プレゼントはトランプ兵
レオナの誕生日のことである。
ボンボン・ルセットでの宴もたけなわではあるが、レオナは己を訪ねてくる相手の決まりきった挨拶に飽き、パーティ会場をうろついていた。会場にはサバナクロー寮生だけでなく、同じクラスのルーク達や、マジカルシフト部の生徒達、またエースのように飛び入り参加の者も存在する。各々が好き勝手に料理を食べたり仲の良い者同士で話したりしている中、壁の花になっている男がレオナの目に止まった。
ハーツラビュル寮の副寮長であるトレイ・クローバーだ。
トレイの視線の先には先程一緒にパーティ会場へとやってきたエースや監督生達がいる。何かと騒がしい一年生達は撮影機材を覗き込み、何やら真剣に話しをしている。おそらく教師達に手伝われてさっさと編集した映像を、壁のスクリーンに映そうとしているのだろう。仕上げは後日にはなるが、なんとか見せられるものは出来ているはずだ。
レオナがそう考えていれば、パッと照明が落とされた。ざわめきが大きくなり、大半の者が白く光ったスクリーンに目を向けた。
しかしスクリーンの中の主役であるレオナは、トレイの元へと足を向けていた。
「トレイ」
「レオナ」
例に漏れず、スクリーンへと目を向けていたトレイだが、レオナが声をかければどうしたんだ。と呟いた。主役がこんなところにいて良いのかと。
その言葉にレオナは口の端を上げてみせる。
「主役と言ってもお飾りの人形じゃないんでね。寝るなとは言われたが、動き回るなとは言われてない。同じ言葉をかけられるなら、ジッとしているより身体を動かした方がまだマシだ」
それで? とレオナは言った。
「お前からはまだ何も言われてないはずだが、俺に言うことは?」
と、レオナがもう聞き飽きたはずの言葉をトレイに請えば、トレイは小さく息を飲んだ。しかし次の瞬間には眉を下げて笑いながらレオナに言った。
「誕生日おめでとう、レオナ。いつもと変わり映えしなくて悪いが、俺からの誕生日プレゼントだ」
レオナに渡されたのはミートパイが二切れが入った紙袋だ。中身を確認したレオナは口の端を上げ、ミートパイを取り出した。
「食べるのか?」
「果物とゼリーにも飽きたからな」
「さっきメインの肉料理を食べてたろ」
「ラギーが真っ先に持っていって、俺がラギーを捕まえた後、希望者に切り分けられた小さいのをな」
言いながら、レオナは手掴みでミートパイを一切れ平らげた。パイは冷めても良いようにか、スパイスがよく効いている。代わりに塩気は控えめだ。研修先が決まってからというものの、トレイは以前にも増してスパイスを気にするようになった。レオナが居眠りに使う植物園で、クルーウェルに教えをこうているところも見たことがある。
レオナが残りの一切れも食べてしまおうかと思ったところでトレイが言った。
「良い食べっぷりだな」
そう笑うトレイの視線が己の口元から別の場所へと移動したのに気付き、レオナはトレイへと目をやった。
「どうかしたか?」
「いや、レオナが帽子を被ってるのは珍しいと思ってな」
そういえば、トレイは帽子集めも趣味だったかと思い出す。以前、寮服の帽子は特別に用意したのだと言っていたのを思い出し、気になるなら見てみるか? と問いかけた。
「良いのか?」
「借り物だが、汚さなければ良いだろ」
ミートパイを掴んだ指を示してレオナは言った。
「俺の手は汚れてるからな。お前が取れ」
そう言ってほんの少し身を屈めれば、トレイは少しばかり驚いた表情を見せた後、そっとレオナの頭上へと手をやった。
帽子の中に押し込めていた鬣が、支えを失ってぱさりと落ちる。
視線を上げれば髪の隙間から、こちらを見つめるトレイと目が合った。スクリーンの光だけでも良くわかる黄色の瞳は、レオナに故郷のよく焼けた砂を思わせる。
視界にかかる髪を払うため、首を振ったレオナにトレイが笑う。
「ちょっとレオナには大きめの帽子だと思っていたが、この髪を押し込めるなら納得だな」
