おあずけアクセサリー

 おばあちゃんにおつかいを頼まれた帰り、少し時間があったからソラシドモールに寄っていくことにした。
 8月に入っていよいよ夏本番。先月もとっても暑かったけど、それにも増してうだるような暑さが続いていて、今日だってもちろん例外じゃない。午後3時の強い日差しから逃れるようにモールの中に入ると、ひんやりとして外とは全然違う世界のように感じられた。
 夏休みだからか、平日だけど子どもたちや親子連れでにぎわっている。催事用の大きな広場は、今日は特に企画や展示はないようで、何もないステージの上で小さい子たちが戦隊ヒーローごっこをして飛び跳ねていた。
 なんだか懐かしいなあ。
 といっても、私が小さい頃あんな風に遊んでいたわけじゃなくて、周りのお友達や近所の子たちはそうだったなぁって思い出されたんだ。私はどちらかというと、元気に遊ぶみんなを横で見ながら、その様子をスケッチブックにお絵描きするのが好きだった。
 だけど必ずそんな私に気が付いて、手を差し伸べてくる人がいた。
「ましろんも一緒にやろうよ!」
 年の離れたあなたは、他の子たちより頭ひとつ分大きくて、どんな敵にも負けないように見えたし、実際申し分のないヒーローを演じられはしたけど、ちゃんとお姉さんらしく主人公の役を他の子にも代わってあげてたね。
 そんな昔の記憶と、目の前の楽し気に遊ぶ子たちの姿が重なって見えて自然と笑顔になった。子どもたちとぶつかってしまわないように気を付けながら、私はエスカレーターで2階に向かう。

 目的の雑貨屋さんにはすぐにたどり着いた。なじみの店内をゆっくり見て回る。ぬいぐるみにマスコットのキーホルダー、マグカップ、ハンカチ、文房具。このあたりで一番大きな雑貨屋さんの一つであるこのお店には可愛くて素敵なものがなんでも揃っている。
「うーん、やっぱりピンクゴールドよりシルバーじゃない?」
 すぐそばで高校生くらいのお姉さんたちが真剣にアクセサリーを選んでいた。
「そうかなあ。先輩ならどっちも似合うような気もするけど」
「でもやっぱりシルバーの方が大人っぽいよ。先輩、18歳になるんだよ。この先もずっと使ってもらえるようにしたいじゃん」
「確かに。それじゃあこれにしよっか」
 明らかに誕生日の贈り物らしい会話に、思わず聞き入ってしまった。というのも、今日ここにやってきたのは私もお誕生日のプレゼントを買いたかったから。
 もうすぐあげはちゃんのお誕生日。素敵なものを贈れたらいいなって思ってたんだけど――……。
「やっぱり大人っぽいものの方がいいのかな」
 なんだか急に不安になってきた。この雑貨屋さんは誕生日プレゼント御用達のお店というか、学校のお友達へのプレゼントは大抵ここで見繕う。ここならハズすことはないって思っていたけど、よく考えてみればあげはちゃんは私よりずっとお姉さんで、彼女の年齢に見合うものが本当にここで見つかるのかと改めて言われると、絶対の自信があるとはいえなかった。
 考えてみれば年上の人に誕生日のプレゼントを贈る機会なんて、パパやママ、おばあちゃんくらいで、年頃の女の人に贈り物なんてしたことなんてない。
 前にあげはちゃんにお誕生日プレゼントをあげたときは、二人とも小学生だった。二年生の私は、お気に入りの可愛いシールをいくつかと、それに覚えたての漢字をありったけ使って書いたお手紙を添えたんじゃなかったかな。
 むむむと眉毛の間に皺を寄せながら、さっきお姉さんたちがいたアクセサリーコーナーを見てみる。
 確かに大人っぽくて可愛いアクセサリーがたくさん並んでいる。手前にあったのはお店の照明を跳ね返しているピカピカのバングルで、ピンクゴールドとシルバーがあった。お姉さんたちが買ったのはこのシルバーの方だったのかも。確かにシルバーの方がスタイリッシュで大人っぽい感じがする。他にもネックレスやバレッタ、かんざしなんかもたくさんあって、どれもこれも素敵で目移りした。
「う~ん、どれを選んだらいいのか分からないよ~!」
 あげはちゃんはおしゃれさんだから、どれもこれもつけこなしてしまう気がする。シンプルなネックレス? 華やかなロングピアス? どっちも似合うな……。
 頭を悩ませていたら、ネックレスの群れのすぐ隣にあるそれに目が留まった。
 金色の細い曲線で象られた小さな蝶々。羽の部分にはパープルのビジューがいくつかはめ込まれている。まるで外国のファンタジー絵本の中から出てきたみたいにきれいな蝶々が細い環の上で羽を休めている。そんなうつくしい指輪がそこにあった。
 見た瞬間、これだ! って思って、だけど私はすぐに諦めた。
 もちろん指輪についている値札を見て、お財布の中身がかなり心配になってしまったのも理由の一つ。でもそれ以上に今の私にはなんだか分不相応というか、背伸びをしすぎているような気がしたんだ。
 私はまだ中学2年生で、あげはちゃんはもう18歳。私がこれを選んでしまったら、あげはちゃんに変に気を遣わせてしまうかもしれない。
 それに、指輪だなんて。
 並んでいる他のアクセサリーと同じように、おしゃれアイテムとして身に着けるものではあるけど、つける時に特別な意味合いを持たせることだってもちろんできるものだから。
 だからもしこれを贈るとしたら、私がもっと大人になった時にちゃんとそういう意味を持たせて贈りたい。私のことを考えてつけてほしいよ。
 今のままの私がそんなことしちゃうと、あげはちゃんきっと困っちゃうよね。だから、あげはちゃんが喜んで受け取ってくれて、私が堂々とあの細い指にはめてあげられるようになるまで、おあずけだよ。
 金色の縁取りを優しくひとなでしてから、アクセサリーコーナーを後にした。

 結局選んだのは、蝶々のしおり。文具コーナーのところですぐに見つけることができた。薄いステンレス製のおしゃれなしおりで、長方形の内側が、お花と蝶々の形にくり抜かれている。
 あげはちゃん、専門学校で色んな資料集や参考書を使っていて、小テスト明日なのに~! って言いながらページをいっぱいめくっていたのを見たことがあるから、きっと使ってもらえるんじゃないかなと思う。
 お会計を済ませて、ラッピングをしてもらったしおりを大切にバッグの中に収めた。予算内でいいものが買えてよかったとほっとする。これが今の私の、分相応かな。

 お店を後にして、1階の催事用の広場のところまで来るともう子どもたちはいなくて、いつもと変わらない行き交う人の流れがあるだけだった。
 モールを出ると、その瞬間に灼熱の日差しが照り付けてくる。暑さにくらりとしながら手のひらをかざして、申し訳程度に小さな影を作りつつ、指の隙間から見える強い光に目を細めた。
 来年も再来年も、こんな風に8月は暑いのだろうか。
 私があげはちゃんに指輪を贈れるような年齢になる頃も?

 淡い想像は陽炎の中に揺らめいて消えていく。鞄の中から取り出した日傘をさして、足早に帰路についた。

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