同じ時間を過ごしたい


 しんと冷えた冬の夜、白の国の城では盛大な仮面舞踏会が開催されていた。
 ホールはシャンデリアのきらびやかな光に照らされ、笑いさざめく人々の声や楽団が演奏する音楽で満ちている。
 女王主催のクリスマスパーティーの片隅で、イソップはひとり浮かない顔をしていた。
 イソップは宮廷楽師のひとりであり、今夜のパーティーでも演奏を任されている。しかし、社交や人の多い場があまり得意ではないイソップにとって、こうした舞踏会での演奏は最も苦手な仕事だ。そのせいか、鍵盤に指を踊らせながら奏でる今夜の旋律はどこか空虚だった。
 
「……はぁ」

 演奏の合間、鍵盤楽器の出番のない曲で一度控え室に下がったイソップは、ひとり大きなため息を吐く。時折、この仕事を選んだ過去の自分を恨みたくなる。
 飲み物を手に、窓辺に腰を下ろそうとした時、窓をこつこつと叩くような音に気がついた。不思議に思ってそちらへ視線を向けると、見覚えのある真っ白なフクロウがくちばしで窓を叩いているのが見えた。

「あれは……イライ様のフクロウ? どうしてこんなところに?」

 首を傾げながらも、イソップは窓を開ける。
 ホホゥとひと声鳴いたフクロウはぴょこぴょこと跳ねるように部屋に入ると、イソップへ片足を差し出して見せた。

「どうしたんですか?」

 差し出された足をよく見てみると、何かを掴んでいるのがわかる。イソップが足の下へ手を差し出すと、フクロウは掴んでいたものをイソップの手の上に落とす。

「これは……イライ様からのお手紙?」

 摘み上げてみたそれが丸められた紙だということに気がついたイソップは、さっそくその紙を開いてみる。

「演奏がひと段落したら、塔に来てほしい」

 端的な一文に、イソップの頰が少し緩む。

「わかりました。次の演奏が終わったらうかがいます。……と、伝えていただけますか?」

 ホゥ!
 フクロウは心得たとばかりに羽を広げてそうひと鳴きし、再び窓の外へと跳ねていく。そこから飛び立つ前に、フクロウがそっと頭を下げてイソップの方へ差し出す。
 撫でてほしいとねだる仕草に、イソップは微笑んでそっと指先でフクロウのふわふわの羽毛に覆われた頭を撫でる。
 くるるぅ、と甘えた声で鳴いたフクロウは、しばらくイソップに撫でられるままに身を任せていたが、やがて満足したのか翼を広げて高い塔を目指して飛び去ってしまった。

「イソップ様、お時間です」
「……はい」

 フクロウを撫でる感触の余韻に浸っていたイソップの意識は演奏の再開を告げる声に引き戻される。
 続く演奏は、どこか上の空だった。少なくとも、この演奏が終われば先ほどよりも長い休憩時間がもらえるはずだ。それを思えば、最初の演奏ほどの苦痛はない。
 無心に曲を奏でるうちに、次の休憩時間が訪れた。

「それでは、失礼します」

 深々と礼をし、楽団に挨拶だけしてイソップは足早に舞踏会の会場を後にする。
 普段ならばこうした長い休憩では自室に戻ることが多いイソップだが、今夜は少し事情が違う。女王お抱えの占い師であるイライに呼ばれているのだ。
 息が切れるのもいとわずに、イソップはイライの待つ塔の階段を駆け上る。

「いらっしゃい。もっとゆっくり来てくれてもよかったのに」
「……いえ、イライ様が、お呼びなので……」
「ふふ、でも、イソップが駆けつけてくれて嬉しいよ。呼吸を整えて、少し水でも飲むといい」
「ありがとう、ございます」

 イライに差し出されたグラスを受け取り、深く呼吸をした後に一気に水を飲み干す。

「すみません。その、お見苦しい姿を」
「ううん。見苦しいなんてとんでもない。私にはたまらなく魅力的に見えているよ」
「またそんな、お戯れを……」
「ええ、本心なのに……」