帽子を持ったのとは反対の手がレオナに伸びて、顔にかかった髪を丁寧に払う。そしてそっと鬣を整える手を、レオナは拒絶しなかった。
手入れしたばかりの、ライオンの獣人にとっては特に重要な鬣であるのに、だ。
「でも、こんなに綺麗な髪なんだから、押し込むのは勿体無い気もするな」
鬣から手を離したトレイが言った。
その言葉に、レオナは応えた。
「ならもし次の機会があれば、鬣を見せられるものにするか」
「それが良いかもな」
「なんなら、お前が選んでくれ」
「え?」
帽子へと視線をやっていたトレイがレオナを見た。そろそろ動画も終わりそうだと思いながら、レオナは言った。
「獣人は耳のこともあって帽子があまり被らない分、俺も帽子についてはそこまで詳しくないが、お前は違う。良いだろ? トレイ」
レオナの言葉にトレイは僅かに躊躇う素振りを見せた。
しかしそれも一瞬で、少しばかり挑発的に、あるいは嬉しさをその挑発に隠すように、王様の冠とはいかないけど、と口を開いた。
「その時があればお前に似合いの帽子を選べるように善処するよ。レオナ」
レオナを主役とした街の紹介動画が終わり、スクリーンの光が消えた後のことだった。目を慣らすために照明がゆっくりと灯されたパーティ会場で、ケイトは二、三回目を瞬かせた後、ふと視線をやった二人組に目を奪われた。
そして気が付けば一枚の写真を撮っていた。
「本人の許可なく写真を撮るのは感心しないよ。ケイト」
スマートフォンを構えたケイトに注意をしたのはリドルである。
「あ、リドルくん。マジカメにはあげないから許してくれない?」
「それは、まあ、君が撮りたくなる気持ちは分かるけれど……」
そう言って、リドルは先程ケイトが映した二人に目を向けた。ケイトはリドルの言いたいことを察したように口を開いた。
「良い顔してるよね。トレイくん。それに、レオナくんもね」
ケイトの言葉に、リドルは頷きかけ、やめた。それを認めるのは二人を盗み見していることを改めて認めるようなものだったからだ。
リドルはそれを誤魔化すようにわざとらしく咳をした。
幼馴染であるトレイが、マレウス・ドラコニアの起こした自然災害の後からレオナを意識しているのは明確だった。元々あまり人に対して感情を露わにしない彼が、レオナに対しては常より感情を剥き出しにする。あるいはまるで、リドルと初めて出会った時に戻ったかのような顔をする。
──イチゴタルトを食べて欲しい。とトレイは言った。
──ミートパイを食べて欲しい。とトレイは言った。
おそらくそこに含まれる感情の違いは、成長によるものではないのだろう。
であればトレイの変化を寂しいと思うのは、リドルの勝手な感傷だ。
「やっぱり先程の写真は消した方が良い。レオナ先輩は今日の主役だからね。機嫌を損ねては大変だ。良いね? ケイト」
ケイトは僅かに残念そうな顔をしながらも「はーい。寮長」と従った。
「まあ、けーくんも馬に蹴られる気はないからね」
「今回は尾を踏むと言うべきではないのかな」
それもライオンではあるけれど。とリドルは言った。
「とはいえハーツラビュル寮のトランプ兵を相手にするなら、レオナ先輩には治してもらいたいところが沢山ある。後でお祝いついでに忠告しておくようにしよう」
「……けーくん的には、それこそ余計なお世話な気がするけど」
苦笑したケイトの言葉に、リドルはにっこりと笑う。
そんなことは分かっていた。
それでも。
「トレイには幸せであって欲しいからね」
と、他人が聞けばおおよそレオナの誕生日には相応しくない言葉を、リドルは己に赦すことにした。なにせそれはトランプ兵に対して暴政を敷いた、あるいは百獣の王の首をはねたハートの女王としては、これ以上ない祝いの言葉であったからだ。
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