幽霊
「いや~、ほんまに美味しそうですね。」
「そうやろ。なんやテレビで見て気になっててん。」
いただきます、と妹弟子が言うのに合わせてオレも手を合わせる。
「こういうのへそくりで食べると、大人になった、て言う気がしますねえ。」
これがほんまの大人のデザートやなあ、と喜代美ちゃんはさっきからしきりに感心してる。
まあ、子どもはなんや虫歯の心配したらなあかんし、こういう金掛かるもんを食べつけて夕飯食べ切れん、てなっても困るしな。
「喜代美ちゃん、へそくりあんのか?」
オレと喜代美ちゃんの秘密か……草々に内緒ていうのはほんまにええもんやなあ。
「わたし、結婚してしばらくタレント活動してた頃あったやないですか。あのちょっとの間に稼いだお金、まだ取ってあるんです。」
そないに言いながら、喜代美ちゃんが目の前のパフェに手を付けた。
なんのかんの言ってもまずはいつもの写真撮影タイムだからして、相当待たされた後のパフェは格別なんやろな。
美味しい、ほっぺた落ちる、とにこにこの顔見てると、なんやオレも幸せになってくるわ。
「お母ちゃんがまとまったら郵便局の定期預金に預けとき、て言ったタイミングが良くて。金利が七パーのときで。お母ちゃんがそない言うなら、将来の子どもの学資にするくらいの気持ちで手ぇ付けてんと持っとけばええかな、て思ってたんですけどね、塩漬けにしてるだけで、ずっと、親戚中にお年玉配れるくらいのお金が戻って来てて。」
「そら景気ええなあ。」
「そうなんです。ていうか、今こんな景気になるとは……。」
「そうやねん。」
うんうん、と頷く。
六月のベリーのパフェとかいうので赤紫と塩バターの小ぶりのアイスがふたつ乗ってるやつで、ぼんやりしてたらアイスが溶けてまう。
オレもアイスだけ先に食べてまお。
この間の抹茶パフェ、うっかり話し込んでてアイスの下の寒天、カチカチに凍ってしもたからな。
「オレも今テレビの仕事もちょいちょい入ってるけど、一遍引退したからか、昔の半分くらいのギャラしか出よらんし。」
「そうなんですか? けど、ギャラって難しいですね。うちも日暮亭の出演料は、絶対に遅延だけはせんようにしよ、て思ってるんですけど、支払いが遅れない額、ってなると若い子の出演料が上げられんで。今日び、若い子は何やかやと物入りでしょう。実家に頼りたくない、て子もいてるし。かと言って、うちで手出しするのだけはやめとこ、と思ってるんです。借金は、怖いですさけ。」
まあ、オヤジが借金取りに追い立てられてる現場、間近で見てたもんなあ、この子。
いっぺんは撃退したて聞いたけど……、その時の様子オレもみたかったわ。
結局、オヤジのためやない、喜代美ちゃんのためや、て借金踏み倒すわけにもいかんやろ、てマネージャーに相談して、天狗の法務部門の手回しで金利なくさせてギャラで払ってって……てようそんな金あったな、あの頃のオレ。
「へそくり貯めたままにして、子どもが生まれてからはそのうち学資にしよか~、てずっと思ってたんですけど、下手したらあの子も中卒でこの世界に入って来そうな予感してて。」
「そうなんか?」
「……またとぼけはって。草若兄さんも見たでしょう、あの張り紙。」
張り紙?
なんやあったか、と思い出したら、草々の新しい弟子の後ろになんや奇天烈な張り紙が書いてあったような。
「張り紙て……あ、あれか……『野良落語家禁止』って何かと思ったで。尊建の創作落語の新しいネタかと思たわ。」
「そうやないんです。先週の金曜のことなんですけど、あの子が、なんや早朝寄席の中入りの間に、貯金箱抱えてお客さんの前で時うどんやろうとしてたのを、小草々くんが見つけて、とっ捕まえてくれたんです。」
「初めての高座に全くビビらんとは、さすが草々と喜代美ちゃんの子どもやな。」
「いや、草々兄さんかて、さすがに初高座は緊張した、て言ってましたけど。なんや四草兄さんに、相手が客やのうて金やと思えば、緊張しとる暇なんかはないはずや、とこない言ったらしくて。」
四草~~~~~~。
「あいつ、子供に何教えてんねん……。」
「四草兄さんて、なんや存在自体が教育に悪いですよねえ……。まあ、小草々くんもあんな風になってもうたし、わたしが何言ってもって感じですけど。」
あんな風、か。まああいつもオレほどやないけど、何かあると鉄砲勇助に頼りがちやからなあ。
「筆頭弟子やのに、落語より『悪い子はいねえが~!』ってナマハゲの真似ば~っかり上手くなってて、わたしも申し訳なくて。」
いや、そら弟子本人がやりたいからしてんねやろ、と思うけどな……。
喜代美ちゃんがちょっと変な顔して、失礼します、と肩を回した。
「どうしたんや?」
