すすきのフルーツパーラーの変(GK鯉月)

 月島基は可愛い。そう、思ったままを口にすれば、向かいに座った部下たちは無言で顔を見合せたのち、各々の見解を述べた。
「はあ? 僕の方が可愛い」
 これはなぜか張り合いだした宇佐美。
「鯉登課長殿は随分とお疲れのご様子」
 頬杖をつき、いかにも興味無さそうに明後日の方を向いている尾形。まあわかる。終業のベルがなるやいなや「奢るからついてこい」と半ば強引に連れてきたのだ、今回ばかりは不敬を許そうじゃないか。
「文句を言いたいのはわかるが頼む、こんな話ができる相手はお前たちしかおらんのだ」
「鯉登課長友達いないですもんね〜」
「お前にだけは言われたくないな!」
 まあよしとしますよ、シャインマスカット食べたかったので。言いながらキラキラした玩具めいたパフェをつつく宇佐美の機嫌は、たぶんそれほど悪くない。
 一方の尾形はコーヒーをひと口啜り、はあ〜と長いため息をついた。
「……え〜、課長殿」
 こほん、とわざとらしい咳払いをひとつ、挟む。
「可愛いというのはあれですか、愛玩動物や赤ん坊に抱くようなあの?」
 宇佐美がにやにやと嫌な笑みを湛え、私を下から上へ、じっくりと検分するように視線で舐めた。私は考える。
「ううむ、そうだな。いや……そうではない、気がする。可愛がりたいわけではない。だが可愛いと思う」
「まったくわからんですな。あれのどこが?」
 例えば、と私は指を折る。
「あんなに強面なのに部下思いなところが意外で可愛い。どんなに忙殺されていても握り飯を食べている間はちょっと幸せそうなのが可愛い。丸い頭が可愛い。尾形よりも更に小柄で可愛い」
「おい」
「家の風呂が壊れたと言ってこの世の終わりのような顔をしていたのも可愛かった。そのあと近所にいい銭湯を見つけたとはしゃいでいたのも可愛かった、ウキウキしてるのが漏れてた」
 笑いを堪えるような変な顔をしてクリームを頬張る宇佐美の横で、尾形はもっと変な顔をして髪を撫で付ける。
「はあ、俺には理解しかねますが。つまりあなたは月島主任に恋をしていると」
「こ、恋!?」
 ガタン。思わず椅子から転げ落ちそうになった。叫ばなかったのを褒めてもらいたいくらいだ。そのくらい私は動揺した。
 恋。鯉ではなく、恋。恋? それって、あの? どの? 私が月島を可愛いと思うのは、恋をしているからだと言うのか? 瞠目する私に宇佐美が容赦なく畳み掛ける。
「百之助はまだるっこしいんだよ。抱きたいのか抱きたくないのか聞けばはっきりするだろ?」
「キエエエエッ!?」
 今度こそ叫んだ。腹の底からの猿叫だった。白を基調とした上品なフルーツパーラーが、空間ごと揺れた。
「だ、ファー、だッき、ぶファ……」
 頭に血が上るあまり口からおかしな音しか出ない。私はさながら壊れたファービーだった。
 “抱きたいのか”? 抱くってなんだ、私が? 月島を? なんだそれいいな……じゃなくて! 想像してしまった。あわよくばと望んでしまった。あれ? 私は本当に、月島なら抱ける、抱きたいと思っている? それってやっぱり、それってつまり、
「フシュウ……」
「処理落ちしちゃった。ウケる」
「……この反応は決まりだな、閉廷だ。飲み直すぞ宇佐美」
「あっちょっと待てよ百之助。課長、鯉登課長〜?」
 ゆすゆすと肩を揺さぶられてようやく、身体から抜けかけていた魂が戻ってくる。いかん、今死んだ兄さあに呼ばれてた。
「すまん、なんだ宇佐美」
 努めてシャキッとした顔をつくって部下たちに向き直る。と、性格の悪さに定評のある連中は黙って私のうしろを指さした。
 観葉植物に隠れて見えづらくなっている端のテーブルに、にっこり微笑んだ鶴見部長とテーブルに突っ伏した月島が、いた。
 私はドウッと音を立てて床に倒れた。
「な、な、な、なんでなんでなんで鶴見部長」
「評価面談だよ鯉登課長」
「わざわざ会社から離れたこんなところで?」
「どうしてもここのフルーツサンドが食べたくてね。絶品だろう?」
「……」
「ときに鯉登課長」
 普段通り上等なスーツに身を包み極上の笑顔を携えた鶴見部長が、まるで悪戯っ子か何かのように茶目っ気たっぷりに宣言したものだから、私は今度こそ兄さあのところまで意識を飛ばしたのだった。

「私の右腕に用があるのなら、私を倒してからにしなさい」

 鯉登音之進、明日は仕事を休んでもよろしいですか。

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