2023/11/10 万年筆
万年筆を作ろう。
マゼルが魔王を倒してくれて数か月。いくら倒しても倒しても減らない書類仕事に襲われながら俺は決意した。
この世界に万年筆はないが、ボールペンみたいなものはある。ペンのケツに魔石がついていてインクを生産してくれるというものだ。けどバランスが悪いんで書きにくいという欠点があるのだ。まぁ官僚の皆さんはそれで長時間書類仕事してんだけどな。
が、俺は慣れるより前に書類に圧倒されそうなんで万年筆を考える。前にも考えようと思ったがそれより生き残ることが先決だった。しかし、無事にマゼルが魔王を倒してくれた今こそその時だと決意したわけだ。……ちょっと徹夜のテンションだったことは認める。
さて、万年筆だが毛細管現象――細い管に液体が自然と移動する現象を利用したものであることは知っている。それしか知らんともいえるが。だって前世でも使った記憶があんまりないんだよ。大学の入学祝に親に買ってもらった……か? みたいな。あれどうしたっけなー。もはや顔も覚えてない前世の親への不義理をいまさら思い出しつつ、ガリガリと構造を描きだす。あとでリリーに直してもらおう。
想定しているのはインクを入れておく胴体部分と、ペンの芯になる部分と、ペン先の三つに分かれている。ペン先は多少加工してもらうことになるが今のままでたぶん大丈夫。
胴体が……で、問題はペン芯だよな。万年筆って、横溝があったけど、あれ何でだろうな?
……余計なインクが落ちないようにするためでした。
あのあとリリーに図を清書してもらい、ペン職人のところに持ち込むことひと月。俺のあやふやな記憶からではあるが、何とか万年筆っぽいのが出来た。
俺がしばらく使い心地を試してみようと思ったが、俺と同じく書類に忙殺されているフレンセンが目ざとく見つけて一緒に使うことになった。
「ヴェルナー様」
「えっと、フレンセンも、使う、か?」
態度は執事補として正しかったが、「あなただけ楽をするんですか?」と、あの時のフレンセンの眼が言っていた。
で、お互いに使い心地を試している間にフレンセンからノルベルトに話が伝わり、こちらも渡した。何度か改良をしているうちに、ノルベルトから父、マックスへと伝わるわけで。
「これは、なかなかだな」
父が珍しく満足そうに目を細めていたのが印象的だった。やっぱ魔石ペンは書きにくいんだな。問題なのはマックスだ。
「これは素晴らしいですな! 細くて軽くて有能、まるでヴェルナー様のようです!」
おい待て、誰が細くて軽いだ。いや、マックスから見たらそうかもしれんが、俺はまだ成長期なんだよ!
マックスのでかい声でそう言われて俺は憮然としたが、その無駄にでかいマックスの声のせいで、なぜか館の皆に万年筆が「ヴェルナーペン」として話が伝わったのが解せん。いや、前世でシャーペン、シャープペンシルが要するにシャープ社の作ったペンっていう名前になったように、製作者の名前が付けられるのは仕方がないという話なんだが、マックスのせいで素直に喜べん。そも、せめてツェアフェルトペンじゃないのか。
なお、前世だと万年筆は|Stylographic《尖筆画法の》 Penあるいは、 |Fountain《噴水》 Penと名前がついてたんだが……せめてもの抵抗で長く使えるという意味で万年筆の名前を広めたかったんだが、無駄な抵抗に終わりそうだ。
で、その|万年筆《ヴェルナーペン》だが、俺や父が王宮で使っているのを目ざとく見つけたのは宰相だった。まぁ、多分王宮でトップクラスで書類に忙殺されてるだろうしな。
いったいなんだと父に食って掛かったところ――比喩表現であってほしい――息子が作ってプレゼントしてくれたと自慢()したそうで……。そう言えば、ここ数年は面倒ごとしか父にお願いしてないので純粋なプレゼントって……あれ、ないな?
と、ともかく、そこから何故か王太子殿下からお呼び出しが――はい、そうですね、この世で一番書類に忙殺されてますね。結局、職人にお願いして改めて一本作ってもらい、献上することとなった。王太子殿下に献上するって言ったら震えていたが、あきらめてほしい。
結果として、なんかいろいろ装飾されている豪華な一本が出来上がった。職人の意地を見た気がする。
「これは……いいな」
「インクを補充する手間がかかりますが」
ペン先を走らせた王太子殿下が思わずと言ったように呟いた。いや、みんな書きにくかったんだろうなぁ。ほんとに。
インク交換は貴族は自分で補充することはないだろう。父も従者に任せてるし。ちなみに充填用にスポイトも一緒に作った。先が細くなってる金属の管の尻に、ゴムみたいになってる小さい魔物の胃袋をくっつけただけのものだが、ないよりましだ。注射器がないんだよな、この世界。大抵の病もケガもポーションで何とかなるからかもしれない。そもそもガラスが貴重だしな。
万年筆も今の目標はカートリッジ交換法だ。
万年筆は殿下に献上した後、宰相にも一本プレゼントしました。今んところ職人は俺が依頼をしていた職人しかいないので、ある意味ツェアフェルトの専売みたいになってるんだが……。あと、ペン芯の横溝は金属に一本一本職人が入れているので大量生産できないのだ。
この辺は横溝の役目がわかんなかった最初の方に作っていた簡易版を普及させるしかないだろう。使うのにコツはいるが、魔石ペンよりは書きやすいのは間違いないだろうしな。
何よりキャップをつければ持ち運べるのがいい。植飾紙と組み合わせればいろいろ使えそうだな。こっちも早く量産に入りたい。
……で、俺は殿下にも宰相にも「万年筆」の名前で献上したし、プレゼントしたんですが?
なんでヴェルナーペンの方が有名になってるんです?!
一般名詞化はどうにか阻止しないと!
万年筆
ペン軸に内蔵したインクが使用するにしたがってペン先に伝わってくるしくみの筆記具。
ヴァイン王国の中世期に登場した。それまで王宮の官僚を中心に使われていた魔石ペンに変わるように開発されたという。
特にツェアフェルト地方で生産、販売されている高級品は開発提案者であるヴェルナー・ファン・ツェアフェルトの名前を冠して「ヴェルナーペン」と呼ばれており、愛好家にとって憧れの品となっている。
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万年筆はWEB版64話です。
なんかないかなぁ、と思ってたら急に脳内でマックスがね……。
そしたらこうなりました。
なお、廉価版や類似品が出た際に差別化とブランド化に成功してヴェルナーペンの一般名詞化は防げました。
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