R18 コウ名無 上書き
自分でも困惑する感情であった。コウイチロウは名無しにただ『その記憶を上書きする』と宣言した。勝手に肉体を弄ばれながら精神や性をねじ曲げられ、名無しが現状苦しんでいる様は見てはいられなかったし、そもそも自分が魅惑術に気をつけていればこのような事態にはならなかったのだ。しかし最初は義務感で同性の性行為について学び、実践したにも関わらず、今は別の感情で友人を抱いている自分がいる。
コウイチロウは小さくため息をついて酒を一口飲んだ。性に溺れ始めてから、名無しはバーに来ることは無くなった。行かないのではなく、来られないという状況であることを知ってから何とも言えない感情が湧き出ていたのを覚えている。ほんの不注意で日常はこんなにも簡単に崩れ去るのだとコウイチロウは思い知った。
別の感情とは何だろうと深く酒を口で転がしながら考える。快楽に対する依存、これは少し違う。コウイチロウ自身痛みに耐性があると同時に、物事に対して少し鈍い感覚を持っていることは十分自分でも承知していた。だからこそこれは違うのだと言い切れる。名無しに対する憐憫、これは少しあるかも知れない。自分が知らない世界の住人だからこそ、違う文化や考え方、生態を持っている。故に人間の都合だけで相手の幸不幸を測るのは人間の自分勝手に過ぎない。それでも勝手に向こうから呼び出して体という殻に存在を縛り付けて、好きなように弄ぶ(勿論性的なものだけでなく、実験道具としての利用も含んでいる)のは、人間として嫌悪感を覚えるし、そう言った意味では相手に憐憫に似たものを持っているというのはおかしくはない。どちらにしても今のコウイチロウにはわからない感情で、今日もコウイチロウは名無しのいる古城へと足を向けるのである。
銀色の髪が寝具と絡まって、糸のように名無しの首にある深い傷に絡まった。それにコウイチロウが口付けて優しく噛んでやると、名無しは小さく喘ぎ声を漏らす。
「ふ、ぁ、……っ」
白い腕がコウイチロウの首元に絡まり、体を引き寄せる。突然コウイチロウの胃の奥、腹の奥が熱くなるような、渦巻くような感覚に襲われた。そう、これがわからない。コウイチロウは心の中で呟いた。
「ん、……っ」
頑なに名無しはコウイチロウの名前を呼ぶことはしない。まだ心の中では拒否しているのだろうか。それが酷く愛おしく、狂おしいほど憎らしい。この感覚をコウイチロウは何と言っていいのかわからなかった。二人が結合して、体内の奥がコウイチロウの形に刻まれながら、内壁を擦り上げられ名無しは背を軽く反らせながら小さく息を吐く。
「ふぅ……っ、!、あっ」
内壁から内臓を体内から撫で上げられて、肉体そのものが犯されていく感覚に名無しは何度も喘ぎ、快楽に溺れながら淫らな声を口からこぼしていった。コウイチロウの脳漿が沸騰するかのようだった。脳髄から脳まで声や仕草に犯されて、名無しにエスコートされるかのようにどんどんと快楽や技術を覚え込まされていく。正直狂いそうで、コウイチロウは夢中で腰を打ちつけていた。
この人の記憶の中に残り、そしてその快楽は永遠という時間彼の肉体を犯し続けるのだ。
ゾクゾクした。考えてもみろよ、何も知らないまま体を躾られた苦しみを共有し、自分がその苦しみを上書きしていく。征服感とはこういうものかと恐怖すら覚えた。こんな快楽知ってしまったら、そりゃ誰だって狂っていくだろう。名無しを征服した魔術師というのは相当悪趣味で、性格が悪いことは、経験してみればわかる。名無しという肉体とセックスをすればするほどに溺れていって、おかしくなる。
だがコウイチロウが魔術師と違うことは、名無しに対して特別な感情を抱いていたということにあった。
勿論、肉体を征服したいといった魔術師の感情も特別なものであることは、まあ否定できないのだが。コウイチロウが抱いていたのは、ただこの人との行為だけでなく、日常も、声も、肉体も、精神さえ、ともにありたいと願う気持ちだった。多分これを人は愛と呼ぶのだと思う。だからこそコウイチロウは名無しに声を呼んでほしかった。呼んでもらえることで彼の中の上書きが完了する、という上部だけの言い訳とは別に、自分のことを独占して欲しかった。たったそれだけの大きな欲望だった。
「名前を」
そっと名無しの耳元で囁いて、耳たぶを舐める。
「名前を呼んでください」
名無しにも意地があった。そもそもコウイチロウは友人だ。あの男のような関係にはなりたくなかった。しかしそれでも、名無しはコウイチロウとの快楽を求めてしまった。勿論別の男を買ってはみたのだが、ダメだった。行為中頭によぎる名前はコウイチロウだけだったのだ。だからコウイチロウを名無しは拒否しようとした。
「っ、ぁ、……」
指を動かして乳首を弄る。中の動きと連動して腹の奥が締め付けられるような快楽が、名無しの肉体を蝕んでいった。体内の奥を刺激されて喘ぐ声が嫌でも喉から出てきて止まらない。どうしようもなく、体を逃がそうとしても快楽は足の指先、頭の間の全身を巡って離そうとはしてくれない。
「ゃだ、ぁ」
「気持ちいいんですか?」
ゆっくり愛撫を繰り返す。
「もっと気持ちよく、なりたいですか?」
コウイチロウの声は僅かに震えていた。今日こそ名前を呼ばせる。その一心しか頭の中になかった。狂いそうだ。何度目かの言葉を頭の中で呟いた。強くピストン運動を繰り返し、髪を撫で、わざと優しく蕩けるように、じっくりと同じ愛撫で焦らしながらキスをする。
「んっ、……コ……ウ、イチロ……ウ」
陥落したといった表情で名無しは小さく呟いた。涙を溜めた瞳で腰を揺らし、催促するようにあたる場所を調整している。コウイチロウは普段あまり動かない表情筋を僅かに動かして、満足気に名無しのされたいがままにしてやった。
「あ、あ……コウイチロウ……コウイチロウ……っ、もっと……ぁ、ああ」
白い肢体を蠢かせて、ビクビクと達するその姿に、果てしない欲望が湧き出る。そして同時に彼の中の上書きはようやくスタート地点に立ったことを実感したのだった。
「愛して、います」
名無しが目を見開く。吸血鬼には無い感情ではあるはずだが、それ以上にコウイチロウの純粋さを受け入れることはできない、と目を伏せた。体を離し、ゆっくりと口づけを繰り返す。これができるならそれはそれで構わない。そう言ってコウイチロウは一旦古城を後にした。
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