【幕間SS】終わりの後でも、あなたと

 砂浜での騒動の後、私達はレッドさんを衛兵の方に引き渡したり、事情聴取をしたり、海の家の片付けをしたりと大忙しだった。
 と言っても、私は途中からの合流になっちゃったんだけど…………えっと……ちょっと眠っちゃってたから……。ふぅ……。
 それでも、明日からも海の家をお手伝いすることになったので、あまり夜更かしはしないでおこう。

 ユウゲンさんとユネルマさんはもう何処かに発ってしまったみたい。高位の冒険者の先輩がたとは何度かお会いしているけど……やっぱり毎回、前に立つと気が引き締まってしまう。向こうは自然体で立っているのかもしれないけど、どうしても歴戦の冒険者が発するオーラというか……覇気に当てられると、私には想像もつかないような経験をしてきたんだろうなと思って、物怖じしてしまう。
 ユウゲンさんも、フランクに接してはくださったけど、今日お別れする時は私のことをなんだか辛そうな目で見ていた。私の突飛な行動が何か負担を与えてしまったのかも……。申し訳ない気持ちで胸が一杯になる。

 宿に戻って来て、少し休んでから日記を書いた。色々なことが起こったので気持ちの整理をつけたくて。日記を書くと考えがまとまるような気がする。そして、書いた日記はどこかで残る……。誰も読まなかいかもしれないけど、世界に何かを刻めるような気がして私は好き。…………でも、恥ずかしいことも書いてるから、あんまり他人には読んで欲しくないかも……特に、今日の日記は自分でもしばらく読み返せない、と、思う。
 日記を閉じて、椅子から立ち上がって背伸びをしてみる。もうすっかり夜は深くなっていた。カーテンを開けると、昼の喧騒を全て吸い込んだかのような暗夜が広がっていて、その隙間を縫って煌々と星が瞬いていた。
 そういえば、今日はまだ日課の星への祈りをしていなかったなって考えたところで、今日ウィルさんにささやいたことを思い出した。そうだ…またお話しましょうねってお伝えしちゃったんだった。ちょっと遅い時間になっちゃったから、今から通話を掛けてご迷惑にならないか不安になる。それに…なんだか、気まずいかも。……それでも、言わなきゃ。
 ……よし、お話しよう。
 星に見守られながら、耳元のピアスに指を添えた。

「……」

 1つ目の呼び出し音。心臓がドキンとなる。ただ電話をしているだけなのだから何も気にしなくていいはずなんだけど……。普段、私からかけることが多いんだし、いつものこと…なんだけど。
 2つ目の呼び出し音。心臓の鼓動が早くなる。もしかしたらもう寝てるかも。今日はお話できなさそうだったら明日の休憩時間にでも、なんて、言い訳が浮かび始める。
 3つ目の呼び出し音──は鳴らなかった。

『……おう』

 ウィルさんの声。どきん、と心臓が飛び跳ねる。あんなことがあった後だからか、頭が真っ白になりそうになるけど、ぐっとこらえて声を出す。

「うぃ、ウィルさん、こんばんは。今少しお時間よろしいでしょうか……?」
『ああ、大丈夫だ』
「あ、ありがとうございます」

 何度も聞いたことのある声だ。素っ気ないように見せかけて、邪見には扱われてはいないと感じる、聞くと安心するウィルさんの声。気付けば心臓の鼓動も落ち着いている。

「あの……今日はありがとうございました。えっと…私が寝ちゃったときにどなたか呼んでいただいたんですよね? どなたに運んでいただいたのか分かりませんが、お手数をお掛けしちゃいましたね」
『あ? あー…………。まあ、気にすんな、半分は俺のせいみたいなもんだしな』
「あはは…お恥ずかしいところを……」
『で、身体はもう大丈夫なのか?』
「はい、おかげさまで……。ありがとうございました」

