起きる
……なんやこういうの、ほんまに久しぶりやな。
ぬくい布団の中で目が覚めた。
勃起してんなあ、とは気付いてるけど、眠気の方が強くて目も開けられん状態や。
そのまま放っておいてもどうもならんのは分かっているけど手を動かす気にはなれへん。
いつぶりや、こんなんなってんの。
最近は朝からこないな風になった記憶がほとんどないな、と思い出して、頭の中で首を傾げた。
金があるときは商売のオネーチャンにどうにかしてもらってたこともあったけど、あんなんで楽しめるのはよっぽどのドンだけと違うか。
商売柄か、おっちゃんおばちゃんらの自然な笑顔ばっかり見てると、相手が大しておもろないことでお愛想してるんは見たら大体分かるし、正直、何が楽しいのかもようわからんかった。右手でどうにかした方が気楽に出せるようなもんに高い金払って『まだ時間あるよ、』て言われながら帰る不毛な時間は、サラリーマンしてて上司命令でピンサロ行った四草やないけど、一回やったらもうケッコーてなもんや。
まあ疲れてどうしようもないときには手伝ってもらお、てなことはチラッと考えたけど、夜も昼もないような生活で寝られるのは移動の間だけ、ていう生活をしてると段々そういう元気もなくなってくもんや。
男が起つにも理由がいるてな話は聞くけど、理由のない勃起なんか面倒なだけやな。
手も動かさな起きられへんのは分かってるけど、まだ朝も早いで……。
ちゃぶ台の片付けした後、ティッシュどこにやった、て頭の中で考えたけど、そもそもこのまんま寝てたいんや、オレは。
チュンチュンと雀の声が聞こえて来る。
鳥が鳴いたらもう夜明けや。夜明けてことは……このまま四草のヤツが起きて来たら面倒が二倍になるわな。
久しぶりで出し切るまでに時間どんだけ掛かるかも分からんし、もうあいつ起きる前にこのテント張ったままでシャワー浴びに行く方が早いんちゃうか。
参ったな、と思いながらこの辺にティッシュないんか、と手を伸ばしてみたら、「起きたんならもう布団から出てってくれませんか。」と言われた。
……な、なんや。
四草、お前、何を人の布団に入ってきてんねん、て言おうかしたら「小草若兄さん、自分の布団あるでしょう。そっち戻ってください。」と言われて気が付いた。
道理で布団がぬくいわけや。これ、オレのせいかいな。
昨日の夜に、寒いし洗い損ねてた布団カバーが汗臭いしまあええか、てこっちに避難して来たんやった。
そないしたら、四草の匂いするな、これ……やないで、早くこいつ追い出さんと気付かれたらどない言われるか分からへん。
まあ何分でイケるか賭けますかとかそういう趣味悪いようなことを言い出すヤツとはちゃうから、こないして一緒に住んでんのやけどな。そんな呑気なこと考えてる場合とちゃうわ。
今からでも収まってくれんかな、て思ってたらなんや子どもの頃に見たエロ本の水着のオネーちゃんのこと思い出してまう。
あ、あかん……。なんや萎えるようなこと考えんと……草々のビキニとか……あいつ水着着たことあるんか……?
「そやから、はよ出てってください。」
四草、うっさいぞ。
「お前が先に起きたらええやんか。朝飯食いたい。」
「僕だってメシ作れるような状態なら作ってますよ。さっさと起きてこの布団上げてしまわんと、ちゃぶ台の置きようがないでしょう。それに、昨日から米ないて言うてるやないですか。」
いや、お前なあ、金ないからていうても米もないとか、それどないやねん……まあ仕事行く交通費は確保してるんやろとは思うし、店の中華食ってたら例のお地蔵さんになってまうことはないけど。
「おにぎりとかパンでええやろ。買うだけ買って来いて。」
今すぐ出てけ、はよ出てけ、と追い出そうかしたら、僕の布団です、と言い返された。
「往生際悪いですね。」
ちょっとすいません、と声がして、布団からはみ出るように寝ていた四草が上掛けを自分の方に引っ張ってこっちに身体をくっつけてきた。
「オイ、何してんねん!」
ごそごそと音がして前に手が回って来る。
「何してる、て僕が言いたいですよ……自分の布団に戻ってとっとと処理したらええやないですか。どうせティッシュが手の届かんとこにあるからとか考えて、適当な理由で僕を追い出した隙にこっちの布団の中で隠れてしてまおうて腹でしょうけど、洗い立ての布団カバー、汚れたら洗濯するの僕ですよ。手伝うからさっさと出してください。」
「いらんわ……!」
「いらんて言うならさっさと布団から出てってください。」といつもの声で言われて、なんや知らんけど、お前が追い出したいのは布団からやのうて、この部屋からと違うんか、という気持ちでカッとなった。
「手伝うて言うなら、好きにしたらええやろ。」
「……小草若兄さん、さっきと言ってること違いますけど。」
「うっさい。お前が好きにしたる、て言うならオレも好きにするわ。……オレは今はこの布団から出たないんじゃ。」
朝から例の舌打ちの音がして「後悔しますよ。」と四草が言った。兄弟子相手にどないやねんお前。
オレより背の低い弟弟子は身体をずらして布団の中に入っていった。
お、おい、ホンマにするつもりなんか?
