日録

◆荒ぶる海に揺らぐ影◆

過日不注意により無銭での飲食をしてしまい、検非異使見習いとして任務を全うすることで放免との旨を言い渡されました。
幸いにも呪術師としての心得があったようなので、そのような沙汰となったのは幸運とも言えます。
任務の内容は龍骸の外から使者を乗せた船が来るはずも未だ到着しないことの調査。
私と既に湊斗藩の支部にて活動していた検非異使三名、計四名で事に当たることになりました。

黄泉路様はお侍の方で、ぶっきらぼうな印象ですがどこか品も感じられる不思議な方でした。
寧々様は黄泉路様に付き添う忍びの方。とても主を慕っていらっしゃるようで、献身的に尽くされていました。
業嗣様は物静かな巫覡の方で、南翅から来られたそうでした。とても実直で信頼できる方です。

港で聞き込みと共に船を出して頂ける方を見つけ、恐らく幽世に囚われてしまった件の船を探しに出ました。
そういえば聞き込みの途中で以前に食べ物を分けて下さった恩人の方と出会いました。
仕事として鎮圧しなければならない相手だったのが非常に残念ではありますが、その後無事なのでしょうか。
行き倒れに食料を恵み道を教えて下さるほど親切な方ですから、きっと何かの事情があったのだと思います。

どうにか沖に漕ぎ出した私たちを待ち受けていたのは、海上に広がる幽世でした。
大陸でも幽世に似た現象はあると後に知りましたが対処法が異なり、浄玉をお持ちでない方々では脱出ができなかったようです。
戦力としてはお越しの方たちの方が大きく、私たちはアラミタマの回収に専念するという形で分担しました。
不安定な船の上での戦闘は困難を極めましたが無事に回収は完了し、使者の方々を湊斗藩へお招きすることができました。
危険な大海を渡ってきただけありその船は非常に大きく、皆様も大変驚かれていました。

そして今、私はアルフレイム大陸へと帰るその船の上で日録を認めています。
任務を達成した私たちに言い渡された次なる任務は、密な交流のため大陸へ渡り文化や技術を学んでくること。
そして私には種もみと農書も手渡されました。大陸の穀物、特に米に関しては龍骸と大きく違うそうです。
正直に書いてしまえば、今は不安がほとんどであり、新天地への期待にまで気を回す余裕はありません。
しかし元々後ろ盾の無い身であり、いつか遠く海の向こうへ渡ることを目標としていたことは確かです。
このような形でそれが叶ったのは文字通り渡りに船の僥倖であり、素直に喜ぶべきことなのでしょう。

 大船の 思ひ頼みし 割る波の
 春の嵐と 迷い消えなむ

さようなら。遠くへ、行って参ります。


◇幕間・ハーヴェス到着◇

使者の大船、バルフートという船は過去の文明の遺産であり、様々な場所を移動可能だそうです。
それどころか普段は出発地であるハーヴェス王国の近くに留まり、冒険者ギルドとして使用されているとのこと。
冒険者ギルドは龍骸で言う検非異使詰所に近いもので、詰所に比べれば制度が緩く細々とした依頼も請けるようです。
もちろん移動する詰所というものも聞いたことはありませんから、かなり特殊な存在なのでしょう。

湊斗藩からの支援が多少あるとはいえ、見知らぬ地でどうしたものかと思っていました。
しかし船を降りた私を待っていたのは私の身柄を引き受けに来たと話す二人の方でした。
一人はオリーヴ様という小柄な樹人、こちらではメリアと呼ばれる種族の方。
もう一人はパラテルル様という、全身が晶石で構成されている方でした。極めて稀な種族でフロウライトというそうです。
そういえば雪人である私は、こちらでスノウエルフと呼ばれる種族にとても近いと聞きました。

先のお二人はユーシズという呪術師、もとい魔法使いの国から、龍骸出身の私を保護するよう言いつけられたそうです。
私自身は術師として未熟者ではありますが、異なる発展を遂げた術から学ぶものもあるとのことでした。
そしてお二人の家の一室をお借りし、オリーヴ様からこちらで体系化された術について教えて頂くことになりました。
何もかも私にとって都合の良きことばかりで、何か幸せな夢を見続けているのではないかと感じる日々です。

困ったことがあるとすればやはり食文化の違いでしょうか。
ハーヴェス王国どころかアルフレイム大陸全般で食されているという米は龍骸で栽培されている物と大きく違いました。
細長く粘り気の少ない品種であるため、炒めるのには適していますがいまだに慣れはしません。
パエリアと呼ばれる炊き込みご飯の一種が比較的口に合い、気が付けばそればかりになってしまっています。
航路の開拓に伴い龍骸産の米も少量流通しているようなのですが、おおよそ手の出せる値ではなさそうです。