 ウィルさんは優しい方なので、こんな私のこともいつも気に掛けてくれる。だからこそ…。

「ウィルさん。あの……お話したいことがあります」
『っ……、お、おう。何だ?』




 だからこそ、今日のことは謝らなきゃ。

「今日はあんな軽率に行動してしまい、本当に、申し訳ありませんでした。改めて謝罪させてくださいませんか」
『……ああ、そのことか』

 少し息を深く吐くような音が聞こえた。何か別のことを言うのかと思ったのかな…?
 とにかく、許容も糾弾もなさらずに聞いていただけることは、有難いことだと思う。この真摯さに報いなくてはいけないんだ。

「あの時、ウィルさんが危ないって思って、気付いたら走り出していて…。このピアスを渡すときも頼りにしていますとお伝えしておいて…あんなことを……。本当に……っ……ごめんなさい……」

 ダメだ。泣いたら許されるわけでもないのに、涙が溜まってきちゃう。おさえなきゃ。

「わたしっ……ウィルさんを信じてたつもりなんです……うっ……で、でも、あんなことしちゃうなんてっ……心のどこかでウィルさんを、信じられて、ひぐっ、い、いなかったんじゃないかって」
『……』
「ウィルさんの言う通りっ、わ、わたしはおおばかですっ……ふっ……うぅっ……。ごめんなさいっ……」

 嗚咽が混じって上手く謝れない。ごめんなさい。泣いてなんかいずに、ちゃんとあやまるんだ。よりにもよってウィルさんを、信じることが出来なかった大不徳者。

「でもっ……ふぅっ……ふっ…………、も、もうしません」

 呼吸を整えて、落ち着かせる。

「ふぅっ……、これからは……っ、ウィルさんを信じます」
「ウィルさんの強さを、ウィルさんが帰ってくることを、信じます」
『……ん…………』
「ぐすっ……すみません、やっぱりきちんと謝っておかなくてはと思いまして……」

 数秒の沈黙──永遠のように感じたけど────のあと、ウィルさんが口を開いた。

『はぁ…………本当はもう少し小言の一つや二つでも行ってやろうかと思ってたんだけどな』
「ひゃう……すみません……。い、言っていただいても大丈夫です……!」
『ふっ……ははっ……、じゃあ一言だけな。バーカ』
「ひゃい……その通りです……」

 涙の跡が頬に残っているのに、一気に気持ちが楽になってしまった。私の自己満足でしかないけど、しっかりと謝って、たぶん、心配してもらえて、安心して暖かなきもちがじんわりと広がるみたい。

『もう言うまでもないが、二度とああいうことはするな。お前がああいう危険な真似をしたら悲しむ奴がいることは分かってくれ。……俺を含めてな』
「っ……は、はい……」
『それと、俺の事を信じると言ってたが、まずお前の魔法を信じろ。いつも、お前の援護にどれだけ助けられてると思ってるんだ。自分の力を過小評価するな』
「あ……それは…………ありがとうございますっ……」
『ったく、しばらく根に持つからな……』

 少し悲しそうな声だった。そうだ、知っていたはずなのに……私は私のことも気にかけなきゃいけないと。心配してくれる人がたくさんいることを忘れてはいけないんだ。もう一人で冒険しているわけじゃないんだから。

「はい。少しずつですが成長して、皆さんを守る力も伸びてきています。私は……私にできることで皆さんを、ウィルさんをお守りします」
『ああ、頼りにしてるぞ』

 本当に優しい声。
 そのあとはレッドさんのことをお話ししたりした。レッドさんのことも心配……特に、ウィングさんに一目惚れして即アタックしてしまう所とか。ちゃんとしたやり方で恋を叶えて欲しいと思う。だから、時々面会に行きたいと恐る恐る許可を取ってみたけど、やっぱりダメと言われてしまった。『一人では奴に会うな』、と。
 であれば、ウィルさんと一緒にだったらどうだろう。……と、実際にお聞きしてみる。『まあ、それなら……俺が見ていればいいか』とのことで、許していただけた。レッドさんに面会に行くときは必ずウィルさんと行くようにしよう。……ウィルさんがまた怒って、レッドさんをどうにかしてしまわないように気を付けなきゃ…………とりあえずウィングさんのことにはもう触れないようにして…………。

