2月22日のタイムライン

 かわいい。良い。好ましい。そんな感情を電気信号的にビビッと感じて、私は反射的に「いいね」をタップする。
「おすすめ」タブの先頭には、ポップな猫耳の女の子。その背景にはカラフルなごちゃごちゃとキラキラが散りばめられて、にぎやかなおもちゃ箱みたい。レースクイーン的な衣装を着た猫耳の女の子の傍らには、これまた猫耳が生えたキュートなレーシングカー。すごい。
 かわいい。良い。好ましい。そんな感情が私の中で閾値を超える。そして、私の情緒はなめらかな機械のように判断を下す。指先は何かを感じる間もなく、流れるように「リポスト」の操作を行っていた。

 さて。

「おすすめ」タブを軽く横にスワイプする。「フォロー」タブを無感情にスクロールしてすいすいと遡る。無限の文字情報と写真と絵を取捨選択しつつ、私はタイムラインをスイスイと泳いでいく。それはトイレのドアノブをひねるのと同じ、全く無意識の動作。

 かわいい。良い。好ましい。自然に湧き上がった感情のままに、私は反射的な速度で「いいね」をタップする。
 淡水さん(相互フォロワー)がまたぬい写真を上げていた。かわいいなと思う。好きだなと思う。
 ピンクがかった強めの加工とハート形のキラキラの向こう。いちごの乗った背の高いパフェと、その足元に小さなジュンくん(ぬいのすがた)。
 ジュンくんの頭にはなぜか猫耳が付けられている。かわいいなと思う。
 そして、パフェの頭(アイスクリーム)にもウエハース?の猫耳、的なトッピングが乗っかっている。
 それでやっと気づいた。今日はたぶん、猫の日だ(今年はなんだか、例年以上に時間の流れが早い)。
 淡水さんの推しジャンルをほとんど知らないなりに、ジュンくん(ぬいのすがた)のことはかわいいなと思う。好ましいなと思う。好きだなと思う。
 ジュンくん(ぬいのすがた)は、りりしい眉毛にくりくりと丸い目をした男の子だ。猫耳(セリアで売っているぬいぐるみ用のアクセサリー)を付けられた頭はころりと丸く、黒髪と黒い猫耳に、立派な赤と黒のきっちりとしたアイドル衣装がよく映える。全体的な印象としては、賢そうな赤ちゃん。
 淡水さん家のジュンくんは右手をちょっと上げている。小さな手をハイッ!と挙手しているみたい。
 かわいいと思う。好きだなと思う。

「猫の日」という口実を与えられて、Xのタイムラインはいつもより華やぐ。好きだなと思う。かわいいなと思う。
 今年の「猫の日」も、いつの間にか始まって、あっという間に流れ去っていくのだろう。それは、当日の朝のニュースで初めて知る天体ショーに似ていた。
 びゅんびゅんと流れる土曜日のタイムライン。猫、猫、猫……それから猫耳。
 猫(あるいは猫耳)を見て感情が揺れるのを感じるたび、私は反射的に「いいね」をタップしていく。
 好き。かわいい。好ましい。かわいい。かわいい。小さい、かわいい……。
 流れ星をつかまえるように「いいね」をタップする。ハートマークの横の数字がひとつ増える。

 ふと、考えた。来年の猫の日に果たしてXはあるのだろうか。こんな猫の日は、ひょっとしたら今日が最後かもしれない。……なんて。
 そんなことをツイートしようかと思ったが、大して面白くもならない気がしたし、うまくまとまらなかったのでやめておいた。

 溺れるようにタイムラインを泳いで、息継ぎのように生活をする。
 かわいい。私はまた「いいね」をタップする。
 飛び交う猫(あるいは猫耳)の向こうの誰かに通知が飛んで、ハートマークの横の数字が増える。
 日本語圏の狭くて広いインターネット。猫型の情報を受け取って、「いいね」をタップしてリアクションを返す。私のその動作のたびに、猫を送信したどこかの誰かのスマホに通知が飛んでいる、かもしれない。
 ふと、Xの画面がすーっと暗くなっていく。ダークモード。日の入りの時間だ。
 なんにも特別じゃない2025年の2月22日の土曜日はあと6時間で終わりを告げようとしていた。
 こんな変な文章を書いた2025年2月22日のことを、私は一生忘れないだろう。

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