「いや、昨日まで年間会員さん向けの会報誌作ってたら肩が凝ってもうて。」
「ああ、『日暮亭新聞』やったっけ……?」
「日暮亭タイムスですけど、まあ似たようなもんです。草原兄さんと草々兄さんに聞いたのが間違いだったような気がしてますけど、小草々くんも覚えやすいのが一番とちゃいますか、てちゃんと賛成してくれたでえ……。」
「喜代美ちゃんの記事評判ええで。ええと、『おかみさん便り』……?」
「あれ、実はエーコに頼んでゴーストライターしてもろててんです。私はほとんどインタビュー役と編集だけ。」
「ええっ!?」
シーと喜代美ちゃんが口の前に人差し指を立てた。
「……でも最近オレ、エーコちゃんに会うてへんぞ。」と声を潜めると、「今時の原稿は原稿用紙やのうて、メールでやりとりしてますさけ。」と言われてしまった。
そ、そうかあ……。
「招待券で、小浜のエーコのおじさんとおばさんが来てくれて、落語と一緒に、今のロビーの雰囲気とか見てくれなって、後は私がエーコと最近草々兄さんとこんなことあった、とかあんなことあった、とか電話で伝えたよもやま話をうまいことまとめてくれてなってんです。……これ、わたしばっかりええような取引やから、ちゃんとエーコの名前出して謝礼も払いたいんですけどぉ、謝礼代わりにちゃんとチケット貰ってるから、て、ずっと現物支給にさせてもらってて。原稿書いてると息抜きになる、てそない言うんです。」
「そうなんか?」
「仕事と関係ないこと考える時間が欲しいけど、うちにいてもお父さんは元社長で、お母さんも会社の経理されてたし、気が付いたら話題が会社の話になることもあって、難しいらしくって。仕事抜け出すにしても、ほとんどが社長さん同士の会合で、集まるとなると、なんや結婚の話とか出るさけ、それ以外の話題が欲しいんやけどエーコが自分から振れる話題て、社会とか経済とかそういう話題ばっかりでえ、大人の男の人て、自分がそんなん話すのはええけど、エーコみたいな子がしっかり自分の意見を話すと、いい顔しはらへんみたいなんです。男の子ならすっかり中堅どころの社長に見られる年でもいつまでも若社長とか、女の子扱いされてて、って嫌や、って時々弱音も聞いたりしてて。」
「そらまた……。」
オレが知らんとこで苦労してたんやな。
「それでも、社長の会報みたいなとこにはちゃんと固い話題も入れんと、女やからって馬鹿にされるのはかなわんから、て言ってて。ほんま、色々話聞いてると大変そうで。『おかみさん便り』書くのが私にとっての息抜きや、てエーコが言うてくれてるのに甘えてるんです。話聞くしかできんのがもどかしいんですけどぉ、明日小浜に遊びに行きたい、て言ってすぐに行ける距離ともちゃうし。」
「それはそうやな……。」
「それでも、地元に貢献して、次の世代育てて行きたいっていうエーコのことほんまに尊敬してるんです。この子には敵わん、て思うし、エーコが頑張ってるんなら私も頑張らんと、て思ってます。」
「そうやなあ。」
「というわけで、草若兄さんも、来月の日暮亭タイムズに出てくれませんか?」
「そうやなあ、って……ええっ?」
今の話になんか脈絡あったか?
ないよな?
「日暮亭タイムスに、『今月のトリの人』って時の人に掛けた記事あるんですけどぉ、」
はあ~、知ってるで、知ってるで。
オレがまだ呼ばれてない例の記事やんか。
「アレ、『三か月にいっぺん四草になってんのなんぼ声掛けやすいからってそれはないで、わたしも出たいです。』てなんや柳眉が言ってたらしいで……。」
どっちかいうと、微々たる原稿料をせしめるために四草のヤツがオレに書かせろ、て元・妹弟子を脅してんのやないか、ていうのがもっぱらの噂やけどな。
「それは、……分かりました。後で考えます。さっきここ来る途中でも言いましたけど、例の骨折で尊建兄さんが予定してた日に出られんようになって、記事に穴が空いてしまって困ってるんです。」
「そうか。」
「草若兄さん、どうですか。」
「えっ……オレ?」
いや、心の準備が出来てへんがな。
テレビに出るのと雑誌記者とかライターさんとのインタビューは別物やで、ってまあ、この場合は聞き手になるの、ほとんど喜代美ちゃんやけどな。
「あの、ここの支払いわたしが持ちますんで。」
ええっ。
「……まさかデートやのうて買収の場やったとは……。」と言うと、パフェの下のところのコーンフレークを食べてた喜代美ちゃんは何がおかしいのかころころと笑って、「デートなんて、わたしこの年でようしませんよ。」と言った。
「ええやないですか。私らの仲やで、たまには仕事の話もしても。」
そうやなあ。
あ、このアイス美味いな。次は四草と来よ。
powered by 小説執筆ツール「notes」
41 回読まれています