出立の際に頂いた農書を熟読しましたが、水田を一から用意し栽培することは非常に難しいと理解出来ました。
そもそも農業の経験すら無い私がいきなり稲作を志すのは、かなり無理のある話なのかもしれません。
いきなり数を揃えようとするのではなく、地に足付けた上で経験を積んでいくことを目標にしたいと思います。

船の冒険者ギルドである〈巡る空鯨亭〉にて登録をさせて頂き、私で対処可能な仕事から始めていくことにしました。
私自身も依頼者となって休耕田や放置田の情報を集めるため、収入の一部は貯金に回していくつもりです。
本当に気の遠くなるような道程ですが、時間だけは多くありますから焦らず進みたいと思います。

 茜さす 照る朝川の うつくしさ
 おりしこの身も 種浸しかな

空鯨亭の話を出しましたところ、パラテルル様はご興味があるとのことで、近日訪れると仰っていました。


◆二海の魔域◆

ハーヴェス近隣の森に魔域が発生したという報を受け、その対処に向かうこととなりました。
魔域というのは龍骸における幽世と近い存在で、違うのはアラミタマによるものではなく魔神と呼ばれる存在によって作られること。そして浄玉を用いて祓うのではなく、魔域の主を打ち破るか奈落の核と呼ばれるものを壊す、もしくはその両方を遂げることで消滅させることができるものだそうです。
このあたりについてはハーヴェスで暮らすのなら付いて回る問題であるからとオリーヴ様が説明してくださいました。ある程度アラミタマ溜まりが放置されなければ発生しない幽世に対し、魔域は街中で急に発生することもあるそうです。現にオリーヴ様が以前対処された魔域は民家の中に発生してしまったとお聞ききしました。恐ろしい話です。

そのようなものですから冒険者としてお勤めをする以上魔域の対処は第一とのことで、私も食事中に聞こえた報せに挙手させて頂きました。隊を組み同行してくださったのはセシリア様、ファリオ様、アリッサ様でした。
セシリア様は騎士、重装のお侍に近い方で、非常に礼儀正しく真っ直ぐな方でした。
ファリオ様は神官ですから、パラテルル様に近いのでしょうか。小柄で優しい心をお持ちの方です。
アリッサ様は業嗣様と同じ火鎚の方で、体躯からは想像のできない剛腕を振るっておられました。

早速現地へ向かいましたら森の上空に極光が見え、程なく漆黒の球体が空間を削り取るように浮かんでいる様子が見えました。
また近くには野営の痕跡があったことから、他にも魔域に進入した、または飲み込まれてしまった方がいると見え、早急に追う必要があることが分かりました。
オリーヴ様に教わった通りに脅威度を確認し進入しましたところ、周囲は一面の砂漠。熱砂に全てを覆われた地形が広がっていました。魔域内は様々な法則を含め外界とは大きく違う可能性があると教わっていましたが、最初からそれを味わうこととなりました。

皆様が見つけてくださった地面の痕跡を追い、道中の魔物を倒しながら進みますと、大きな泉とその方向から歩いてくる人影がありました。先に魔域に進入していたその方はメルヴィナ様といい、パラテルル様と同じ森羅導師の方でした。
メルヴィナ様は人にお会いするため遠方より旅をされてきたとお話されていましたが、まさかその探し人がパラテルル様とは思わず大変驚きました。ですが一旦私の所在については隠したままお話をすることになり、魔神つまり魔域の主を見たという海のある方角へと進みました。
水に近づくと巨大な、脚の少ない蛸と形容するのが正しいでしょうか。魔域の主が現れ襲撃を受けました。幸いにも皆様のお力にメルヴィナ様の支援もあり、討伐は恙なく完了し現世へと戻ることができました。

ハーヴェスへの帰り道、メルヴィナ様に試すような行いをしたことを謝罪し、パラテルル様にお繋ぎする旨をお話しました。オリーヴ様は渋い顔をなさるかもしれませんが、充分に信用に値する人物であると私は考えました。

 人に訊き 我が身に訊くは 誰そ鬼か
 熱風揺らぐ 現境に

事情を抜きにしても、龍骸からの渡航が叶ったこと、またとない僥倖であったと感じます。
世界は広く、予想だにしない事柄に満ちています。

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