持ちネタ



「え、今なんて言うた……?」
「そやから、たまには持ちネタ増やしたいです、て今言うたやないですか。」
昼の寝床である。
嫁と子どもが仲良う秋の嵐山観光に行ってしもて、夕方の高座の時間までは、たまには羽伸ばして独身貴族気分で飯でも食うかと向かうのがいつものとこていうのもアレやけど、と思いながら暖簾をくぐったら、似たような顔してきつねうどんを啜ってる男に行き会った。
「そらまあ、聞こえてるで。オレかてもう六十やけど、補聴器の出番は早いがな。それにしたって、珍しなあ。師匠に教えてもろた話でええて言うてたやないか。」
「こないだ高座で隣行ったら、若狭が先月分のアンケート見せてくれたんです。」
「アンケートなあ。」
オレの高座やと、もう月に一通来るか一通も来うへんかていうアレな。
時々草太とオチコちゃんが緑の代わりにサクラしてくれてるけど、まあ字ぃで分かるわな。
「若狭がようけ来る時は全部のアンケートに目を通すだけでも二時間以上掛かるて言うてたけど、ほとんどお前宛てのアンケートやて?」と言うと、草々は眉を上げた。
「半分は草々兄さん宛てですよ。」
「そうかあ?」
若狭が、お前の分だけは草太に手伝ってもろてパソコンに打ち込んで一覧にせんと、後で回答するのに付箋貼るだけやとおっつかんて言うてたけど。まあ分かってて謙遜して言うてるようなヤツとちゃうし、若狭の話も適当に聞き逃してんのやろな。
こいつホンマ、金か賭けの絡まん話やと途端にヤル気しぼんでまうからな~。
うちの師匠でもそこんとこは直せんかったていうか。まあしょうがないから若狭もやる気出るような企画考えるのもおかみさんの仕事です、て張り切ってるけどな。
こないだかて、これからはチャリティーイベントの時代です、て今更二十五時間テレビの真似して寄付募る企画考えてた時に、……あれ小草々が言うたんやったか、別のヤツか?
まあ後から増えた草々の弟子で、彼女がいてるのようけいるからなあ……。
冗談交じりでどえらいホテルの二時間でアフタヌーンティーみたいなのにしたら、熱心なファンがほいほい釣られて、若狭はほんまの金額は隠してたけど、ほとんど百万近い金額集まったて後から柳眉に聞いたけどな。半分寄付して残った分でお前の日当と日暮亭の取り分割り振ってまだ残ったから、廊下とロビーに強力なエアコン置いて、やっと全館空調に出来たて聞いたけど、ほんまかいな。
尊建やないけど、最近のお前の集客力、どないなってるねん。
「まあ持ちネタ増やしたいて言うたかて、何がしたいんか決まってるんか?」
「『高倉狐』をやってくれて若狭に言われてまして。」
若狭に、ていうよりは客がそうしてくれて言われてんのやろなあ。
「オレより柳眉の方がようけやってるで。オレが教わったのも柳宝師匠やしな。……七段目とかではあかんのか?」と聞くと、その柳眉兄さんの高座見たのが回答したみたいで、と四草が言った。
「だいたい、僕が柳眉兄さんとこにお願いしに行くのはなんやちょっと……。」
「なんかあったんか?」
「若狭もあの人に古典教わってた時期があったでしょう。草若兄さんの機嫌が悪なりますから。」
はあ?
「お前、今更、草若の機嫌なんか気にしてどないすんねん。最近あいつ、増えたタレントの仕事で高座の稽古がおっついてへんのやから、逆にお前が稽古に熱心なとこ見せて引っ張ってかなあかんやろ。」
「……まあそうですかね。」
歯切れ悪いなあ。
なんやねん、てこれ以上オレが言わんかて、自分の方が分かってるか。
「とにかく、お前は柳眉のとこに習いに行け。それが嫌やていうなら、柳宝師匠に口利いて貰えるようにオレから言っとくから。」
まあこいつに限っては同世代の三国志に稽古つけて貰うのが嫌てこともないやろと思うけど、師匠と弟子にも相性があるからなあ。
うちの適当な師匠に慣れてたら、他所の師匠では厳しいで、同年代の方が逆にラクてことはあるんやけどな、こいつはその辺が分かってへんていうか。
「それで断られたら申し訳ないから、僕から柳眉兄さんにお願いしてみます。」
「そうか。」
「したら、草原兄さん、ごちそうさまです。」と椅子を引いて出て行こうとする。

待て待て待て、オイ。
高倉狐の話やあるまいし、オレは払わんぞ、と言うたら、四草は舌打ちして、レジ待ちして立っているお咲さんが「四草君そういうとこは変わらへんねえ。若狭ちゃんならええけど、草原さんには通用せえへんよ。」と言って苦笑した。
「お前、若狭にまで奢らせてたんか?」と言うと、目を逸らして口笛を吹かんばかりの顔つきになっている。
お前、最近草若に似て来たで、四草。

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