お菓子だっていらないし、いたずらもしないから

 ソラシド市のハロウィンは無事に終わって、夕食まではしばらく仮装のままだった私たち。
 大魔女ヨヨお手製のカボチャ料理や、秋にぴったりなキノコたっぷりのグラタンを食べ終えてから、それぞれ部屋に戻って着替えた。この後はいつもと同じように順番にお風呂に入っていく時間だ。
 今お風呂にはソラちゃんが入っていて、ツバサくんは本を読みたいから最後にするって言っていた。
 私は別に今日は急ぎの課題もなくて、少し部屋でのんびりしていてもいいけど、ましろんはどうだろう。昼間は頑張ってお菓子を配っていたし、変身して戦ってもいる。疲れてるだろうから先に入ってもらってもいいけどな。
 そう思って部屋を出て、ましろんの部屋のドアをちらっと窺ったその時、んぅう~~っ! と中からましろんの苦しんでいるような声が聞こえてきた。慌ててドア越しに声をかける。
「ましろん!? どうしたの!」
「あげはちゃん!? ええっと、詳しくは入ってきてもらった方が早いかも」
 その言葉に従って私はドアを開けた。ましろんはベッドの上で、こちらに背中を向けた状態でペタンと座っていて、眉毛を八の字にしてこちらを振り返った。
「あげはちゃん~~」
「え、ええっと……?」
 見れば、ましろんの長くてきれいな髪が、背中側にあるファスナーに引っ掛かっている。今日ましろんは猫のお化けとして真っ白なマントを着ていたんだけど、その下にはオレンジを基調にしたワンピースを着ていた。
「着替えようと思ったんだけど、髪の毛が引っ掛かっちゃって。あげはちゃん、手伝ってくれないかな?」
「もちろん。ちょっと待ってて」
 私は二つ返事でましろんの側に駆け寄って、ファスナーを手に取った。そして挟まってしまっていた桃色の髪をゆっくりと動かしていって、無事に救出成功。
「オッケー。髪、取れたよましろん」
「助かった~! ありがとうあげはちゃん!」
 ましろんは嬉しそうに言うと、たっぷりとした髪を全部まとめて身体の前側の方に垂らして、背中のファスナーを一気に下ろした。
「んん?」
 真っ白な肌とキャミソール、その下にブラの線が透けているのがかいま見える。
「ま、ましろん……!」
「え? どうしたの、あげはちゃん」
 ましろんは肩甲骨をあらわにしながら、再びこちらを振り返った。エメラルドグリーンの瞳をきょとんとさせている。
 そ、そそそ、そうだよね、私の前で着替えるのなんて、別に普通にだよね。女の子同士だし? 体育の後みたいな感じで? 別に見られても問題ないからそうするわけで! そ、そうだよ問題ない。問題があるとしたら私の方だ。
「そ、そういえばましろん、お風呂先に入っていいよ! 私は部屋でやることあるし! そ、それじゃあ、そろそろこのへんで!!」
 それだけ言い残してすぐに退散することにした。ドアを閉める直前、ましろんの、ほんとにありがとう! それじゃ先にお風呂もらうね~って声が聞こえてきて、辛うじて、どうぞどうぞ~と言って、自室に戻る。
 なんだか一気に疲れてしまった。白猫のお化けのましろんも可愛かったのに、さすがにさっきのは刺激が強すぎる。
 街でお菓子を配り終えて、大魔女ヨヨからお菓子をいただいて。それからお互いにトリック・オア・トリートって言い合って、残っていたお菓子を交換したから、ましろんからはすでに『トリート』をもらっていたはずだ。まさかこんな形で追加があるとは思わなかった。
 ……いやいや。その表現もどうなんだ私。

 あーあ。ましろんのこと、会わない間は本当に淡い淡い『好き』だったはずだったのにな。
 けれど再会して、こうして一緒に住むようにもなって、どんどんこの気持ちはハッキリとした輪郭を持つようになっていった。最近じゃこんな風にすぐに意識してしまう。
 ――だめだな、私。
 この気持ちは胸にしまっておくことに決めたのに。そうじゃないときっとましろんを傷つける。
「いたずらもしないし、お菓子もいらない。だからこんな気持ち、おばけに取られてしまえばいいのにな……」
 そう呟いて溜め息をつくのだった。


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「そ、そういえばましろん、お風呂先に入っていいよ!」
 あげはちゃんがなんだか慌てた感じで私の部屋を出ていく。私は目をぱちくりしながら、結構勢いよくドアが閉められたために生まれた風が、素肌をひんやりさせたのを感じた。
 ――あれ?
 私は俯いて、改めて今の自分の格好を見てみる。ちょうどワンピースの袖から腕を抜いて、上半身が肌着だけになった状態だった。
「あれあれ、あれ~!?!?」
 急に顔が熱くなってくる。膝の上でくてんとなっているワンピースの上半分の生地で、胸元を隠すように掻き抱いた。
 見られちゃった、あげはちゃんに、身体。今更ながらとっても恥ずかしい。だってあげはちゃんは背も高いし、腰も細くてすっごくスタイルがいいんだよ。私みたいな子ども体型、全然、ぜんっぜん比べ物にならないんだから。
 ファスナーに髪が引っ掛かって、自分で頑張ろうとしたけど難しくて、後ろに回した腕がつりそうだったから、これでやっと着替えられる~って嬉しくって、つい脱ぎ始めちゃったけど、私ってばなんてことしたんだろう。
 ――仮にも好きな人の前で。
 私たちはもうあの頃の二人じゃない。プールに行って何のためらいもなく服を脱いだり、一緒にお風呂に入っていた子どもの頃とは違う。
 あげはちゃん言ってたもんね、今は子どもの頃からデリケートゾーンには本人しか触れたり見たりしないように気をつけてるし、保育所でも子どもたちにそう伝えるようにしてるんだって。だからさっきも慌てて出ていってくれたんだよね?
 あげはちゃんは保育士を目指して日々頑張っている素敵な大人で、私はまだまだ足元にも及ばない普通の中学生で、しかもあげはちゃんのことが好きで……。
 もっと気をつけなくっちゃ。次にあげはちゃんに下着を見せる時は、恋人同士になって、恥ずかしくないように成長した私でいたいよ。
 だから。
「お菓子だっていらないし、いたずらもしないから、だから早く大人になりたいな」
 そんな呟きは秋のしんとした気配の中に吸い込まれていった。

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