立ち位置がお兄ちゃん

サンクレさんから見た、マル子とグ・ラハの話的な何か。
漆黒5.3以降、暁月前。
視点はサンクレッドだけど、カップリングはラハマル(付き合ってない)。

特にサンクレさんはマル子に恋愛的なフラグは立ててないが、それはそれとして悪友的な、妹分的な、そんな感じで大変可愛がっている。
口には出さないけど、下手な男にくれてやるつもりは無い。
まあ、それは他の暁メンバーもたぶん同じ心境。



■



「さーんくーれさーーーーん」
「おっと」

 第一世界から戻り、やっと身体の調子も戻ってきた頃、背後からとととっと全く忍んでいない足音がしてきたので、そのまま背を向けていたらぼふっと抱き着かれた。
 体を捻って視線を向けて確認すれば、やはり青い髪と同じ色の耳が見える。
 すりすり、と背に頬を摺り寄せてくる感触があって、なんというか本当に猫のようだ。

「どうした、久しぶりじゃないか」
「いやほら、流石にリーンちゃんの前では自重してた」
「なるほど?」

 マルエラの気分が良いか、逆に悪いとこうして引っ付いてきていたものだが、しばらくぶりだ……、いや、久しぶりに感じるのは俺だけかもしれないが。
 暁の血盟のメンバーの中で、一番初めに出会い、勧誘したのが俺だからか、かなり懐かれている。こうされるのは少なくとも男では俺だけか。女性相手ならば誰にでも抱き着いたりする娘だが。
 そんなマルエラだが、第一世界に居る間はこう言う事はしなかった。見ないうちに大人になったかと思ったが、どうやらリーンに遠慮していたらしい。後は、リーンがマルエラを姉のように慕っていたから、格好でもつけていたかな。

「それで、どうした可愛いお嬢さん?」
「はーそれそれ、自尊心が癒されるぅー」
「そうかそうか、つまりお疲れだな。それではこちらへどうぞ、疲れた君に甘いココアを振舞わせてくれ」
「わーい!」

 どうやら、本日は機嫌が悪いの方の甘えただ。声は喜んでいるし、抱き着いていた手を離させ、その手を恭しく取って甲に口づけると楽しそうに笑ったが、耳はともかく尻尾が下がっている。
 基本的に活力と勢いに溢れた跳ねっ返り娘だが、彼女だって疲れる時はある。そういう時は誰かに構って遊んでもらいたがる。一応成人年齢だが、まだまだ精神は子供っぽい。
 普段、俺達は彼女に守られっぱなしだ。第一世界でもそうだった。
 そんな彼女を支え、励ませるのならば。これくらいの戯れに付き合う程度、お安い御用だ。
 俺だけでなく、皆そう思っている。たまたま今日は俺だったが、タタルに懐きに行く時もあるし、双子に挟まれて撫でられたがる時もある。心底疲れてはしゃぎたくすら無い時は、ヤ・シュトラに膝枕を強請った事もあるらしい。
 あの魔女殿がそれを受け入れ許すのだから、光の戦士と呼ばれる彼女がどれだけ俺達に親しまれ、大切にされているかが分かるというものだろう。

「それで、何があったんだ?」
「聞いてよぅ、荷物運びの依頼があったからさぁー。受けて依頼人トコ行ったらルガディンさんでさぁー。出会い頭にこんなチビにこの荷物を持てんのかよって|無礼《ナメ》られて、見てろやコラって三つ纏めて頭上持ちして運んだったら、嘘だろそれでも女かよ化け物かって|無礼《ナメ》られた」
「随分とご挨拶だな……」
「はームカつく! 仕事内容くらい聞いてから来とるわ! むしろそれを仕事として出さなきゃなりたたねえ、テメーの筋肉は飾りかよぉ!! 種族の体格差が決定的な性能差でねぇ事を身体に|理解《わか》らせてやろうか!!」
「そういうのは種族関係なく居るが、悪いのに当たったな。この華奢で可憐なお嬢さんを見て心配になるのは分かるが、敬意というものを持って接して貰わないと困る」
「はーーーーーサンクレさんの淀みない流れるような口説き文句が沁み渡るぅ」
「本心から出る言葉なんだから、淀む筈が無いだろう? 君の笑顔はいつだって咲き誇る花々よりも美しく、その髪は深く優しい海のようだ」
「ひゃーたまんねー! もっと言ってー!」

