勝率とそもそも論
「うん、いいんじゃない」
「ほんとっ?」
「美味しい美味しい。今日はここまでかな」
「やった!ヅカさんありがとぉ。余ったコーラ飲んでい?」
「ほとんどふじ…凛くん持ちなんだからどうぞ」
あ、また凛くんゲームの勝率が落ちた。
凛くんゲームって言うのは、僕が最近始めた僕だけでやってるゲーム。いや、全然ゲームなんかじゃないけど。
ヅカさんが僕の名前をスムーズに言えたか数える、ただそれだけ。別にスムーズに凛くんって呼んでくれたから何かあるとか、藤島って言ったからどうにかなるなんてことも無いんだけど。勝率落ちたーなんて思ったけど、気にするようになったのはつい最近で、最初から数えてる訳じゃないからちゃんとした確率なんて分かんない。
ただなんとなく、最近、気になっただけで。
炭酸が少し抜けたぬるいコーラの喉越しに違和感を感じながら、僕が作ったカクテルを飲むヅカさんをちらりと覗き見る。いつもと変わらない。きっと僕の気にし方が変わったんだっていうのも、実はもうなんとなく自覚していて。だって今まで別に藤島くんって言われても慣れてないからくすぐったいくらいで他にはなんとも思わなかったし、言いかけて凛くんって呼んでくれるのも最初はわざわざ嬉しいなぁくらいには思ってたけど今となっては割といつものこと、くらいでなんとも思わなかったし。だからって今も何か思うわけじゃない。あ、また引っ掛かった、くらいの。だから勝率だなんだって言ってるけど、もしかしたら今までと何も変わらないのかもしれない。そう思うようになったのは本当に、つい最近のこと。もっと細かく言うと、“りんちゃん”がバーに来て以降の、こと。
お酒が入る世界だし、そんな場所に週に5日もいるんだから色んなハプニングだったり、もっと言っちゃえば“修羅場”みたいな空気に出くわしてしまったことはもう何度か経験していたけど、あの時みたいなハプニングとも修羅場ともいえない、ただ『居心地が悪い』空気に立ち入ってしまったのは初めてだった。もし僕がりんちゃんに声を掛けなかったらあんな空気にはならなかったのかな、と思うと何とも言えない気持ちになるけど、りんちゃんとお話するのは楽しかったから声を掛けたのは後悔してない。でもそれは僕の我儘で、りんちゃんは後悔しているかもしれないのはごめんなさい、って思う。でもりんちゃんだってあの様子だとヅカさんがあそこで働いていることは知らなかったんだろうし、偶然ってすごい。
ヅカさんと仲良くなってきた頃、こんな会話をした。
『ねぇヅカさん、“藤島くん”って長くないの?』
『いや、別に』
『そっか。でもさ、6文字もあるんだよ?』
『それで?』
『それでぇ…、“凛くん”なら4文字だよ?2文字もへる!』
『藤島くんはそっちの方が良い?』
『え? んー、うん、名前の方が好きだから嬉しいかも』
『そう、』
『ぁ、でもヅカさんが呼びやすいなら全然そのままでっ、新鮮だし!』
『いや、そういう訳でもないんだけど。同じ名前の知り合いがいて、ちょっと似てるんだよね』
『へー、そうなんだ? んじゃややこしいよねぇ』
『そんなこともないんだけど、…じゃ、凛くんね』
『いいの?やった』
別に珍しい名前じゃないし、誰誰!なんてなるようなことでもなかったからそれ以上追及することもなかったし、ヅカさんからもその話が出ることが無かったから。ただおんなじような関係…雪ちゃんとかの名前は引っ掛かることなく呼んでるから、そんなに知り合いさんと似てるのかな?なんて思ったことはあった。今思うと“りん”って名前はどちらかというと女の子に多い名前なんだからすぐに思い至ればまた何か変わったかもしれないけど、いやでも僕男だし、僕と似てるって言われたら、何となく、なんとなーく“男なんだろうな”って思うのは仕方なくないかなぁ。
『ううん。じゃなくって、名前。りんちゃんって、店員さんの事でしょ』
でも“りん”は“りんちゃん”で女の子だった。
思い出そうとして一番最初に出てくる印象は『綺麗なお姉さん』って感じの、僕とは似ても似つかないようなものだ。髪は僕より普通に長かったし、薄暗いバーの照明でも分かるくらいに艶々しててしっかりしたお手入れをしているんだろうなってすぐに分かるくらい綺麗で。見せてくれた爪先はつやつやでふわっとした色ですごい可愛かった。金色のラインみたいなのが入ってるのに派手!って感じじゃなくて、女の子、って凄い思わせてくれる感じで。前に紅ちゃんにそういうお店のお金聞いたけど高くてびっくりしたのを思い出した。爪だけじゃない。女の子って可愛くなろう、綺麗でいようとするのにとてもお金が掛かっちゃうものだってそれなりに知っているつもり。それでも頑張って自分磨きをする女の子って凄いなってずっと思ってた。僕なんてそういうの全然興味無くて自分の服すらまともにないから、尚更。
