地内の情報もかなり詳細に得られた。
ちょっとやりすぎた気がしなくも無いけど、手を抜いたせいでハーヴェスが無くなりましたなんてことになったら目も当てられない。必要なことをきちんとこなせた、と思う。
オーガから得られた情報で魔動兵器の発射が翌日か翌々日か、とにかく日付の猶予はほとんど無いと分かって慌てた。とはいえその時点でもう深夜だったので一度休みして、翌朝早くに廃墟を出発。昼前くらいに基地に到達することができた。

そうそう、最近色々あったから蛮族の話していることが分かった方が有利になるかもしれないと思って、汎用蛮族語の勉強をしていた。まだ会話文だけなので見つけた指示書とかを解析することはできないけど、ちょうど今回は蛮族に成りすまして潜入する必要があったから役に立った。
同様に奮発して買ったマジックコスメの最初の使い道が潜入用の変装になっちゃったのは少し残念だけど、使い方をしっかり予習しておいたのが良かったのか変装はすごく上手くいったみたい。皆も全然見分けがつかないと驚いていた。成りすましたのがオーガじゃなければ嬉しいんだけどなぁ。

他の皆も化粧や変装をして、会話のできる私とルアンシーさんがオーガ、アヒムサーさんとフェルシアさんがミノタウロスを演じることにして基地へ突入。事前に情報を得られていたので怪しまれること無くスムーズに入ることができた。
どうやら定期的に出入りしていた部隊は食料確保のためだったみたいで、荷台には何かのお肉がたくさん積まれていた。それを基地の食堂に運ぶことで内部も自然に移動できたけど、今思えばあれは何のお肉だったんだろう。ちゃんと調べなかったのが良かったのか悪かったのか、なんとなく後者な気がする。

基地の中はまさしく魔動兵器発射のために大忙しという様子で、動き回っている蛮族たちもピリピリしていた。特に班長みたいなボルグは魔動兵器の準備に付きっ切りみたいで、こっちが少しでもミスをすると露骨に不機嫌になって怖かった。とはいえその余裕の無さのおかげか、変装が疑われることは全く無くて助かったかも。

ボルグに工具を取ってくるよう言われて倉庫へ向かい、そこから格納庫へ戻る時に司令室の様子を確認しようとした時、運悪く勘付かれたのか基地を束ねているディアボロが司令室から出てきて話しかけてきた。
変装は上手くいっているはずだけど、部下全員の顔と名前をしっかり覚えているらしいディアボロにはかなり怪しまれていたと思う。敵地の真っ只中で囲まれるかもしれない状況は生きた心地がしなかった。あそこで私の正体がバレていたら私どころかルアンシーさん達も。そう思うと何とか見抜かれずに済んで本当に良かった。

異常が無いと思い司令室へ戻ろうとしたディアボロの背中を見た時、いつかのガルーダの時みたいに急に時間がゆっくり流れるような不思議な感覚があった。開けようとすれば時間がかかるような司令室の扉は開け放たれていて、部屋の主は今こちらに背中を向けている。
この基地の蛮族はディアボロに絶対の服従を誓っている。こいつさえ止めれば、ハーヴェスの危機は回避できる。
一瞬だけ振り向くと不安そうに様子を伺っていたルアンシーさんと目が合って、そしてルアンシーさんも察したのかすぐにあの時と同じ目で返してくれた。そこからは体が勝手に動いた。

扉を半分くぐったディアボロの視界から私たちが消えた瞬間に走って追い付き、その背中を突き飛ばして司令室へなだれ込んだ。皆もすぐに追いついて、大将であるディアボロと側近数体だけの状況を作ることができた。
動きにくかった変装を解くと全て察したディアボロは激高して、戦闘中ずっと狙われることになってしまった。ここも今思えばガルーダの時みたい。ただ気を引くことができたおかげで、フェルシアさんに司令室の扉をしっかり閉めてもらうことができた。増援や挟み撃ちの心配が無くなると動きやすさが全然違うから本当に助かった。