 既に『愛の吟遊詩人』の名は返上したつもりなんだが、言葉遊びというか戯れの一環としてかけられるのがお気に入りなようなので、この時だけは解禁だ。
 なんせ、昔女性達を口説いているシーンにうっかり鉢合わせ、少々気まずいと思ったこちらを全く意に介せず『面白そう! 私にもそれやって!』だからな。
 別に男女として口説かれたい訳ではなく、褒められたいだけだ。これは。照れる様子は一切無く、嬉しそうに耳と尻尾を揺らしてにまにましている。
 そんなに自尊心が低いんだろうか? と思った時もあるが……たぶん、本人の自覚と周囲の評価が『女らしくない』からだ。そういう評価や侮辱が積もって一定ラインを超えるとこれを強請ってくる。
 勿論、女の子らしくない訳じゃない。見た目はまるきり可愛い女の子だ。嗜好も可愛い物を好むし、甘いものも好きだ。
 ただ少々、殴り合いを何より好むだとか、先も言った通りの見た目にそぐわぬ能力や積み重なった功績だとかで、勇ましく頼もしい人という印象が強くなったのが問題なのかもな。
 まあ、気晴らし程度、いくらでも付き合うというものだ。

「なあ……」
「んみゅ」

 周囲も慣れたもので、誰一人として俺達のジャレ合いを気にしやしない。むしろ微笑ましそうに、クリームたっぷりのココアと俺の言葉の二つの甘さを楽しむマルエラを見守っている。
 そんな中唯一、とんでもないものを見たような目でこちらを見ていた男が、ゆらりと近づいてきて声をかけてきた。
 尚、そのとんでもないようなものを見る目と顔は、マルエラの視界にはここまで入っていなかった。
 むしろよくここまで何も言わずに見ていたな、とひっそりと思う。

「どういう状況なんだ、これ」
「? その質問の意味が分からない」
「あんた、サンクレッドと付き合ってるのか?」
「え、全然」

 背景に黒いオーラと火の玉でも浮いてるような様子で声をかけてきたグ・ラハ・ティアの言葉を、きょとんとマルエラは否定する。
 実際、全く男女のお付き合いは無い。もう随分長く付き合ってきた仲間だ、気心も知れていて、ただの友人知人などと言うつもりは毛頭ないが、それは無い。
 いいところ、面倒見の良い兄と、やんちゃな妹、と言った所ではないだろうか。

「じゃあなんなんだよコレ!」
「構って貰ってるだけだけど」
「どういう構い方だよ?!」
「えーいやほら、普段こういう扱いしてくれる人って壊滅的に居ないからさあ。特に気にしてないけど、たまーに女の子扱いして貰いたくなった時に、して貰ってる?」
「して欲しいなら、オレだっていくらでもするが?!」
「え、いやグ・ラハはいいよ。似合わないし」

 残酷な一言だな……と、唐突に真横で始まった痴話喧嘩を眺めながら、俺も自分用に淹れてきたコーヒーを口にする。
 当然、グ・ラハはショックを受けた顔をしている。マルエラの方は、相変わらずきょとん顔だ。
 彼女は色んな人間に懐くが、適材適所というか、して欲しい事をしてくれる人をきちんと選んで強請っているし、忙しそうなら無理は言わない。空気を読む力も、人を見る目もある。
 その上での拒否は、割と来るものがあるだろう。男として。

「オレだって頑張れば!」
「ヤンチャにーちゃんに頑張られても……。しかも頑張ったら頑張ったで、すごい照れそうというか困りそうだし。そんなんされたら私まで恥ずかしいじゃん。サンクレさんの立て板に水みたいなコレだから楽しめるのに」

