Fuwa Fuwa Yoi Yoi

成人済み・結婚済みのきらあこがお家でお酒を飲んでふわふわ酔っていちゃいちゃする話です


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 エレベーターを降りて自分たちの住む部屋に向かう。その足取りは、いつもより心なしか軽やかだった。
 手元では紙袋が揺れている。今日は収録帰りにお洒落な輸入食品店で買い物をしてきたのだ。
「ただいまですわー」
そう言って扉を閉めると、玄関に見慣れたカラフルなスニーカーが一足、散らばっていた。彼女が先に帰宅しているのは夕方にもらったキラキラインのメッセージで知っていたので、こんなことだろうとは思っていた。自分のショートブーツをきちんと揃えて、ついでに彼女の靴もきれいに並べてやる。
 リビングには電気がついていて、思った通りきららがいた。テーブルの上にはワインのボトル。きららはそれをひっつかんでグラスに注ぎ入れていた。よく見れば、丸くて大きな瞳はとろんと蕩けて、頬はうっすらと上気している。
「あなた、わたくしが来るまでに結構飲みましたわね?」
 ため息をつきながら、紙袋をワインボトルの傍らに置いた。きららはひどくゆっくりとした動作であこの方を振り返り、それから大きく顔を歪めた。
「あこちゃんのぼかっ!!!!⋯⋯ヒック」
「もう、どのくらい飲んだんですのよ。確かに先に晩酌を始めていてもいいとは言いましたけれど」
 あこがワインボトルを傾けてみれば、もう三分の一くらいはなくなっている。
「ぅうっ、あこちゃんのばかばかばかばか――っ!!」
 手足をじたばたさせながら子どものようにぐずっているきららだが、彼女だってあこと同じく、二十歳から更にいくつか年齢を重ねたところである。普段からふわふわとはしているものの、番組の打ち合わせでもインタビューでも、しっかり受け答えはするし、なにかと後輩から頼られる存在だ。それでもお酒が入るとこうなってしまう。正直、ちょっと面倒くさいとは思うけれど、それも今更と言う感じだ。
「確かに帰りが少し遅くなりましたわ。すみませんでしたわね。きらら、こちらを見てくださる? チーズを買ってきたんですの。実家から届いたこのワインにもきっとぴったりだと思いますわ。一緒に食べましょう?」
 なだめるように首をかしげながら、あこはにっこりとほほ笑んだ。しかしきららは口を尖らせたままだ。
「違うもん。そんなことじゃないもん。なんなのチーズとか。知らないよそんなの。もうあこちゃん嫌いっ」
 ぷいと顔を背けてから、グラスの中に残っていたのを飲み干す。あこは目をぱちくりさせて、困ったように笑った。こうなったきららにいくらシャーッと噛みついても仕方ない。それに、もう自分も大人なのだから。 
 あこはこちらを拒んでいるきららの背中を、後ろから優しく抱きしめた。アルコールの香りが少し強くなる。
「きらら、嫌いなんて言わせてしまって申し訳ありませんわ。どうして怒っているのか聞かせてくださらない? これからは絶対、あなたが嫌だと思うようなことは致しませんわ」
 ちらりとあこの方を見たきららは、大きくため息をついた。
「こういうとこだよ……知ってるんだからね、そうやって他の子にもそういうこと言ってるの」 
「何の話ですの?」
 きららは、肩に回されたあこの腕をぎゅっと握る。
「あこちゃん遅くなるって言ってたから、お腹空いてたし先にピザ食べて、それでワインも飲みたくなってきて」
「そうみたいですわね」
 テーブルには大きなお皿も置いてあり、今はその上にパンくずだけ散らばっている。
「それで、あこちゃんの出てたバラエティの再放送見てて、そしたら」
「そしたら?」
 聞き返せばきららは唇を噛んで、瞳に涙を浮かべていた。あこの腕を握っている華奢な手のひらが震えている。
「新人アイドルの食べ比ベクイズだよっ! あの子たちにあこちゃんがあーんってしてあげてた! あーん、って!」
「……はぁ?」
 思わずそう言っていた。酔った時のきららはいつにも増して沸点が低いし、よくわからないことをぐだぐだ言ってくるのも、これまでにも何度もあったことだ。だから今回もそこまで重要じゃない話なんだろうと思ってはいた。それにしたって。
「あまりにもしょーもないですわ」
「ちょっとあこちゃんっ! 大事なことだよっ!? ね、きららに最後にあーんしてくれたのいつか覚えてる!? 新婚の時のクリスマスとかじゃない!? こうしてさ、一緒にいるきららにはしてくれないのに、外にいる若い子にはそんなことしちゃうわけ!? それってひどくない? 浮気じゃない!?」
「あー、はいはい、そうですわね。もうそれでもいいですわ……まったく」
 言いながらあこは手早く紙袋の中のチーズを開封し、近くの戸棚にあった果物ナイフで、一口サイズに切り分けた。そのうちの一かけらをつまんできららの口元に近付ける。
「ほら」
「え?」
「え? じゃありませんわまったく! あーんされたかったんでしょう?いりませんの?」
「むぅ……」
 あことチーズを見比べて、少しの間逡巡していたきららだったが、あこがあーん、と言いながら更にチーズを近づけると、あーんっ! とぱくついた。 そしてよっぽどおいしかったのか、んん〜! と嬉しそうな声を上げている。
「ほんとに、世話が焼けますわね」
 すっかり機嫌が直ってしまったパートナーに呆れながらも、幸せそうな顔が見られたので嬉しくなっている。こんな自分も大概だなと思いつつ、あこもテーブルについた。
「ね、あこちゃんも、食べて。すっごくおいしいよ! あ〜ん」
「あ〜ん、んん……! やっぱりおいしいですわね! フランス産の白カビチーズですのよ。クリーミーで旨味が強くて……これ、本当にこのワインにとっても合うと思いますわ」
「じゃあ、あこちゃんも飲も――!!」
 さっきまできららが飲んでいたグラスに新たに注いで、あこの方に差し出してくれる。
「それじゃあ頂きますわ」
 口に含むと爽やかな香りと芳醇な味わいがいっぱいに広がっていく。さすがあこの父が取り寄せたワインだ。後を引く優雅な風昧に魅了されて、気が付けば三杯日を飲み干してしまっていた。
 ねえきらら、別にあなた本当に怒って拗ねてたわけじゃありませんでしょう。ワインがおいしすぎて、わたくしが帰る前にたくさん飲んでしまったのを誤魔化そうとして、やきもちの末のヤケ酒のふりしましたわね? っていうか、あーんだって一昨年の結婚記念日、ケーキを食べた時にしてさしあげましたわ?
 そう言って睨んでやったはずなのに、目の前のきららは嬉しそうにふわふわ笑っていた。
「あこちゃん、呂律回ってなくてもう何言ってるかわかんないよ。相変わらずお酒弱いよね~」
「うりゅさいですわよぉ……そりぇにしたって、あにゃたってひとはぁ……!」
「ふふふっ可愛い〜♡いつものあこちゃんも好きだけど、お酒飲んだ時のにゃんにゃんしてるあこちゃんも大好きだよぉ♡」
「にゃにいってましゅの! そんにゃのわたくしの方がしゅきに決まってましゅわ!!」
 熱くて、甘くて、ふわふわする。二人とも完全に酔っ払っていて、とってもいい気分だった。
「もう♡きりゃりゃ♡はやくぅ♡」
「うんっ♡キスだよね♡いっぱいしよぉ♡」
 交わし合った唇が、今夜口にしたものの中で一番おいしかったのは言うまでもなかった。

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