アヒムサーさんの堅実な攻撃やルアンシーさんの強力な支援もあって、厳しい相手ではあったけど終始有利に事を進めることができた。でもあと数体向こうが多かったら状況は全く違ったかもしれない。失敗する危険があっても、あそこで突入することを選べたのは自分でも良かったと思う。
ディアボロにとどめの一撃を入れると、本当に恨めしそうに呻きながら自身の炎で焼かれていった。

司令室には魔動機文明時代の設備が多く残っていて、本来であれば兵器を発射した後に使うはずだった基地全体の自爆装置もあった。それに外へ脱出するための裏口も。
フェルシアさんが手早く操作してくれたおかげで扉を破られる前に自爆装置を起動して脱出でき、奥に残されていた魔動機に乗って可能な限り基地から距離を取った。程なく背後でとんでもない大爆発が起こって、かなり距離を取ったはずなのに窓から出した顔には熱風が叩きつけられた。
ハーヴェスに向けられていた魔動兵器は基地ごと跡形もなくなり危機は去ったわけだけど、あの大爆発がもしハーヴェスで起きていたらと思うと、間一髪防いだというのが後からどうしようもなく怖くなった。
ディアボロは言葉の端々でより上の存在がいるような言い方をしていた。またあんな脅威をその存在が手に入れたら。その時は今回より早く動かないと。

汎用蛮族語を聞き取れるようになって、役に立つ部分は確かにあった。ディアボロと鉢合わせた時、オーガから情報を聞き出した時、基地内での動き方や入る前の返答も、何を言っているか分からなければどうしようもなかった。
それが結果的に私たちを生き残らせてくれたし、依頼も達成することができた。
でも、ちょっとだけ後悔している。何を言っているか分からなければ良かったのにという場面も多かった。
あのディアボロは恐れられていたけど、きっと他の蛮族が服従していた理由はそれだけじゃなかった。複雑。

そういえば今まで聞き取れなかったけど、ルアンシーさんが思ったよりも激しく啖呵を切っていたことが分かった。意外ではあったけど多分ルアンシーさんなりの気合の入れ方というか、毅然とした態度で向き合うという決心みたいなものなんだと思う。
あまり見られない一面が見られたような気がして、これは分かるようになって良かったかな。


状況が状況だったこともあって、今回の私たちの働きはかなり大きく評価されたみたい。
フェルシアさんは脱出に使った貴重な魔動機、バギーをそのまま所有することになって、私とルアンシーさんはハイペリオン級冒険者として認められることになった。これでブラムさんと三人お揃いになったね。
それで今日はお祝いをするための買い出しをしてきた。なんだか最近お祝いパーティーばかりしているような気がするけど、皆が無事に活躍できているのは本当に幸運だと思うし、お祝いしすぎるくらいでちょうどいいはず。

買い物をしながらルアンシーさんとゆっくり話して、ここのところ事務作業続きになっているブラムさんを労う良い方法が無いかお互いに案を出したりした。
これだというプランが固まったわけじゃないけど、羽根を伸ばせるような機会はちゃんと作りたい。
バレると逆に気を遣わせちゃいそうなのが難しいね。私もルアンシーさんも顔に出ちゃいそうなのがなぁ。


◆大海に浮かぶ巨剣の島◆

ブラムさんに呼ばれて集まると、揃っていたメンバーは以前に宝島へ一緒に行った皆だった。
あの時は帰りに色々あったからややこしいけど、行きが一緒だった皆。ソフィさんにナンナさん、フロス君、そしてもちろんブラムさんに私。あれから何年も経ったわけじゃないはずなのに随分前のことみたいで懐かしいなと思っていたら、まさしく呼ばれた理由はその宝島、ゴールデン・コーヴに関する話だった。

ブラムさんの元に届けられた羊皮紙の文、それは明らかに例のご先祖こと海賊王アイフリードの筆跡で、私たちを名指ししてもう一度島を訪れるよう促していた。どこから見ているのかも分からない人の誘いに乗るのもどうかとは思うけど、一方でまたあの島を訪れたいという気持ちは強かった。
私たちの作った秘密基地がまだ無事かも気になっていたし、必要なら補修もしたい。
それに、あの冒険が無かったらきっと今の私はいなかった。自分の気持ちに気付くきっかけになった場所でもあるから。