 特に構わない事ではあるが、俺をなんだと思っているんだろうか。面白レクリエーションか? 実際たぶんそうだな。
 マルエラの指摘もたぶん本当にそうだ。だからこそ、グ・ラハもぐぬぬ顔で言い返せない。

「よし、充電したし、また行ってくる!」
「どこに行くんだ? オレも……」
「私の蒼気砲を素受け出来るようになってから言いなァ!」

 そうしてココアを美味しく飲み切った彼女は、すっきりした笑顔で去っていく。
 追いすがろうとしたグ・ラハににべもない言葉をぶん投げてから。
 どこに行くかは知らないが、今度は荒事なのだろう。となると、今のグ・ラハでは力不足だ。あれは彼女なりの気遣いである。
 グ・ラハもそれは分かっているのだろう。それ以上無理は言わずに見送った。
 そうして、とんでもなく恨みがましそうな目を俺に向けてくる。

「お、オレだって頑張れば……」
「その頑張りはしない方がいいぞ。渾身の口説き文句を、面白レクリーションとして消費されたいのか?」
「……いやだ……」

 だろうよ。
 俺はすっかり慣れているというか、互いに本気ではないというか、心底面白がっているし、面白がらせる為にやっている。
 半面、この男のそれには本気が必ず混じる。そして、それをマルエラがきちんと受け取るとは限らない。というか、俺と同じ要領の物に応えようとしたら、絶対に真面目に受け取らなくなる。
 本末転倒もいいところだ。

「まだ彼女に着いていけないのは仕方ないけど……。似合わないって……そんなにオレに口説かれたくないのかよ……オレだってもっと褒めたい……」
「誉め言葉なら、事あるごとにかけてて喜んでいるじゃない」
「そうだけど、そうじゃない……!」

 隣のテーブルで紅茶を飲んでいたアリゼーの言葉もかかったが、複雑な男心だな。
 グ・ラハからすれば、100年越しの感情のやり場が無いんだろう。いくら褒め称えても足りない。
 それ以上に、二人の感情というか、意識のすれ違いが全ての原因なんだが。こればかりは、第三者の俺達にはどうにもな……

「私の見解を言わせてもらうならば」

 ことん、と今しがたまで口をつけていたコーヒーのカップを置き、やおらヤ・シュトラが言葉を向ける。
 それに、嘆くようにテーブルに突っ伏していたグ・ラハも体を起こした。
 いつも冷静に場を見極める魔女は、何を言うのか。わずかに場が神妙さを帯びる。

「どうして男性は、かつて自分に好意を向けていた女性は、時が経っても変わらず自分に好意的であると思い込むのかしらね」
「がはっ……?!」

 驚きの鋭い刃をグ・ラハに突き刺した。
 エグい。流石に同情する。ついでに俺にも若干刺さってないか?
 いや、俺だけじゃないな。周囲の他の男性も、何処か気まずそうな顔をしていた。アルフィノだけは、きょとんと首を傾げているが。

「じゃあ、ついでに私からもいいかしら」
「な、なんだ……?」
「以前、あの人とダラガブの残骸の調査をしていた時の事なのだけど。彼女、最初は今と変わらなかったのよ。見た目の話ね」
「? ああ」
「でもある時、突然髪をばっさり切ってきたの」

 これくらいね、と肩の上あたりで手をひらひらとさせるアリゼー。
 ああ、そういえばそうだな。ガイウス率いる帝国軍とやり合っていた時、彼女の髪は長かったが、ある日ふと気が付いたら髪を切っていた。
 その後はまた伸ばして、現在はあの頃と変わらない状態になっているが。

「それ以外は特に変わらずいつも通りで居たから、私も普通に『気分転換でもしたの?』って聞いたの。そうしたら彼女、なんて答えたと思う?」
「な、なんだろうか」
「『失恋女なので、それっぽく切ってみました!』ですって」

