その後、鉄拳

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地図を頼りに森を進む。目指すはレンガ色の三角屋根がなじみのいい、二階建ての石造りの家だ。まだこの目にしたことはない建物ではあるが、家主から聞いた情報を総括すればそんな感じだろうとホンゴウは想像している。この島へ上陸すると決まってから、ホンゴウはすぐに電伝虫を使ってその家の主に連絡をした。仲間のクルーたちに知られないよう、影を潜めてひっそりと、だ。それで察してくれる者もいるだろう。そう。その家主とは、ホンゴウが今、熱烈に想いを寄せている相手だ。会うならふたりきりがいい。いかつくやかましい野郎どもに声をかけて連れていくなんて選択、ホンゴウにはすこしもなかった。とはいえ、島に降りる際にはクルーそれぞれに役割が充てられるわけだ。しかし、それについても神はホンゴウに味方した。ホンゴウの役割はだいたい医療品の調達なのだ。しかも、元来の性格と船医という役職柄ストックは常に潤沢に揃えている。だから、突発的な感染症なり奇襲による怪我人が大勢出ない限り大量の買い込みは必要なくて、ひとりで十分こと足りるのだ。
今のところ、誰にもみつからずここまで来られている。そうなれば誰にも邪魔されることはないだろう。ミッションのコンプリートまであと少し。そこまで考えたホンゴウは、嬉しさのあまり「ダーッハッハッハ!」と天に向かって高笑いしたくなった。しかし、理性的な面も持ち合わせているホンゴウは最後まで気は抜いちゃいけない気がしたので、小脇で小さくガッツポーズするだけにとどめた。
それから七百メートルほど進むと、ようやく目的の家に辿り着いた。家主から聞いていたとおり、ホンゴウが想像していた通りの家だった。白色のブーゲンビリアがベージュ色をした石壁の家の周りに咲いて清潔感を際立たせている。今度は意を決めるようにして、ホンゴウはぐっと拳を握った。

コン、コン、コン。

観音開きになる木製の分厚くて重そうなダブルドアをホンゴウはノックする。慣れない緊張感に支配され体温があがりはじめた。遠くで「はーい!」と声がした瞬間、心臓はドコドコとうるさく鼓動した。ドアを隔てた先にいるのは、間違いなくホンゴウが望む彼女だ。ホンゴウはくちびるをきゅっと結んで自分の浮ついた心を落ち着かせようと頑張ってみた。しかし、どうしたって口の端は緩んで締まらない。そうやって自分の口端と戦っているところに構わずガチャリと鍵を開ける金属音。そしてゆっくりとドアが開いた。

「お久しぶりですね、ホンゴウさん」

顔を覗かせたのは相変わらずあどけない笑顔をさせているナマエだった。先までの自分との戦いの甲斐も虚しく、ホンゴウの表情は一瞬にしてゆるみきった。

「元気そうだな」
「元気だけが取り柄ですから」

そう言ってナマエが首をかしげたはずみに、ゆるいウェーブのかかったポニーテールがふわっと揺れた。ニコニコと笑顔を向けてくれるナマエがホンゴウには眩しかった。船の上は野郎しかいないから、こんなにも癒される瞬間なんてこれっぽっちだってない。ナマエの姿をみられただけでこんなにも気持ちが満ち足りるものなのかと、ホンゴウは感動さえ覚えた。さらには労りの言葉を超えた「会えて嬉しい」なんてご褒美みたいなことも言われちゃったりなんかして。赤髪海賊団の理性とも言われるホンゴウだって、好きな相手を目の前にすれば胸の高鳴りはやまなかった。
とはいえ、どこまで本心を伝えていいものやらと悩むところだってある。距離を詰めるペースを誤ってしまえば、最悪の事態だって考えうるのだ。そうやって考えに考え抜いた結果、「おれもナマエちゃんに会えて、」と無難に返そうとしたものの。ナマエのなにげない視線の動きを辿ったホンゴウの背中に嫌な予感が駆け巡った。ナマエが自分を追い越した向こう側をみて、ニコッと笑顔を送ったのだ。

「シャンクスさんとベックマンさんも、一休みしていかれませんか?」

ホンゴウは全力で振り返った。茂る花と緑の垣根の向こうには、巨体のせいで隠れきれずにいる赤と白の頭。ホンゴウは今日三度目の拳を握った。

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