なんて考えたのは後からで、口からはすぐ行くって言葉が出ていた。
他の皆もほとんど同じタイミングで返事をしていて面白かったけど、そうなることはブラムさんもお見通しだったみたいで、既に船まで手配してくれていた。
今すぐに出発しそうな皆だったけどソフィさんの一言でまずは買い物。あの島の付近の海ならある程度安全に遊べるだろうということで、皆それぞれ水着も新調して向かうことになった。もちろん基地の補修材料も。

3日の航海の後に久々に降り立ったゴールデン・コーヴは、植物がより青々としている以外はほとんどあの時のまま。でも秘密基地を建てた花の丘だけは全く違っていた。
私たちの知っている丘は一面のベニレンカだったけど、今回辿り着いたそこは三色の花が咲き乱れていた。そういえば船で集合した他のグループに聞いたら、花の色だけそれぞれ違っていたのを思い出す。世界の分裂だとか統合だとか、あの時は突然のことすぎてなし崩しに信じる形になっていたけど、花畑の色を見ると改めて本当にあったことなんだと思える。

感慨深くなりながら進むと、あの日建てた秘密基地"†最強ブラム・シークレット・ベース†"が見えてきて、島の気候を考えたら大規模な修繕か建て直しが必要な状態かなと思っていたのに、なんとあの日のまま綺麗にそこに残っていた!
信じがたいことにあの時森で戦った番人の動物たちが私たちの秘密基地を守ってくれていたみたい。それどころか綺麗に掃除までされていて、今すぐそのまま寝泊まりできる状態になっていた。
ちゃんとブラムさんの背が不当に低い位置で記録されている柱の傷もそのままで、この時点でちょっとうるっと来ちゃった。番人さんたち本当にありがとう!
通訳をしてくれたパティ君も久々の里帰りを楽しみにしていたのか、気が付いたら森の方へ飛んで行ったみたいだった。

補修に使うはずだった時間が余ってしまったので、早いうちから食事の準備をすることに。私とブラムさんは例によって飲み水の確保だったんだけど、ソフィさんが百底の水桶を持っていたのには驚いちゃった。これは計画失敗かと思ったけどブラムさんは気付いていなかったみたいでそのまま水源へ。
水の掛け合いになったりしたのもあの時のまま。何もかもあの日の続きって感じがして嬉しかった。
そして船からこっそり着込んでいた水着をって、今思えばあざとすぎた気も。楽しみだったから。
時間かけて選んだ水着、ブラムさんに似合ってるって言ってもらえて本当に良かった。

急いで着込んで戻ったら、秘密基地がフロス君によって改修されていた。ほんのちょっとの間だったはずなのに、下りが滑り台になっていたり更衣室ができていたり。ソフィさんの料理もすっかり完成していて、そんなに長い時間出ていたっけと心配になっちゃった。
そうだ更衣室で思い出したけどフロス君持っていたゴーグルの魔動機、あれは良くないと思う!
本来の使い道は魔動機のメンテナンス用らしいけど、どう考えても悪用されるよ。

ソフィさんのさらに腕を上げた料理をお腹いっぱい食べた後は、皆で水着に着替えて少し北の浜辺へ。
以前は来るタイミングが無かったけど砂浜も海もすごく綺麗で、もちろん他に誰もいないから貸し切り状態!
泳ぎの競争をしたり獲れた貝を食べたり、最近の冒険の話をしたり。すっかり恒例になったブラムさんとの模擬戦では負けちゃって悔しいけど、むしろ前回よく勝てたなとも思う。
ワイワイ過ごしていたら一日はあっという間に過ぎて、フロス君の体力が尽きたあたりで秘密基地に引き上げた。