 ……それは、それに、どう答えろというのだろうか。当時のアリゼーの絶句顔が浮かぶようだ。
 絶対、いつもの笑顔で言い放ったんだろうな。

「あっけらかんとしすぎて逆に何も聞けなくなっちゃったんだけど。これってつまり、そう言う事よね?」
「私やアリゼーとダラガブの調査をしていた頃か……。確か、同時期にシドやグ・ラハ達とクリスタルタワーの調査もしていた筈だったね」
「ということは、やっぱり彼女の中で、貴方との関係や感情は既に『終わった』話、というわけね」
「ぐふ……」

 アリゼーとアルフィノとヤ・シュトラと、続け様に追撃をされ、再びグ・ラハはテーブルに沈んだ。いや、アルフィノはそんなつもりはないだろうが。
 女性二人の責めるようなジト目は、確実にそのつもりだ。あからさまに凹むグ・ラハに、アルフィノだけがオロオロしている。

「へぇ〜〜〜? ラハ君ったら、ちょっと見ない間に女の子を泣かせてたんだぁ? しかもよりによって、あの人を」
「これは重大事実でっす。暁の受付として、きちんと名簿には赤マル情報と記載しておきまっす!」

 追撃が止まらない。久々に会っただろうバルデシオン委員会の旧知であるクルルにもニヤニヤ顔で突かれ、ある意味全員の手綱を握るタタルにも把握警戒が必要と表明される。なお、二人とも目は笑っていない。
 気の毒にな、と思いながらも助け舟は出さない。
 あまりにも様子が変わらなかった為に、当時の俺達も直接そう聞いたアリゼー以外は気付かなかったが。それでも、俺達の大切なあの娘に失恋の痛みを味わせ髪まで切らせた、この男に思うところがどうしてもあるのだ。

「四面楚歌が過ぎる……自業自得だけど、味方が居なさすぎる……」
「それは、誤解という物です、グ・ラハ・ティア……」

 そろそろ泣きそうな声になったグ・ラハにそっと優しい声をかけたのは、ヤ・シュトラ達の座るテーブルの更に向こうで、タロットカードを卓上に並べていたウリエンジェだった。

「我々は、貴方を友と、仲間と思っております……。誰も貴方の不幸も悲しみも望んでなどおりません……決して、敵などではないのです……」
「ウリエンジェ……」
「ただ、それ以上に、あの方の味方であると……それだけなのです……」
「何のフォローをしたつもりなんだ、お前」

 嬉しそうに顔を上げたグ・ラハがまた撃沈したぞ。どうして上げてから落とした。
 一時はグ・ラハ側に着いたウリエンジェだからこそ効いただろこれ。
 まあでも、実際そうなのだ。俺達は何もグ・ラハを嫌ってはいない。
 彼は世界を救う為に、あの娘を救う為に、命を賭けてみせた。永き時間とその存在の全てを投げ合ってでも、と。
 そのやり方に疑念を抱いた事も、献身が過ぎると怒る者も居たが。皆、彼の思いを認めている。
 もしもマルエラが今もグ・ラハに恋をしていて、互いに同じ想いである上ですれ違っているとかなら、静かに見守るか、必要ならば手を貸す事もあるだろう。誰も二人に否やは言わない。
 しかし事実として、マルエラからグ・ラハへの感情に最早友情と親愛しか見てとれない。親しくはしているが、恋を患っているようにはとても。
 非常に自分の感情に素直で、隠すとか嘘をつく事は苦手な娘だ。万一驚きの潜伏をしたとして、ヤ・シュトラの目はごまかせない。かの魔女ならば、それとなく俺達を見守る方向へ導くだろう。
 その彼女が先手を切って刺しに来るのだ。本当に、現在マルエラの中に恋情はないのだろう。
 なんなら、本人から『寝言は寝て言えアホンダラ』という叫びと共に、一撃貰ったシーンを目撃させられた。何を話していたのかは具体的には聞いていないが、何か間違えたんだろう、あの時のグ・ラハ……というか水晶公が。
 あの娘が望まないのなら、俺達は手を貸さない。当たり前の選択だった。
 ……とはいえ、目の前で潰れているこれを放置は、流石に不憫さを禁じ得ない。
 ウリエンジェも言ったが、別に俺達は、グ・ラハの敵という訳ではないのだ。

