召しませ据え膳 - デプ/ウル

 ひた、と足の裏に冷たいものが触ってピタリと歩みを止める。スマホを見ていた視線を下に向けると、案の定床は水浸しで、しかも一か所に留まらず点々と水滴でできた足跡が続いている。ハア、とわざと大き目にため息をついて、俺は足跡を追った。
 犯人は一人しかいない。ここは傭兵業を受けるときの俺の隠れ家で、ほとんど廃屋の半地下で基本人は寄り付かない。アルは興味ないし、ローラには危ないから場所は知らせていない。当然メリーも連れてこないし、場所を知ってるのはここを俺に教えてくれたウィーゼルと、あと一人。
「ちょっとローたん!」
 教えるより前に居所を嗅ぎつけたクズリちゃんは、どうやらすっかりここを気に入ったらしく、まあまあな頻度で訪れてくるようになった。長らく一人狼でいたせい? 理由はわからないけど、まあ一人の方が気楽なタイプなのは間違いなさそう。それにしても、何度言っても風呂上りに適当に過ごすのをやめやしない。右目でインスタグラムを見て、左目で水滴を追う。シャワーを浴びた後なら、大抵はキッチンで酒を漁っているはずだ。
「また水浸しになってんだけど! 俺ここだと靴履いてないって言ったよな? タオルの使い方知らない……の…………………」
 叫びながら顔を上げて、ワォ、想像していなかった景色に思わず「ホーリーシット」が口を突いて出た。やっぱりローガンはキッチンでハイネケンを手にしていたけれど、その後ろ姿にびっくり。
 完璧な比率の長方形にむっちり肉感を詰めて丸く膨らませたお尻が俺の眼下に丸見えなうえ、風呂上りでしっとりと思わず拍手したくなるほどの肌艶をしてる。突き出してもいないくせにたわわな尻はきゅっと割れ目に縦線を浮かべていて、その見事な尻感を生み出しているのはなんと、ローガンがジョックストラップを履いているせいだった。尻の脇を少し食い込むくらいのキツさで黒地のゴムが締め上げていて、尻の上にもローライズな位置でまるで修正線みたいな黒地が通っている。スローモーションで振り返るローガンの上体は、同じく艶々で引き締まりまくった筋肉に、神の采配が如く完璧なバランスで生えた毛にしっとり汗の気配を滴らせている。
 実際、びっくりなんてもんじゃ収まらず、思わず息を呑んで俺ちゃんの喉はゴッキュン爆音を立てた。
「うっっっっっっそだろ…………………………………………かっこよすぎ、こんな完璧な尻の輪郭見たことある……………? ルーヴルに収蔵すべきじゃ? もう額に収まってるし。え? ちょっと待って、あまりにもイケた尻に目が眩んで……もしかしてマイ・ベスト・バディ、ローガンの尻ですか?」 
 取り落としたスマホもそのまま、ほとんど腰を抜かしてソファーに縋りつく俺をローガンがアホを見る目で見て、さっきの俺より大仰にため息をついた。ため息つくことないだろ! 急にプライベート空間にオーストラリアの国宝(尻)が現れたんだぞ、怯えても仕方がないはずだ。がたがたと全身をわななかせる俺に、しかしローガンは容赦しない。振り向くなり俺に迫り、そのたくましい腕を俺の背と膝の裏に回して容易く持ち上げてくる。ちょっと待ってジョックの正面黒のメッシュかよ! クソ! すけべすぎる!!
「オラ、腑抜けてる場合じゃないだろ。俺は準備万端だぞ」
「準備万端どころの騒ぎじゃ、えっ待ってローガンそれ自分で買った? 俺買ったっけ? 買ってないよな、待てよどこで買ったんだ頼む教えてその日の監視カメラの映像が見たい!」
 わあわあ騒いでもローガンはどこ吹く風、ちょっと最近俺の話流すのうまくなってない? ヤダ、過ごした時間の長さを感じる……とかそう思わなくもないが、思わぬサプライズに混乱を極めた俺ちゃんをローガンはちっとも慮らない。リンゴ三個分+αはあるはずの俺をベッドに放って、のしのしと人の上に迫ってくる。絶景過ぎて俺ちゃんもう現実が怖い! ついでにパンツの中はギンギン!
「なんだ、今日はやらないのか」ほとんど俺に跨ったローガンが、首を傾けて圧の少ない声で聞いてくる。もがいた足の裏がローガンのつま先に触って、そういえば水浸しだったのを怒ろうとしてたのを今になって思い出した。しかしこの眼前に用意された天国───あるいは地獄でも構わない───に、まともな思考が働く人間はいないだろう。
「な、何回? 何回シていい………?」
 ローガンの手が俺のスウェットにかけられる。顔の横でベッドシーツについた手が、遊ぶみたいに俺の耳をなぞる。俺を侵食し始めた体温と、声をひっくり返して尋ねた俺に笑うローガンの低い喉の音で、ぞくぞく駆け上がる興奮に身じろぎもままならない。
「ルーベもゴムも、買い足しといた」
「ヒャアーッ!!」
 お手上げだ。歓喜の悲鳴を上げて俺はローガンにすべてを委ねた。

 ───ただし、ジョックを買った店は確実に聞き出す。




@amldawn

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