 それからは少し今回のことを振り返ったり、海のことをお話したりして、ちょっとだけ会話が止まった。その時、ふと『あの事』を聞いてみたくなった。

「……ウィルさん、そういえばなんですが……」
『ん? 何だ』
「えぇと…………レッドさんのお話を聞いてた時におっしゃってた……や、『やんねーよ』というのは……その……」
「ど、どのような意味だったんでしょうか……!」
『……は?』

 聞いたこともない素っ頓狂な声が聞こえてきて、ちょっとびっくりした。ウィルさんってこんな声出すんだ……。
 しばし二人の間に沈黙が流れる。

『……』
「……」
『あ……あれはだな……あー……』
「あっ……! 言いたくなかったら大丈夫です!」
『……いや、そういうわけじゃねえ。……上手く説明できねえんだ』
『まず、あの時はムカついてた。レッドにもお前にもな。……っていうか今もムカついてる』
「ひゃ……」
『ん……こほん。なんつーか、お前のことを何にも知らないあの頭のおかしい男がお前に入れ込んでて、お前もお前であんな阿呆のことを味方して、頭に来ちまった』
『だから、少なくともあんな野郎にお前をどうこうされたくなかった……ってとこか』
「ぇ……」
『…………はぁ、何を言ってるんだ俺は。すまんラクーン、悪いが今のは忘れて』
「な、なるほど……えへ、嬉しいです……」
『あ……? なんでだよ?』
「だって、ウィルさんに、そんな風に他に渡したくないパーティーメンバーだと思っていただけたということですよね? ありがとう、ございます……」
『……ん?』
「あ、でも安心してください! あくまでレッドさん自身の人柄を応援していたというだけで、あのような、アベックの方々になにかするような活動にご一緒しようと思ったわけではないですよ……!」
『は???』
「神官としてそのような行いをするわけには参りません!ですから、引き続き……」
「なにがあっても、冒険者としてウィルさんの、みなさんのお傍にいますよ!」
『…………』

 少しの沈黙のあと、今までで一番深いため息が聞こえてきた。ど、どうしよう……! 私また怒らせちゃったのかな……。ウィルさんに大切な冒険者仲間だと認めていただけたことが嬉しい、という気持ちを正直にお伝えしたつもりだけど……。

『……そうだな、そうだよ! お前なあ、なんで襲ってきた馬鹿にあんな肩入れすんだ!』
「うぅ……ごめんなさい……どうしても心からの悪人だとは思えなくて……」
『はぁ……ま、それもお前の良さか……』
「えっ?」
『いや、なんでもない」

 10分はあっという間だ。気付けばもう今日の分の通話時間が終わりそうになっていた。

『……なあ、ラクーン』
「は、はい」
『お前も明日は海の家を手伝うんだったよな?』
「そうですね、ロジーナさんお一人だと大変そうですし……せっかくならお力になりたいです」
『そうか……じゃあ明日どっかでちょっと時間くれるか?』
「え? は、はい……大丈夫です」
『ん、よかった」
「では、そろそろ切れるみたいですので、今日はこれで」
『ああ、そうだな。おやすみ』
「はい、おやすみなさい」

 もったいない気がして、ピアスが切れるまではこのまま繋いでいたいと思った。少しでも長く。

『あ、そうだラクーン』
「? はい」
『水着、かわいかったぞ』
「……ふぇ?」
『じゃあな』

 ちょうどそこでピアスの上限時間を知らせる通知音が鳴り、会話は途切れた。呆然とした私を残して。
 …………か、かわいい……。
 今回レッドさんに何回も可憐とか、綺麗とか言われて、そんなこと言われ慣れてないからすごくドギマギしてしまったんだけど、今は一番顔が熱い。だから、こういうことを皆に言うからウィルさんは……もう!

 火照りのままに改めて、ベランダに出て今夜も星への祈りを始める。どうか、私がどうなろうとも、皆さんと、ウィルさんと共にいれるようにしてください。
 そして……

 ──出来るなら、この心臓の高鳴りを少しでも落ち着かせてください。

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