「あー。なあ、お前は自分がマルエラに愛称も敬称もつけられてないのには、気付いてるよな?」
「当たり前だ……」

 明るく無邪気で能天気で人懐こくて破天荒、そんな言葉の擬人化のような我らが光の戦士殿は、それでいて案外モラルというか、そういうのはきちんとしている。
 一例として、他人を呼び捨てにはそうそうしない。『さん』や『様』と言った一般的な敬称を基本的にいつもつける。年下から同年代なら、『ちゃん』や『君』なども。
 それは敵に対してもそうだ。かつて敵対していたガイウスにも。宿敵であるアシエン達にも……いや、アシエン達に関しては、どうやら名前が長く聞き馴染みが無い故に覚えられないらしく、随分可愛い略称になっているが……
 なんなら、あのゼノスにすら……、ダメだそういえばマルエラはゼノスを友判定していた。嘘みたいな話だが、真面目に友人だと思っている。いつからか、敵にして一国の皇子である相手を『ゼノぴ』とか呼んでいる。やめて欲しい。友だと言われたからと普通に受け入れないでくれ。
 もとい、そういう知人の枠を超えて友人判定になると、また可愛らしい呼び方になる。俺に対する『サンクレさん』もそうだ。略したり、変形させたり。
 そんな中で。唯一この男だけが、何もつけられず呼び捨てにされている。

「そうなってる理由は聞いたか?」
「ああ……。なんでも、氏族名違いの同名のヤツがいて、それがまたとんでもないクズで、思い出すからなんかイヤ、って」

 ……つまり、敬称はともかく愛称とか、なんなら氏族名抜きで呼んで欲しいという要請はしたんだな。
 サンシーカーは自らの氏族を誇りを持っている。故に普通は氏族名付きで呼ぶものだが、とても親しい間柄ならば個人名だけで呼ぶことは普通にある。実際、マルエラはヤ・シュトラの事は『シュトねーさま』と呼び慕っている。
 そして、そのグ・ラハの氏族名違い同名については俺も知っている。
 マルエラがイシュガルドの動乱に関わっていた頃。その最たる時に俺は不在だったが、合流後にざっと情報共有や、改めて収集を行った。
 彼女が師事している星導教のモンクが、丁度レブナンツトールに滞在していた。そこに居れば、話を聞く機会くらいは出来る。
 なんでも、表舞台に登場していた陽の流派と、裏で暗躍していた陰の流派の諍いがあったとか。
 そして、陰の流派を率いていた男が、ハ・ラハ・ティアという……残念ながら、言われる通りになかなかのクズだったと。

「マルエラが言うなら、よっぽどだったんだろ……? あの人が、過去唯一殴り合ってる最中笑えなかった、とまで言われたら……、思い出させたくないし……」
「それなんだがな。たぶんだが、因果関係が逆だ」

 俺からの言葉も、終わらない追撃だと思ってるんだろう。グ・ラハの周囲の空気が暗い。
 しかし、続く指摘に、え、と声をあげてまた体を起こした。
 確かにそのハ・ラハ・ティアについては聞いた。あのマルエラが、笑顔を消してガチの怒り方をしていたと。
 あらゆる相手……その辺のチンピラから、蛮神まで。どんな相手と戦っても、どんな状況でも、彼女は戦ってる時楽しそうなのだ。
 バトルジャンキーの一種だろう。例え自分や他人の命がかかっていようとも、その瞬間は全てを忘れて戦いを楽しみ没頭してしまう。
 無論、敵意のない相手や、戦意を喪失した相手に殴りかかりはしない。また、俺達がまだ殴りかかるなと止めれば耐えてもくれる。その辺りは、きちんと分別のついたバトルジャンキーだ。
 そんな戦闘享楽者が、唯一その陰の流派の師範相手のみ、怒り浸透の様子でしばき倒したと。それが印象的だったと、マルエラの師であるウィダルゲルトは語った。
 彼女の戦う姿を知る人間なら、誰でもそれに違和感を感じるだろう。

