岐路の先で
共に夢を果たそうと誓い合った友がいた。
俺があいつと出会ったのは、魔法戦士団の人員募集が拡大された後の事だ。
それまで魔法戦士見習として訓練していた子供達は皆、高貴な血筋の生まれの者ばかりだった。彼等が新たな希望を胸に抱いた子供達を歓迎する事は、決してなかった。指導者が見ていない場所での陰湿な嫌がらせ、権力による脅し、生まれ持った才能の差……それらを受けて耐えきれなくなり、魔法戦士としての道を諦める子供が後を絶えなかった。
恐らくそれは、あいつにも等しく降り注いだのだろう。それでも、あいつは決して諦めずその剣を振り続けていた。
俺はそんなあいつの事を気に入っていた。訓練を終えた後も一緒に自主練をしたり、城下町で飯を食いながら防衛戦における立ち回りについて何度も話し合った。
あいつの熱意は、将来の道が定まっている貴族達のものよりも、強く輝かしいものに思えた。
だが、それは唐突に失われた。
いつも通りの訓練なのにも関わらず、突然倒れ込む姿。たまたま調子が悪かっただけだ、休めばきっといつものあいつに戻る……そう思っていたのに、あいつは何日経っても不調のままだった。
次第に、あいつが訓練に顔を出す日は少なくなった。
「アイツもようやく身の程を弁えたようだな」
「才能がない者に、魔法戦士団が務まる訳がないからな」
いつもなら気にならなかった周囲の囁きが、俺を余計に苛つかせた。
あいつは誰よりも真面目で、誰よりも努力していた事を俺は知っている。そんな筈がない……そう、信じていた。
その日、偶然あいつに会った。
訓練には顔を出さなかったのに、城下町の裏路地で槍の素振りをしていたのだ。
あいつは俺の顔を見るなり、バツが悪そうな顔をした。俺は湧き上がる怒りを抑えながら問い詰めた。どんな質問に対しても、あいつは小さく震えながら「ごめん」と呟くばかりだった。
感情を抑えきれなくなった俺は、思わず手を上げた。
一緒に魔法戦士になると誓い合った友がいた。
身分の違いがあるのにも関わらず、笑い合った友がいた。でも、今は違う。
目の前にいる少年は、俺が唯一友として認めたあいつとは程遠い存在だった。
その後、暫くあいつの姿を見る事はなかった。
*****
あれから何年が経ったのだろう。
正式に魔法戦士団となり、日々の任務を全うとしていた俺は、度重なる遠征の合間の貴重な休暇を過ごしていた。
行きつけの飯屋に入り、いつものメニューを注文する……その時、店に見慣れない茶褐色のマントの客が入ってきた。その身なりから冒険者だと判断できる。
ヴェリナード城下町の構造はとても入り組んでいる。そんな町の裏道沿いにあるこの店に訪れる者は近辺に住む常連客が殆どで、冒険者が入ってくる事は滅多にない。俺は食事の待ちで時間を持て余していた為、なんとなくその男を眺めていた。ウェディの男、金髪、そして灰みを帯びた淡い青紫の瞳……。
すると、店主のおばちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「ああ、シンク君かい? すっかり大きくなったねえ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は衝動に駆られるまま席を立ち男の前へ行く。
「おいテメェ、どの面下げてここにッ……」
「こら、喧嘩すんなら外でやりなさい!」
咄嗟に放たれた声。それを聞き、振り上げようとした拳から力を抜く。
おばちゃんは最初からこうなる事を分かった上で、あいつの名前を「わざと」大きな声で呼んだ……それを理解した俺は、男を店の外へと無理矢理引っ張り出す。
「武器を取れ。お前が一番得意とする得物で来い」
「ちょっ、待て! 俺はこんな事の為に此処に来た訳じゃ……」
「さっさとしろ! こっちは職務上、町中で長いこと剣を振り回してられねぇんだよ」
ようやく状況を飲み込んだのか、シンクは武器を構えた。その手に握られているのは腰に提げられていた剣……ではなく、使い古された一本の槍だった。
ああ、やっぱりお前は。
「互いに手加減は無しだ、行くぞッ!」
その言葉を合図に、刃が交わる音が鳴り響く。
あの頃と扱っている武器は違えど、シンクの攻撃は変わらず素早いものだった。こちらの剣を受け止めず外へ流し、その隙を突くように矛先をねじ込もうとする。それは、シンクが昔から得意としていた戦い方だ。今もその戦い方を貫き通しているのであれば……!
