縞模様
黒の黄色の縦縞に虎の頭の紋が入った法被を肩に着せかけられて、「草若師匠、なかなか似合ってるやないですか。」と軽~い口調で言われた時には耳を疑った。ピーやらパーやら知らんけど、同年ほどの現場責任者に軽う扱われるほどの年でもないぞ、オレは。
まあ、そうはいっても、何ですかな、コレは、と視線で相手を黙らせる柳宝師匠ほどの貫禄が付いてないことは分かっている。
ほんまに趣味悪いで、これ。柄が悪い、という言い方があるが、ほんまに柄が悪いとはこういうこっちゃな。
隠してたけど、オレはずっと、どっちか言うと『巨人・大鵬・卵焼き』やねん。
好きな選手で言うたらカープの衣笠とか、まあこっちでそれ言うたら人気が落ちるから言わへんかっただけで。
若い頃からずっと細身長身タレントでやって来て、かつては衣装さんから「普通ならここでズボン丈とか腕の丈とかちょっとお直し入るもんですけど、小草若さんはその点楽っていうか、ズボンなんか逆に丈伸ばして靴下が出ないギリギリのことも多いですもんね。助かります~。」などと言われた草若ちゃんや。
本音はうまいこと隠して「腕と着丈はまあ合ってますね。」と言うしかない。
まあまあ、臨機応変に行かなあかんわな、とは思うけど、これはないで……。
「ほな草若さん、これでお願いします~!」と言われて、とっさに「いつでもええですよ~!」って笑ってしまうのも、もう若い頃からの反射ていうか……こういうのが軽ぅ扱われてしまう理由なんやろうな。
これを着るのが明日の仕事に繋がってる、まあそんな風に思えばなんでも出来るわ。
テレビの中にいるオレは、もう見たくもない『あのチーム』の法被を羽織ってにこにこ笑ってる。
『徒然亭草若です~! 今日は道行く人に今年のセ・リーグ優勝チームの予想について尋ねてみようと思います。はい、そこのあなた! 今期の野球はちゃんと見てはりますか?』
あれ、せ、とリーグの間にくどいほど間を置かんとあかんらしいねん、と言うと、四草が白けたような顔をこっちに向けて来た。
「それで、今日寝床に誘われたの行かんかったんですか。」
「……そらそうやろ、草原兄さんや磯村屋さんに『草若、黄色と黒の縦縞、似合ってるで~!』て笑われるのが分かってるのに行けるかいな!」
「クリスマスはいつも寝床でトナカイの鼻着けてたやないですか。」
今更何を、と四草は呆れた顔をしてるけど、「それとこれとはちゃうで。」と言いながらシチューを啜る。
草原兄さんが先週『落語会や云うて、ヤクザに呼び出されてどっかの山に埋められるんとちゃうか~?』とどでかい偏見交じりの冗談を飛ばしながら行った富田林で、愛宕山を掛けて来たついでに大量に貰って来たというさつま芋を入れたシチューが、妙に美味い。
ヤクザに呼び出されるなら、借金作ったオヤジの恨みがオレに掛かって来た、とかそういう話の方が確率として高いですて、と言いながら受け取ったさつま芋が何の養分吸って作られたんやろ、と思ったところで、そこから先を考えるのは止めにした。
シチューが旨いのは、四草の腕や。
そういうことにしとこ。
「お前、ルーが安いからて、最近こればっかりやな。」
「明日はマカロニ茹でてグラタンです。文句は言わんといてください。」
「言うかいな。出演料を振り込み待ちしてるこの時期に、食えるもんあるだけでありがたいがな。」
四草の部屋には、そんなこんなでパイレックスのグラタン皿が最近お目見えした。
落としても割れない頑丈ななんちゃらガラス製で、不器用なあなたにぴったり、のお品である。
結婚祝いに緑姉さんに貰ったけど使わんかったんで半分貰ってください、と言われて喜代美ちゃんとこから譲られて来たのだ。
緑姉さんは自分とこも草太ひとりで手一杯やったくせに、弟弟子のとこには何人子作りさせる予定だったのか。