翌日。大きな波の音を聞いた私たちが入江に向かうと、信じられない光景が広がっていた。
沖に新たな島が浮かんでいて、その中央に数百メートルはありそうな巨大な剣が刺さっていて、さらにさらにその島そのものが山ほどの高さがある亀の背中だった。
正直ああ夢かと思ってしまってもおかしくない状況だったけど、以前にクヤタを見たどころか背中に登ったことのある私は目の前のそれが現実のことで、同じように神話の時代からの存在であるとすぐに分かった。
神亀アクパーラ。クヤタの一件のあと帰ってから調べたけど、同じ時代つまり神々の戦争の頃から存在する幻獣で、船乗りの間では常に移動している島として語り継がれているらしい。

私たちが圧倒されていると、これまたクヤタの時と同じように頭の中に声が響いて、直接語り掛けられた。
アイフリードに頼まれて私たちを迎えに来たこと、そして私たちが探すための宝が背の上のどこかに隠されていること。今さらではあるけど、神話の時代の存在にそんな頼みごとをできるブラムさんのご先祖って一体。
やがて私たちはアクパーラの魔法で転送され、その背中に広がる広大な森を探検していくことに。森の中には無限に水の湧いてくる宝珠のある泉や、おそらくこれも神紀文明時代からある石造りの遺跡があったりして、時折少し揺れなければそこが巨大な亀の甲羅の上とは思えないような場所だった。

事前に説明された通り巨大な魔剣の影響で私たちの武具にかけられた魔法が全て打ち消されてしまったけど、森の中のものは自由に使って良いと言われていたのでまずは使えそうな素材を探して武器や防具を揃えることになった。
始めはどうなることかと思ったけど、神紀文明時代からある森の中は木の葉やツタ一本からしても私たちの常識からかけ離れたような丈夫さで、やがてどんな腕利きの鍛冶屋さんでも作れないであろう武具になっていった。
そうそう、途中で昆虫同士が戦っているのを見かけた私たちは、負けてしまった子を応援して森の主に勝てるまで特訓するのを手伝ったりもしたっけ。あっという間にメキメキと成長したその子"アーガトラーム"君は見事森の主に打ち勝って、新たな森の主になった!
普段なら絶対しないであろうことの連続で、私も皆もずっとワクワクしっぱなしだった。

遺跡の中にはこれ見よがしに宝箱が置かれていて、アイフリードからのメッセージが収められていた。もちろんというか、変な罠もしっかり仕掛けられていたけど。
「巨剣の柄を目指せ」というそのヒントはあまりにも直球でありながら、とんでもない要求でもあった。刺さっている根元から見上げると首が痛くなるくらいの大きさで、柄までは目測で200メートルほど。それも壁面となる剣身はほとんど垂直に切り立っているので、手足で登っていくのはほとんど不可能と言ってよかった。
もちろん、アイフリードも私たちならできると踏んでそんなことを要求しているわけで、それに応えるべく考えを巡らせて登ることになった。と言っても最終的には魔法で空中を階段のように登れるようにしてもらって時間内に駆け上がるという力業ではあったけど。
アーガ君が見つけてくれた魔法によって100メートルは真上に飛べるから、スパイダーショットで登るフロス君の位置を参考にしてちょうど半分の地点から真上に飛び上がった。なんと着地は気合。落ちたら一巻の終わりという博打ではあったけど、そこは流石に今や名のある冒険者のみんな。無事に全員巨剣の柄の上に着地することができた。

巨大すぎる剣なだけあって柄の上も広々としていて、しばらくそこで周囲を見渡したり記念のスケッチをしたりして過ごした。遮る物の何もない、ほとんど空中に立っているような場所からの眺めは、多分文字にして書いても残せないものだと思う。ゴールデン・コーヴの島全体から遠くの海まで、まだ行ったことのない島々も一望できて、まさしく絶景という言葉で済ますのは勿体ないくらい。
神話に出てくる幻獣に実際会い、その背中に刺さった魔剣を登って辺りを見渡す。そんな大冒険を自ら体験するなんてとナンナさんも感慨深そうだった。私もそう、多分ブラムさんもだし、フロス君もいつも以上にはしゃいでいた。
アクパーラの話によれば以前私が登ったクヤタと同じく神話の時代を過ごした幻獣のバルフート、海賊船の名前の元になったスカイホエールもまだ遠い海で生きているらしい。いつかきっと、会いに行けたらいいなと思う。夢物語のようだけど、もう三分の二に会えているんだからありえない話じゃないよね。