 心外だ、とイライは大げさな仕草と共に呟く。

「それはともかく。突然呼びつけてすまなかったね」
「いえ。……ですが、どのようなご用でしょうか」
「うん、ほら、今日はクリスマスイブだろう? だから、今夜のうちに君に渡しておきたいものがあって」
「渡しておきたいもの、ですか」

 ぴんとこない様子で首を傾げるイソップにイライは小さく苦笑いのような表情を浮かべる。

「もちろん、クリスマスプレゼントだよ」
「そうでしたか。クリスマス……ぷ、プレゼント、ですか!?」
「そうだよ。なにをそんなに驚いているの?」
「す、すみません。ただ、その、思いもよらなかったことで……」

 クリスマスプレゼントなんて、もらったことがなくて……と言いわけめいた口調で呟くイソップに、今度はイライが驚いたような顔をする。

「クリスマスプレゼントをもらったことがない!?」
「はい。その、僕は、もう家族もいませんし、裕福な家の出でもないので……そういうのとは、無縁で……」

 恐縮するイソップに、イライは、はぁぁと大きく息を吐き出す。

「そうか。まぁ、それは、なんというべきか……でも、うん。そういうことなら、やっぱり、用意してよかった。君にはじめてクリスマスプレゼントを贈るのが私になるというのも悪くない」

 ひとりでうんうんと頷きながら、イライはひとつの包みをイソップに差し出す。

「メリークリスマス、イソップ。どうか、これを受け取ってほしい」
「ありがとう、ございます。あの、いいんでしょうか、僕なんかがこんな、プレゼントなんていただいてしまって」
「当たり前だろう。イソップにあげたくて用意したんだから。さ、開けてごらん」
「で、では、失礼して……」

 イライに促されるまま、イソップは丁寧に包みを開く。

「わぁ、すごい……! こんな、あの、本当にいただいてしまって、よろしいんですか?」
「もちろん。ねぇ、これ、つけさせてもいいかい?」
「は、い。それは、もちろんですけれど……」
「ふふ。よかった。じゃあ、ちょっと貸してね」

 包みの中にあった優美なデザインの腕時計を手にとったイライは、それをイソップの手首に巻きつけて留め金を留める。
 星座が浮かぶ夜空がデザインされた文字盤に時を表す数字の代わりに月相が描かれた時計。ベルトにはそれぞれの名前のイニシャルとなるAとEを図案化したものがさりげなく彫り込まれていた。

「すごい……。こんな素敵な贈り物、僕にはどう返せば……」
「君が喜んで受け取ってくれるだけで私は報われるよ。……でも、そうだな。こういうのはどうだろう」

 なにかを企むような微笑みを口元に浮かべ、イライはイソップの耳元に唇を寄せて囁く。

「そんなことで、いいんですか?」
「私にとってはそんなことではないよ。それに、それ以上に贅沢な贈り物はないと思うな」
「……イライ様がそうおっしゃるのでしたら」

 どこか釈然としない様子ながらも、イソップはイライの提案を承諾する。

「では、そろそろ時間なので僕は戻りますね。ですが、その、楽しみにしていてください」
「うん、もちろん。心の底から楽しみにしているよ!」
「……それは、恐縮です……。それと、この腕時計も、ありがとうございました。大切に身につけさせていただきます」
「ふふ。うん。ありがとう。いつも身につけていてね。そうすれば、私たちはたとえ離れていてもずっと一緒だよ」
「はい。とても心強いです。これがあれば、舞踏会の演奏だって頑張れます」

 華やぐイソップの笑みに、イライの鼓動が高鳴る。

「愛してるよ、イソップ」
「光栄です。……その、僕も、愛しております」

 互いに仮面とマスクをしていても、顔が熱くなるほど赤いのがわかってしまう。
 なんとなく気恥ずかしくいたたまれない空気に耐えられなくなったのか、イソップは踵を返し、足早に塔を後にする。
 その後、会場に戻ったイソップの演奏は情熱的なものだった。

 ーー次の曲は、どうか私に捧げる演奏にしてほしい。相棒を通して聞きにいくから。

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