太陽くんのスパダリに殺されたIfよーりん

はいはい分かってます、分かってましたよーだ。そんなの俺の方が知ってるし。
ささくれた心中をぐっと抑えたつもりではいたが、自分で思っている程押さえ切れていない凛はカウンターに置かれたサンドイッチの端を噛み切った。 

「りん、たいようのこと考えてるでしょう」
「え、」
「今のりん、ことが眠ったあとみたい」
「……」

その様をカウンター越しに見ていたマチ子は何時もより少しだけ楽しそうな顔をして笑った。時折する夜更かしのあの時間、マンションの住人の中でも凛の根に限りなく近い面を見ているマチ子の言葉は凛に気のせいだとは言わせてくれなかった。少しばつが悪くなって傍らに置いていたカフェオレのグラスに口をつけて視線を反らすと、どこか子供のような拗ね方をしている様子にまたマチ子が笑ったことに気付いたが、凛は気付かないフリをした。
しかし黙ってしまったことによってテーブル席で盛り上がっている女性グループの会話が耳に届きやすくなってしまった。
“さっきの店員さん格好良い”“あの店員さん目当てで来てる所あるよね!”そんな内容の中心にいるのが太陽であることの確信を得るのは簡単で、理由は太陽が頼んだ品を運んだ直後からやたらと弾むようになったからだ。きっとマチ子にだって他の客にだって聞こえているに違いない。当の太陽と言えば食器洗いの為に奥に引っ込んでしまっているので、恐らく届いていないのだが。

凛の恋人である太陽はよくモテる。本人がそれをどこまで認識して自覚しているかは微妙な所だが、少なくとも凛は断固としてそう思っているし言い張っている。そんな太陽が恋人に収まっている事実すら今でも凛は夢なのではないかと思ってしまうのだが、言葉こそ少なくても行動で度々示してくれる姿を見て疑えるほど凛は自分が可愛くない訳ではないので、結果的に平和に日々を送っていた。
ただそれは少し閉鎖的な世界にいるからだろうな、とも薄々自覚していた。今が正にそうだ。他所の客観的な太陽の評価を聞くと、少しだけ落ち込む。特に女性からとなると尚更だ。元々お互いに根っからのノンケであることは初恋の相手が周囲に知れ渡っているくらいに当然の前提で。べたな悩みだとは分かっているが、それでも定期的にただでさえ難儀な性格なのに、性別まで恋をするには難儀な同性の自分が隣にいていいのだろうか、と思ってしまう。そんな自分も嫌になるから、あんまり普段は考えたくないのに。馬鹿が悩んでもろくなことがないと、分かっているつもりなのに。
そんな凛の溜息を知る由もない女性グループの話題は、とうに違う話に切り替わっていた。その折に、裏方へ回っていた太陽がカウンターへ戻ってきた。

「食い終わったなら皿」
「あっ、ごめんまだ食べてる」
「ふふ、もうちょっと待ってあげて」

いつもならとうに食べ終えている時間にも関わらずまだサンドイッチ一切れが丸々と残っている皿と、何時の間に過ぎていた時間に慌てて食べる凛の姿、いつもならもう少し意地悪な言葉を投げ掛ける所が凛をフォローしやけに楽しそうなマチ子の様子。太陽は少しだけ眉根を寄せたあと、ピークが過ぎてすっかり落ち着いたホール内を一瞥する。再びカウンターに視線を戻すとマチ子とばちっと視線が絡む。何を察したのかマチ子が一層笑みを深めると太陽は思わず見透かされたような心地になり少しだけ目を細めたが、今更だと取り払うと漸く咀嚼を再開していた凛に声を投げ掛けた。

「凛、ちょっと裏」
「え? 何? まだ食べてるよ」
「りん、このままにしておくから、いってらっしゃい」

太陽の真意がさっぱり掴めない凛は思わず頭上にはてなマークを浮かべたようなきょとんとした顔になるが、マチ子の後押しによって渋々腰を上げる。まだ正直心中穏やかとは言えない凛はほんの一瞬迷うが、素直に席を離れた。一般客から見たら私服姿の男がスタッフオンリーの場所へ入るのは不思議に思われかねないので、一応は視線を気にしつつ裏方のスペースへ入ると、そこには太陽しかいなかった。今日ってカフェ二人回しだったっけ、といまいち把握しかねるカフェのシフト体制を思わず思案していた所で目前に太陽の姿が飛び込んできた。何時の間に距離を詰めたのか気付けなかったが、呼び出しの真意が測りかねた凛は太陽を見上げた。しかしそれはすぐにぐらついた。

「ちょ、わっ、なにっ?」

ぐしゃぐしゃ、とかき混ぜるように頭を撫でられていることに気付いたのは視界がぐらついてすぐの事だった。撫でてきているのは太陽以外の何者でもないのだが、当の本人は口を開く気配がない。ますます凛は混乱したが、段々と触れ慣れた手つきに心がほっと落ち着いていくのを感じた。太陽が手を放したのはそれほど長い時間ではなかったが、それでもささくれだった凛の心が丸く元通りになるには十分過ぎる時間で。身なりを気にする太陽は自身が崩した凛の髪を軽く手ぐしで整えながら、ヘアワックスなど一切使わないその髪を有り難く感じた。最後に本人曰く唯一のセットであるらしい横にかかる一房を耳に掛けると、指先が耳元に触れたくすぐったさに凛は笑った。

「もー、なにぃ?」
「…別に、元に戻ったなと思っただけ」

その言葉で漸く凛は自身の穏やかとは言えない心中が悟られていたと気が付いた。それと同じくらい、此処まで言うのも珍しい、と。耳が熱くなっているのは先ほどのくすぐったさだけではないと嫌になるくらい自覚した。見透かされていた羞恥と見抜いて甘やかしてくれた嬉しさが綯交ぜになった感情を上手く形容する言葉を知らない凛は、少しだけ恨めし気に太陽を見上げる。その視線の感情に気付いているのかいないのか、太陽はぽんぽんと凛の頭を数回だけ叩くように撫でてからまた仕事へ戻る為に距離を置いた。

付き合う前はどちらかというと自分の方が振り回す方が多かったような気がするのに、どうも立場が逆転しているような気がしてならない。そう思う凛は何事も無かったかのように仕事に戻っている太陽に思わず頬を膨らませる。元はといえば勝手に不安になっていた自分が元凶である、ということは一旦度外視して、一矢報うことは出来ないだろうか―そんな気持ちになると、凛は周囲を見渡し他のスタッフや住人が来る気配は無い事を確認すると、乾かしていた食器を元の場所に戻している太陽に歩み寄り、手にしていた皿を戻したタイミングを見計らってその腕を引く。
そのままバランスを少し崩した太陽の唇に自身のそれを重ねた。時間にすればほんの数秒。唇を離すと反射的に体勢を整えた太陽の反応を見ることもなく凛は背を向けて表のカウンター席へ一目散へ戻っていく。凛の声を呼ぶ声が聞こえるが無視した。太陽が照れてくれていたら嬉しいが、余裕な様子だったら悔しいから。

「あら、おかえり。元にもど…ったのかしら?」
「ずっといつもどーりだし!」
「りんは複雑だけど、単純ね」

思わず緩む口元を誤魔化す為に、凛は残っていたサンドイッチを頬張り始めた。

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