改めて準備をしてから調べて回ると、これまた露骨に宝箱が置かれていた。そしてやはりというか開けようとしたところで妙な、言葉を探したけど妙なとしか言いようがない、小さな城のような魔動機が飛来してきて、戦闘になった。
高い場所で遠くから飛んでくる相手を迎え撃つ。これもなんだか覚えがあったけど、そのおかげもあってか先手を取ることは容易で有利に事を運ぶことができたと思う。いや、結構攻撃外したかも。ここは反省点。
例に漏れず見た目のトンチキさに対して攻撃は苛烈としか言いようがなく、私たちも全力を出し切ってやっとという戦いだった。最後はナンナさんがきっちり決めてくれてなんとか勝利。そして残骸から宝箱の鍵を見つけることができた。

宝箱に詰められていたのは絵に描いたような金銀財宝。でもそれ以上に素敵な思い出になる品が入っていた。こういうロマンチストな部分はしっかりブラムさんまで受け継がれていると思うし、悔しいけど私もそういうのに弱い。
今もこの日記を書きながら思い返すのに何度か耳を当てたりして、その度にたくさんの情景が浮かぶものだからずいぶんと遅い時間になっちゃった。
隣にはソフィさんが作ってくれたペンダントも置いてある。浜で拾ったシーグラスや貝殻で足された装飾や、裏に書き足されたアクパーラとアーガトラームの名前。夢みたいな冒険だったけど、本当にあったことなんだ。

楽しかった。本当に、すごく。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ浮かんだ、このまま帰らずにもっと島で過ごそうよって言葉は、結局口に出さなかった。
これだけ楽しい思いをさせてもらって、それをもっともっとなんて言えないよ。
それに同じくらい大切な生活が、また別の楽しい毎日が待っているから。
もし再びあの島を訪れることがあったら、その時も全力で楽しんで、そしてすっきりと帰って来ようと思う。


◇幕間・その砂浜は誰のため◇

ずっと改装中のルシュールから連絡があって、夏の間スヴェリス山の近くの海岸で臨時の店舗を出すから手伝ってほしいとのことだった。私は空鯨亭ができた時に退職という形にしていたけど他の皆はそうじゃなかったから、スタッフの生活のためというのもあるのかも。
なんでも最近あのあたりに高級リゾートができたとかで、そこの有料ビーチのために水棲蛮族対策の魔力網がイドリス湾に設置されたみたい。エリアが分けられているだけで一般ビーチも安全になったから、せっかくだしと遊びに来る人が増えて浜辺は大賑わい。周囲に飲食店も無いから数軒しかない臨時店舗が長蛇の列になっちゃって、それで退職済みだった私にも声がかかった。

しばらくお休みになっちゃうから受付とかの諸々をジルダさんに引き継いだけど、その時に不審な人物が海側で目撃されている話を聞いた。何か大量の物資を運んでいるところを見かけたとかで調査依頼も出ていて、ちょうどしばらくその辺りにいることだしと引き受けることに。
ただもちろん店のこともあるし、そもそも私以外にも誘えそうだったらと言われていたので、ちょうど食堂にいたリャンさんラクーンさんウィングさん、そして後から入ってきたウィル君にも来てもらうことになった。
師匠も同じように声がかかっていたみたいで、ユウゲンさんとユネルマさんが応援に駆けつけてくれた。実力派がこれだけいれば全然大丈夫でしょ!

と思っていたけどお客さんの入りは思った以上で、元々大量のお客さんをさばくことに慣れていなかったルシュールスタッフ勢は大混乱。私と師匠、それからウィングさんはキッチンから全然出られない状態になってしまって、他の皆にフロアと不審者情報の聞き込みをお願いすることになっちゃった。それでも皆はテキパキとこなしてくれて、おかげでお店はなんとか回すことができていた。本当にありがとう。皆にお願いして良かった!