一旦シンクとの距離を取り、魔力を集中させる。危険を察知したのか、即座に槍が迫る……が、もう遅い。身を躱した後に急接近、シンクの首をめがけ刃を向ける。
「……ッ!」
魔法戦士とは、各属性の魔力を利用し大技を効率的に繰り出す事を得意とする職業だ。
魔力の循環を高め、身体能力を向上させ、攻撃の速度を加速させる……その一撃は、シンクの不意を打つには十分過ぎるものだった。
しかし、シンクはそれを間一髪で躱してみせる。どうやらヴェリナードから離れ十年以上の間、彼は少なからず成長をしていたようだ。
シンクの顔に焦りの色が見える。それを見て、思わず笑みがこぼれる。
「そう来なくっちゃな!」
追加で片手剣に風を纏わせ、連続で剣撃を繰り出す。シンクはそれを受け止めるのに精一杯……という様子だ。
けれども、これらの攻撃がシンク自身に届く事はなかった。水中を漂う泡を相手にしているかの様な、手応えのないこの感覚に惑わされる訳にはいかない。これを凌ぐには、嵐の雷雨よりも疾く、強く打ち付け、泡ごとかき消す勢いで攻め続ける他ないのだから!
一瞬、剣を弾いた槍が僅かに大きく跳ね上がる。その隙を見逃さなかった俺は、より一層の力を込めて剣を振った。
──キイイイイィンッッ!
高く、大きな音が城下町にこだました。
やべ……こりゃあ後で面倒臭い上司に呼び出されるやつだ。
剣を走らせた先にあったのは、強固な魔力でできた「盾」だった。
魔法戦士の技でも、衛士兵が使うような技でもない。これはまるで、遠い地に伝わる聖騎士の……
「捉えたッ!」
予想もしなかった「盾」に攻撃を弾かれ、仰け反った所にすかさず槍が滑り込む……的確な一手だが、俺はここで負ける訳にはいかない。
左手に自身の魔力を込め、小さな爆発を起こす。
本来であれば全魔力を放出する魔法だが、制御して放つ事により爆風を利用した緊急回避法としたものだ。シンクは爆発に対しすぐに受け身の構えをとった為、槍がこちらまで届く事は無かった……が、俺はその挙動に違和感を覚えた。
届かない剣、早すぎる反応……しかし此方の動きに対応する為に、シンクは魔法による自己強化を行っていない。
ようやく理解した、と小さく呟いた。
それに気付かず追撃を狙い向かってくるシンクに向けて、ヴェリナード城下町の女王様の「恵み」をたっぷりと受けた水に、氷の魔力を付与しながら巻き上げる。
「……!」
水飛沫は細かい粒子となり、キラキラと輝きながら辺りの空気に漂う。
普通の人からしてみれば「それだけ」に見える行為だが、シンクにとっては違ったようだ。
剣を手放し、魔力も何も込めていない拳で、シンクの腹を、これまでの怒りを全て込め、思い切りぶん殴るッ!
やっと、届いた……!
確かな手応えを感じて満足した俺は地面に転がった剣を拾い、情けない声を上げながら腹を抱えて倒れ込むシンクの目の前に立った。
「お前に再会できたら、魔法戦士団に勧誘してやろうと思っていたが……俺より弱い奴は魔法戦士団に必要ない! やっぱりお前、魔法戦士を諦めて正解だったよ」
「はっ、ははは……相変わらずフィーナは容赦ないな」
「何笑ってんだよ。もう一発ぶん殴るぞ」
シンクが魔法戦士としての特訓を続けられなかった理由は、シンク自身が弱かったからではない。
上級魔法戦士が会得できると言われる魔力の可視化……恐らく、それが幼い頃に開眼してしまったのだろう。
くだらない、と大きなため息をついた。
「お前、その眼はあの時からか? 完全に制御ができてないなら、無駄に使うな。身を滅ぼすだけだ」
「これでも慣れてきた方だと思ってたけど、流石にバレちまったか……忠告として受け取っておくよ」
本当に分かってんのか? と訝しんでいたら、店の窓からおばちゃんが「終わったのなら食べにおいでー」と大きな声で呼びかけてきた。
そういや、あの頃はよく料理の待ち時間で模擬戦をやってたな……懐かしい記憶と共に、よくシンクと言い合っていた言葉を思い出した。
「負けた方の奢り、だったよな?」
「ええっ、俺今あまりゴールド持ってないんだけど……」
俺は久しく、思いきり笑った。
あの時失われた夢が戻って来る事は、二度とないだろう。
でも、胸の奥にずっと引っ掛かっていたものがようやく取れた。それが嬉しくてたまらなかった。
実の所、魔法戦士団への勧誘は割と真面目に考えていたのだが、シンクは「やるべき事がある」と言っていた。あんな顔をするのを見るのは初めてだったから、とても大切な事なのだろう。
「進んだ道は互いに違えど、俺達はやりたい事をやりたいようにやればいい。あの時みたいにな」
「ああ、そうだな。ありがとう」
「礼なんて要らねえ。だが、絶対にまた帰って来いよ。その時はまた、おばちゃんのメシを奢って貰うからよ!」
シンクは苦笑いをしながら、渡し舟に乗り手を振る。
澄み渡る青い空、絶えず流れる水の音、陽の光を反射し輝く白い城壁。あの時と何も変わらない景色の中、変わっちまったその背中を俺は静かに見送った。
この後上司からみっちり尋問をくらい、罰として城下町の清掃活動に貴重な休暇を潰されたのを除けば、とても充実した一日の話だった。
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