テントを張ったパジャマの上から形を確かめるようにして触られて、布団から出たらええのに身体が固まって出られない。
人に触られるのは初めてでもないけど、何日してないんですかコレ、と言われて頭に血が上った。
「うっさいわボケ。黙って抜いたったらええやろ。」
「さっさと終わらせたいんで、いいか悪いかだけは教えてもらわんと困ります。」
そう言って、四草は前に手を伸ばすためにこっちの背中に密着してきた。
布団の中ではただ暖かいだけだったぼやけた体温が輪郭を持つ。
じっとりと濡れたパンツの中に手を入れられて、乾いた指先が竿に掛かった。
直接触られて、頭がしびれる。
濡れてますね、といつもの掠れた声で言われて背中が震えた。
「……あ、」
これはちゃう、て弁明しようかと思って口を開くと、ぬるついた先っぽに触れられて思わず漏れてしまった声に、余計に恥ずかしくなって手を口で覆うかどうか迷って、唇を噛むと、オレの気持ちには全く構わずといった様子で、四草の手が動き出した。
手慣れてる、というか、機械的に処理するのが一番やと言われてるような気がした。
それでも、なんでも、気持ちがええ。
弱みを見せたくない、あかんでこれは、という気持ちとが綯交ぜになって、相手がコイツだということを忘れてしまえたらいいのに、と思いながら唇を噛んで、指の感覚に身を委ねる。
「………っ、あ、……、」
声が漏れた。
「ここがええんですか?」と言われて涙が出そうになった。
頷いたら楽になれるんやろうか。
オレはなんでこないなことしてるんやろ。
オレのことが嫌なら追い出せばええだけやのに、……お前は何でこないなことまでするねん。
頭の中でぐちゃぐちゃに考えても、答えが出るはずもなかった。
「こういうの、声出した方が早いですよ、」
近いところから声が聞こえて来た。
背中に、ていうか太腿の裏辺りに何かが当たっている。
何か、ていうか、……。
何でお前までオレに釣られて起ってんねん。嫌がらせのためか、自分のを処理したいからさっさと出してください、と言いたいのか、ぐい、とソレが押し付けられた。
若いころに二度ほど見たことがあるけど、四草のはオレよりでかい。デカくて、固くて……。
あっ……出る。
「なんで泣いてるんですか。」
ザーメン出した後、四草にティッシュで始末させてしもたのが恥ずかしくて、ずっと涙が止まらない。
青臭い匂いがする四草の指先がつかんだティッシュを奪い取って目の端に当てているけど、泣き止めそうな気配がない。向かい合った四草の股間はすっかり元に戻っている。
「お前がこないなことするからやんか。」
「兄さんが布団から出ていかんのが悪いんでしょう。嫌なら出てってください、て先に言いましたけど。」
「そうかて………出て行きたないし。お前の布団がぬくいんが悪いんや。」
オレのせいと違う、と言うと、四草はこちらに顔を近づけてきて、泣くな、と言って口と口を付けた。
おま、おま、お前、何………。
「……おい、四草!」と言うと、なんですか、としれっとした顔の弟弟子は返事をした。
今のキスには何の感情もないとでもいいたいような顔つきで見つめられて、沸騰した薬缶みたいに波立った心がすうっと静かになるのが分かった。
「オレはオネーチャンとちゃうぞ。」
「そんなん知ってます。」
だから部屋から追い出されへんのでしょう、と言われて、オレはさっきまでの布団の中に戻りたくなった。
「外で食べてから稽古に行きますから、兄さんも泣き止んだら顔洗ってから着替えて飯食って、来てください。」
そのままいつもの服に着替えて、靴をつっかけて部屋を出て行く四草の口からは、もうしません、も反省してます、もなかった。
四草にとっては、きっとそういうもんなんやろう。
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