NRT→ATH
手の中の端末が震えた。
着信。覚えのある番号から。
かかってきた電話をとると、「あ、もしもし」と端末を通して声が響き、ここではない場所と繋がる。かけてきた相手は、落ち着いた声で「いま話しても大丈夫ですか?」と丁寧にこちらの状況を確かめた。
それに俺が応えると、相手は語気を変えず、そままのトーンで「抱かれたいんですけど、今どこに居るんですか?」と気負いなく続けた。
ほんとうに、「調子はどうですか?」と軽く雑談でもするような声音だった。
抱かれたい……ああそういうことか……要望だよなこれは、と頭の中で数秒間反芻した。
しばらく無音の時間が続いたから、相手の方から「あ、もしかして電波わるかったですか?もう一度言います?」と伺う声が響く。
それに、「いや、いい……。聞こえてる。アテネだ」とだけ返した。他にはなにも、出てこなかった。自分の声が、向こうの口調につられて静かで落ち着き払った声になったような気がした。
数日後、17時間のフライトを終えた年下の男を空港で出迎えると、相手は「お久しぶりです」とやや儀礼的な挨拶のあと、「たまに、抱かれたくてたまらなくなるときがあるんですよね」とこれまたなんの気負いもなく言ってのけた。
向こうから求められて、再会の抱擁を交わすと、そのまま上手く誘導されて口づけられた。この体と意思が俺を求めているのだと、ようやく実感として分かる。あの電話の口調のさり気なさと、腕を回す体の確かな存在の差にめまいがしそうだった。
その後、相手はするりと体を離し、向かい合って「南米とかだっだら、流石にどうしようかと思った」と短く述べた。
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