聞き込みの方も順調に進んでいたみたいで、なんと始めてから2日目には不審人物を無事確保、あとの期間はお店の手伝いだけをお願いすることになった。しかも聞けば不審者はもう一つ別の団体がいて、そっちも対処していたとか。
物資は巨大な魔動機を修理するために使っていたらしく、私と師匠が会計のチェックをしていたら南の浜で大きな爆発が起こった。幸いにも一般市民の怪我とかは無かったし、実際には魔動機が自爆した時の爆発だったみたいだけど流石に結構焦った。

結局どういう相手だったのかあまり詳細を聞いていないんだけど、なんでもカップルばかりを襲っていたらしい。逆恨みってことなのかな。でも連れていかれる直前にウィングさんにアプローチしていたし、ちょっとよく分からない。ラクーンさんは本当に悪い人じゃなかったと言っていたけど、城壁内で大型の魔動機を出すのは十分ダメなような気が。


◆遡上せし小竜の群れ◆

大忙しだったルシュール臨時店の手伝いも終わって、ようやく一息というところで新たな依頼を受けることになった。
内容は要人護衛で、報酬が安い代わりに護衛が必要な時間以外は自由に過ごしていい。そして行き先はシルヴァーナの避暑地"水縁の涼庭"。以前ルアンシーさんとの計画の候補地にも挙がっていた場所で、自由時間があるなら現地の下見にもなる。
先日の魔動遺跡の件で仕事を終えたルアンシーさんもちょうどその場にいて、なんて良いタイミングなんだと二人で快諾、一緒にギルドで涼んでいたポルタさんとグロリアさんも同じく請けることを決めていた。
出発は翌日ということで皆の水着を選びに行って、この日は解散。
今思えば、遺跡の件の後始末もルアンシーさんに頼り切りだったの、良くなかったな。これも謝らないと。

翌日集合場所に着いてみると、私たちの他にも大勢の冒険者が集まっていた。明らかに過剰戦力と言えるような状態に面食らったけど、そのおかげもあってか道中でトラブルが発生することもなく無事目的地に着いた。
これだけの人数を動かす護衛対象とは一体と思っていたら、着いて早々明らかに。仮設ステージに現れたのは〈始まりの剣〉級冒険者のクロエ・フィヨンさんだった。話によるとプライベートな旅行のはずだったのに護衛を付けろと言われ、仕方なく人を集めただけらしい。明らかにご本人たちの方が強いため護衛任務はほとんどお役御免、後は好きに遊んでいて良いと言われてしまった。
後にレア・シルヴェンさんやテレシア・ノーフォルクさんといった高名な冒険者の方々ともお会いした。あの避暑地は冒険者御用達なのかな。

依頼人から遊んでいて良いと言われてしまった以上ご厚意に甘えて色々回ってみようということになり、4人で現地の色々なレジャー施設を巡って歩いた。
釣りが楽しめる場所ではルアンシーさんが川のヌシと呼ばれる巨大な魚を釣り上げたり、高い橋から命綱を付けて飛び降りるバンジージャンプでは一番怖がっていたポルタさんがすごく綺麗に飛んでいたり。急流をボートに乗って下るところでは私たちのチームが最速記録を更新して、豪華な賞品まで貰っちゃった!
途中私の知っている冒険者やヴァグランツの方とも会ったし、本当に多くの人が呼ばれていたみたい。
そういえばドロシーさんやレベッカさん、あの後大丈夫だったのかな。

各施設を巡っていたらあっという間に日が傾いてきて、そろそろ夕食や宿について聞こうかなと思っていたところで異変が起きた。
川の下流の方からとんでもない数の魔物が遡ってきて、今まさに避暑地に到達しようとしていた。後で聞いたレアさんの話によると数十年に一度大移動をしてくる水棲蛮族の一団らしく、今回本当にたまたまそのタイミングが私たちと被っていたみたい。
とにかく話の通じる相手もでもないということで、クロエさんと分担して大量の魔物を相手取ることになった。個々の強さはそうでもないけど数の多さに苦戦しつつもなんとか撃退、クロエさんは私たち4人と同じかそれ以上の数を一人で相手して涼しい顔をしていた。やっぱり高名な方の強さは並外れていると思う。

