2023/11/23 19.宇治 やぶきた

※魔王討伐後


 ――日本茶が飲みたい。

 いや、ティルラさんやリリーが淹れてくれる紅茶に不満があるわけではない。相変わらず美味いと思うし、疲れているときに飲むとホッとする。季節ごとに微妙に味も変わるし、何なら体調でも変えてくれている。もはやうまい紅茶は俺の人生の一部と言ってもいい。
 だがそれとこれとはまた別の話なんだ。

「しかし、どうするかなぁ」

 ガリガリと書類を捌きながら一人ぼやく。同じ部屋にはフレンセンもいるが、俺の独り言にはもはや突っ込まない。また何か思いついたかこの上司。みたいな視線が一瞬だけ向けられたが、考え込んでいた俺には残念ながら気が付かなかった。
 それはそうとして緑茶だ。なんだっけ、そもそも緑茶も烏龍茶も紅茶ももともとの木は同じなんだったか? 何かで読んだ記憶がある。確か加工の仕方が違うんだよな? とはわかっていても、じゃぁどうするんだっていうのはわからん。
 何とか絞り出した前世の記憶は、社員旅行だったか、修学旅行だったか――京都だから高校か? の時に見た店先で燻されている? 緑茶の香りだ。つまり、緑茶は茶色い状態で熱をいれられているわけだ。
 あと、あれだ。夏前に若葉を摘むんだよな。夏も近づく八十八夜っていうし。何から八十八夜かは知らん。
 そんなあやふやな俺の知識に振り回される職人には申し訳ないが、頑張ってもらおう。こういう時はマジで貴族でよかったなぁ、と思う。



 そんなわけで、お茶の産地から「できるだけ若い木で、新芽だけを摘み取って送ってほしい」と連絡して送ってもらう。若い木にしたのは、なんとなく古いと苦いんじゃないだろうかと言う漠然とした予感からで、特に意味はない。――あとでいろいろ世話の仕方が違うことがわかるのだが、まぁ先の話だ。
 その時は既に季節が過ぎていたので、来年かぁ、と、思って終わったし、その後もいろいろと仕事に忙殺されて完全に忘れていた。が、言われた方はちゃんと覚えてくれていたようで、翌年の夏になる前にそれは届いた。

「ヴェルナー様、お届け物です」

 フレンセンに言われて差し出されたのは、黄緑色の柔らかな葉っぱの山。なんだこれ? となった後に「そうだった」と思い出し、そのままいそいそと厨房に持っていく。

「すまんがこれをゆっくりとローストしてもらっていいか?」
「葉っぱをですか? わかりました」

 突然なんだ? と言う顔をされたものの、受け取ってくれた料理人がゆっくりとフライパンで炒り始めてくれた。しばらくすると遠く記憶がある――とはいってもこの肉体の記憶ではないが――香ばしい香りがしてきた。

「不思議な香りですね」
「あぁ、そうだな。あ、すまんがお湯を用意してくれるか。ただ、沸騰させなくていい」

 鍋の周囲に泡が激しくボコボコしてくる程度で。と言うと、料理人が「熱湯でなくていいんですか?」と言いつつも用意してくれた。紅茶は熱湯で入れるが、緑茶は確かぬるめがいいんだったな。と言う程度の知識です。
 どれくらいローストすればいいかわからんので、葉っぱが縮れてきたところで止めてもらい、熱が冷めるまで待つ。その後、ポットに入れてぬるめのお湯を注ぐ。
 一分ほど待ってカップに注ぐと、緑色の液体に思わず懐かしさがこみ上げる。正直美味いかっていうとそんなことはないんだが、どこか甘みを感じる味に、思い出補正もあって涙が出そうになった。

「ヴェルナー様、これはいったい?」
「あ、あぁ、昔本で読んだことがあるんだ。新芽だけを摘んでローストしたお茶があるっていう」

 正直ちゃんと飲めるものにするとなると他にも工程がある気がするんだが、お試しでたまに飲むならこれくらいでもいいかな。と言う気になる。
 ちなみに、どちらかと言うとこの国の水は硬水に分類されるらしく、緑茶を淹れるのには適さないことが分かった。海外で緑茶に砂糖を入れるのって確かそのせいで苦みが強いからだしな。かといって砂糖を入れて飲むには飲みなれない味だ。
 なんで最終的には粉末にしてクリームやパウンドケーキに入れると変わった風味がしていいということになった模様。うん、抹茶味って前世でも人気あったもんな。
 俺は夏の味であるライムとヨーグルトのケーキに添えられた緑色のクリームを見ながら、しばらくツェアフェルト家では抹茶ブームだなと思うなりしたのである。

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