外見だけでも幾らでも違うのに中身も違った。そりゃ女の人なんだから言えば言う程当たり前なんだけど。軒並みな言葉だけど、りんちゃんは優しかった。たまに難しい事を言ってて分からないことがあったけど、僕がそれを隠せずにいても気にかけてくれたし、あと何より笑った顔が可愛かった。勿論笑顔の種類は沢山あったけど、どれも1つ1つが魅力的だな、と思った。あと単純に素直な人だな、って。偶々入った店の初対面の店員に、もっと言うなら明らかに年下で、男の僕相手に紡いでくれた言葉に余計な色や見栄は全く見えなかった。それこそ初対面で何を知ったつもりで、って自分でも思うけど、そう思っちゃうくらいに素直な人だなって思った。僕も素直な方だと思うんだけどそれとは違くて、そう、とっても女性的。
っていうかそう、そうなんだよ、そもそも論なんだけど僕男なのに、なんでヅカさんは似てるって思ったのかが割と本気で分からない。りんちゃんが帰った後、あんな可愛いお姉さんと僕を一緒にしちゃだめ!って気持ちも込めて問い詰めたら、その時の返事は確か“名前が同じでしょ”っていうすごくシンプルなもので、唖然って言葉はこういう時に使うんだ、って思ったくらい僕は唖然とした。でもヅカさんは本当にそれだけ、っていう顔をしていたから僕ももう何も言えなくて、とりあえずその考えは捨てた方が良いとだけ伝えてその時は話を打ち切った。
それからだ、凛くんゲームを始めちゃうくらいヅカさんからの呼ばれ方が気になるようになったのは。
りんちゃんはあの時、本当にもう好きではないんだと何度も言っていた。その言葉に取り繕ったような何かは無かったから、本当の話だって当たり前に信じてる。僕もあるしね、割り切ったつもりでも思い出しちゃうこと。だから僕が気に掛けたり干渉したりするのはお門違いってやつなのは分かってるんだけど、別に何かを探ろうってつもりもないからこれくらいは許してほしい。
僕が見てきたヅカさんとりんちゃんが見てきたヅカさんが違うのは当たり前だ。それこそ性別も、年齢も、立ち位置だって違う。このマンションの中だけでも見え方が違う人がいるんだから、それは当たり前のことで。でも後から照らし合わせて「だろうなぁ」ってところと「え、そうかな」って引っ掛かるところがこんなに大きいものかなぁ。
本当にりんちゃんの「私に興味がなかった」っていうのは100の正解だったら、同じ名前だからってここまで引っ掛かるもの?
おまけに男と女だよ、って言いたい所だけどもう性別は置いておく。これはもうあの人に言ってもどぉしようもないって分かったから。
最近はちょっと難しい読み方をするような名前の人もいるみたいだけど、それでも知り合い全員全く名前被りはいません!なんていうのは実は結構難しいんじゃないのかな、と思ってる。小学生の頃とか“ゆーき”って名前の友達2人くらいいたよ、僕。漢字はどうだったか覚えてないけど、音の響きはおんなじ。でもだからって呼びづらいとか何か特別な感情は無かった。だってそれはその人の名前だもん。それとは色々違うかもしれないけど、でも知り合いと同じ名前ってだけで何かが引っ掛かるって、ヅカさんの中でも何かが引っ掛かるものがあったんじゃないかなぁ、って僕は思う。本当に興味が無かったら、同じ名前だからって何がどうする事も無いと思うんだけどなぁ、とも。それは僕が決めつけていいことじゃないっていうのは分かってるんだけどね、どちらかというとそうであってほしいなっていう僕の願望なんだけどさ。それにりんちゃんもきっと今更何かちゃんと爪痕残してましたーって言われてもだから何、って思っちゃう気がする。だからこれは本当に僕の自己満足。
でもいつか、りんちゃんがもう少し肩の荷が下りたころで良いから教えたいなぁ。ヅカさん、僕の事すんなり呼べないんだよ、って。また来てくれると良いな、単純に僕がりんちゃん好きだから。
「うぁ、このコーラ思った以上にめちゃくちゃ炭酸抜けてるぅ…」
「爆発するよりいいんじゃない」
「……それもそっか!床死ぬしね」
「流石にそれは凛くん掃除ね」
いっそのこと、凛くんゲームの勝率が100%になったら来てくれますよーに、なんてね!
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