筆頭弟子
「うわあ、オイソシィ!」
昨今流行りのグルメ番組のリポーターみたいなことを言うてる筆頭弟子を見てると、なんや申し訳ないような気持になってきた。
「……草原、無理にべんちゃらなんか言わんでもええで。」と小声で言うと、それを聞きとがめた志保が「師匠~、そんなん言うたかて、草原かて気を使ってくれてんのやから……。」と合いの手を入れた。
「ところで、この黒焦げなんや?」
「肉じゃがです。オレは人参とジャガイモ切りました。」と草々がやり切った顔で言うた。
「そうか……、道理で一個一個が大きいと思ったわ。」
この仁志に比べたら、一の料理の腕はそこそこというところで、切れへん包丁を研ぎもせんと力任せに野菜切って怪我しそうになってた始めの一週間はともかく、味付けは、志保に習うた通りにやってるようで悪うはない。
まあ、せやからこそ、仁志が、『自分かて、うまくやれる』ていう気持ちにば~っかりこだわって、いつまで経っても上達せんのやろうけどな。
志保の方を見たら、あきませんわ、と言わんばかりの顔で首を横に振った。
今日も生煮えの野菜てことか……。
小草若に切らせて味付けは草々に任せるという日なら、まだ食べられるもんが出来る。不味いのは、その逆や。
草々が切った不ぞろいの野菜を、小草若が煮炊きするとなると、もうこれはあかん。
いっぺん味付けしてしもたら、その後はどんだけ煮直したところで、うまいこと柔らこうならへんからなあ。新しい食材を、食べられへんもんにすることにかけては、仁志は名人級やった。
「草原兄さん、何で来たんですか。」と草々の隣にいるうちの末っ子が不貞腐れた顔になった。
……小草若、それをお前が言うてやるな。
草原かて、お前のために呼び出したんやぞ、て言いたいのはやまやまやけど、それ言うたら、また拗ねてまうんやろうな。
一に続いて仁志が内弟子修行を初めてから一年と半月。
初高座も終えて、そろそろ料理かてどうにかなる頃合いかと思えば、一向に上達しないまま、下味の味付けを忘れてぼやけた味になっとる豚肉の炒めもんとか、ダシの素の代わりに砂糖入れた味噌汁とか、中年が食べるにはしんどいようなもんが食卓に並び続けている。
せっかく金出して買うてきた食材も、気が付いたら塩っ辛い味付けやら砂糖の甘味やらで、えらいことになってる。
まあ、俺が修行してた頃は、七輪で目刺し焼いて漬物切ったらそれでええ、て時代やったからな。師匠が楽させてもろて、弟子につべこべ言うのもアカンやろ。
仁志と一の稽古は、草原の頃よりも厳しいになってる自覚はあって、細々した料理みたいなもんはまあええかと、志保にもそない言い含めてたのが最初の躓きとちゃうやろか。
まあ、他の師匠のとこみたいに、料理だけは志保にやらせててもええねんけど、この草原がまあ、この先も落語家してたら嫁の来手があるか分かりませんから、っちゅうて上手いことやってたからなあ。
志保、なんで草原がおったあの頃に、仁志も一緒に料理仕込どかんかったんや、て言うて、こないだまた喧嘩してしもた。
仁志が味付けする順番の日にはこないして面倒見がいい筆頭弟子に甘えて、量が多い料理を食べさせるために電話で呼び出して……。
ほんま、俺が俺の弟子やったら、こんなメシ食べさせる師匠のとこからは裸足で逃げ出しとるで。
「師匠、したら、先に味噌汁からいかせてもらいます。」
草原が決死行の顔で断りを入れて来た。
今から八甲田山に行くわけでもあるまいに、そんな顔せんでも……とは言い切れんからなあ。
ほんま、悪いなあ。
頼りにしてるで、草原。
powered by 小説執筆ツール「notes」
20 回読まれています