「あくまでも俺の予想だが。逆だ、お前の名前がそのクズ野郎を思い出すんじゃない。お前と同じ名前の野郎がクズだったから、かつてないほど怒ったんだ」

 当然だが、名前を知ったのはグ・ラハが先だ。
 ハ・ラハに会ったのは、もっと後。既に髪を切り感情を整理したと表明して、更に経った頃。
 マルエラは自分の感情に素直でそれを大きく表現するが、その場はそうでも過ぎればさっぱりと切り替える娘だ。
 かつて敵であったガイウスに再会した時も、向こうが敵ではないと言えば、『そっか!』と即座に受け入れた。騙されると言うことをほぼ想定しない、驚きの素直な子だ。
 ……まあ、騙されたところで殴る相手が増えるだけだと思ってるかもしれないが……
 そんな彼女が、闘争の喜びも忘れて、明らかな不快感を示した。確かに話を聞く限りしっかり怒りに値するクズだったようだが、ここまで出会ってきた様々な相手と比べて抜きん出てるか? と考えればそこまででもない。
 そこを基準とするならば、他にもライン越えの敵は居たはずだ。なのに、その一度だけ。

「更に言えば、今でも記憶が結び付くのを嫌がってるとも受け取れる。あのどうでもいい相手はあっという間に記憶があやふやになる能天気娘がだ。……ここまで言えば、分かるだろ?」

 彼女は、グ・ラハの名を忌避している訳ではない。
 むしろ逆で、今でもとても大切で……うっかり不快な存在と結びつけてしまうのを嫌がっている。
 敬称を付けないのは、他人行儀の地人扱いではない。いや、どうやら最初から呼び捨てのようだし、きっと出会ったその当時から、今でも……他とは違う好意を。
 本人は無自覚かつ無意識なんだろうが。女性のツンデレを理解するのも、男の甲斐性というやつだ。
 言うべきことは言った。改めて、少々ぬるくなったコーヒーを飲み切るべく、口をつける。
 グ・ラハはしばしきょとんとした後、じっくりと俺の言葉を把握するべく思考している様子で。
 正しく理解したのか。唐突に言葉にならない呻くような音を発した後、がたんと音を立てて席を立った。

「訓練に! 行ってくる!!」
「やる気が出て何よりね。付き合うわ、しごいてあげるから気合い入れなさい」

 走るように去っていくグ・ラハに、面倒見の良いアリゼーが続いた。
 何はともあれ、先ずは共に駆ける事の出来る力が必要。間違いのない判断をしたようだ。
 立ち上がる直前の顔が驚きの赤さだった事は、指摘するほど野暮ではない。

「随分と甘いわね」
「いや、そちらが驚きの厳しさなだけだろう?」
「あら。私はただ、可愛いあの子を腑抜けて甘えた男になんて、くれてやるつもりは無いだけよ」

 あまり叩き過ぎて、潰れても困るだろう。こういうのは飴と鞭だ。
 鞭担当の魔女殿は、悪びれもしない。案外、一番怒ってるのはヤ・シュトラなのかもしれないな。
 まあ、不甲斐ない男にあの娘をくれてやるつもりが無いのは、俺も他の皆も同じだろうが。
 それでも、あの男が水晶公の記憶と想いを受け継ぎ、今も心を寄せるなら。彼以上に相応しい男は居ないだろうと、認める気持ちもあるのだ。
 幸い、二人は別に喧嘩別れしたわけでもなんでもない。ただ、使命と運命によって道を異なっていただけ。
 そもそも始まることも出来なかったのだ。ならば、今から始める事は不可能ではあるまい。
 ま、マルエラは素直な子だから。だからこそ現在拗れてるが、今後はグ・ラハの頑張り次第だろう。
 叶うならば。頑張りすぎな二人に、良き未来が訪れる事を、俺たちは願っている。



■



まだ水晶公の時点で、正体バレの前にマル子の初恋の話を聞いてしまい、バレた後にそういう事なら今からでもって声かけて、思いっきり殴られた(気持ちが逸ったミス)


powered by 小説執筆ツール「arei」

11 回読まれています