五枚一組のセットと書かれた箱に、三枚分のグラタン皿が入ってやって来て、オレの分は買い足す必要がなかった。
残った二つはおかずやのうて、草々の苦手な甘いもんを焼くために使うらしい。
草原兄さんとこから貰ったさつま芋でスイートポテト作りたいのに、バターがえらい高いんです、とすっかりおかあちゃんになった喜代美ちゃんが笑っていた。
あ~、可愛かったな~、と思い出していると、四草がじっとこちらを睨んでいる。
「……なんや?」
「別に、何もないです。」
「とうとう、リーグ優勝か。」とちゃぶ台の上に乗ってるピーナツを摘まんでいると、隣でテレビを眺めていた四草が、「いつも優勝する、て外野がどれだけ騒いでても、夏の間に失速してましたもんね。」と一端のファンのような口を利くので笑ってしまった。
まあ、テレビなんかはほとんど見ない草々ですら、連日なんや普通のニュースもそこそこにタイガース、タイガースとうるそうてかなわんな、と口にするほどや。こいつの耳に入っててもおかしくはない。
「まあなあ、こういうのは監督や、監督。今年のは前に優勝した五年の大将と同じらしいからな。」
「そうみたいですね。」と気のない相槌が返って来る。
「そら、選手の気合も違うやろ。……あ~、あのままリポーターの仕事とか続けてたらオレもあの法被着て道頓堀に放り込まれてたんかな。」
「ああ、あの法被。」
前着てるの見た時も割と似合ってましたけどね、と真顔で言われて、お前こそ今更とちゃうんかと突っ込みたいのを我慢した。
「兄さんはカーネルサンダースほど厚みもないですし、堀に落とすには不向きとちゃいますか。」
「……向き不向きとかあるかいな。カーネルのおっさんかて、好きで投げられてんのとは違うやろ。」
「まあ、あんなドブ川みたいなとこで何か変な菌に感染したら困りますから、ここにおってください。」
「……。」
爆弾発言かました割には、澄ました顔してるわなあ……。
普段のこいつからしたら驚天動地のデレようやけど、こいつ時々素でこういうこと口にするからな。ちょっとここよかして、そこのけそこのけ草若ちゃんが通るで、とちゃぶ台を押しのけて空間を作ると「僕まだピーナツ五個くらいしか食ってへんのですけど。」と文句を言う四草の膝にのそのそと頭を乗せた。
キッチンスペースにテーブルを置いた方がええて分かってんのやけど、掃除が面倒なちゃぶ台を使ってるのはこういうことがしやすいからやんな。
「あ、お前今日右に入れてんのか。」
「……何の話してんのですか。」
何の話て、お前も分かってんのやろ。
「そうかて、いつものとこにあった方が頭の収まりもええねん。」
「……朝からしょうもないことを。」
お前かてこないして付き合うてくれてるやないか、と言ったら、僕は文句言えん立場なだけです、と返されそうな気がする。
「ピーナツ食ってもええけど、皮とか落とすなよ。」
「食えるわけないでしょう、……全く。」とため息を吐きながら、四草はオレの髪を指で梳いた。
妙に恋人っぽい仕草やな、今晩してもええで、とときめいていたら、その四草の口から出て来たのは「染めるにしても、次あたりから黒に変えたらええのと違いますか?」という面白くもなんともない言葉だった。
「お前、もしかして、生え際の白髪見とったんか?」
「……そうとも言いますね。」
クソ……。期待させよって。
舌打ちすると、頭の上から笑い声が聞こえて来た。
髪を引っ張って「この色好きやねん。底抜けに草若ちゃんらしいやろ?」と言うと「……もう好きにしてください。」と四草が言った。
お前の膝の上で、この先もずっとこないして好きにしとるわ。
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