この水棲蛮族の遡上は何回かに分けて来る可能性があるけど、決まって夕刻であると記録されているらしく一旦休みになった。綺麗なバンガローをクロエさんが手配してくださって、そこが宿泊場所。
夜には龍骸の方が試供品として配っていた手持ち型の小型光華を私たちも分けてもらい、皆で誰が一番落とさずに長持ちさせることができるか競ったりして遊んだ。色とりどりの光が出るものや勢いよく地面を回るもの、もくもくと煙を出しながら伸びるものや地面に置いて勢いよく光が吹き出すものまで本当に色々な種類があって、どれも本当に綺麗。煙のはちょっと違うか。
夢中で遊んでいるうちにたくさんあった光華も無くなって、ちょっと騒がしかったけど楽しい1日が終わった。

翌日からは夕刻に警戒を強めながらも再び各施設巡り。もう目を閉じても案内できるくらいにはたくさん歩き回ったと思う。そのまま最後まで何事もなければ良かったけど、ハーヴェスへ帰る予定の前日、つまり最後の夕刻に初日以上の大群が川を遡って押し寄せてきた。その中には初日にはいなかった巨体の種もいて、休暇ムードはどこへやらの激戦になった。
とはいえ私たちもある程度対処法が分かっていたのと、またしても結構な数をクロエさんたちが引き受けてくださったので、首尾よく大群を撃退することができた。なによりやっぱり後ろにルアンシーさんがいてくれると安心して斬り込める。
クロエさんからは思ってもいなかったようなお褒めの言葉まで頂いてしまった。びっくりしたけど、本当にそうなれたらきっと、師匠にもこれ以上ない恩返しになるかもしれない。頑張っていこう。

私たちの仕留めた大物は今回の襲撃のリーダーだろうということで、一旦避暑地の警戒態勢は解かれることになった。その夜は祝勝会も兼ねてか大規模なキャンプファイヤーが焚かれて、私たち以外にも大勢の、多分避暑地を訪れていた皆が思い思いに踊ったり食事をしたりして楽しんでいた。
私もちょっと格好つけてルアンシーさんをダンスに誘って一緒に踊った。ダンスの経験は無いと言っていたけど、普段の身のこなしに品があるからか、すぐに様になる動きになっていて驚いちゃった。
私はといえば、ポルタさんに貰った飲み物がお酒と気付かず飲んでしまって、その後すぐにダウン。変に格好付けようとした分なのかなぁ。


あまり書きたくないけど、心の整理のために書いておかないと。

篝火の周りで踊っている時、ルアンシーさんとこうやって仲良く過ごせる関係になれて良かったって話をした。今さらではあるけど、あの時のルアンシーさんの提案が無かったら私たちは険悪まで行かなくても気まずい関係になっていたはずで、その事を私はずっと感謝している。
なのに。皆と分かれた後の帰り道で、私はルアンシーさんを傷つけてしまった。

少し考えれば分かるはずなのに、分かるからこそ言い出せなかったはずなのに。ルアンシーさんは許してくれる、気にしないでくれるって、甘えていた。
ルアンシーさんが頑張っていること、無理していること。そういうところを見ずに私は「ルアンシーさんはこう」と決めつけて、理想のルアンシーさんを勝手に押し付けていたんだ。
酷いことをしてしまった自覚と同時に、ルアンシーさんが何にショックを受けてしまったのかも分かってきた気がする。ルアンシーさんが本当は弱くて無理をしていて、それを隠そうとしていたなら、あの時の私と同じはずだから。
だからきちんと、本当になにも隠さずに向き合って話をしなきゃいけないのだと思う。

避暑地から帰ってすぐ、ルアンシーさんはまた別の依頼を受けて出発してしまった。
律義にも予定を書きに来てくれたのは驚いたけど、無理して平静を装っていたのは明らかだったし多分あまり眠れていない様子だった。
帰ってくるまであと2週間くらい。私も勇気を出して本当のことを言えるように。
まずは、今回も何事もなく帰ってきてくれますように。

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