Welcome to the new world - デプ/ウル

「かわいいローたん。今素面?」
「……ああ」
 ソファーの背もたれからにょっきり生えた猫耳ヘアーに後ろからキスをひとつ。首にしっとり腕を回して厚い肩を抱いても、ローガンはうっとうしそうに首をひねるだけ。ああ! 本当にこのかわいい子猫ちゃんを拾ったのが俺でよかったと心の底から思う。あの寂れたバーで飲んだくれてた姿、何回観た? 俺ちゃんはTVAで500回くらい見た。オカズのために録画を持ち帰れるか聞いたけどダメだったから……とにかくあの時は切羽詰まっててそんな余裕もなかったけど、見返してみたらあの時のローガンたらなんて頼りなさげで(注1:アル中)、愛らしくて(注2:6フィート)、他のやつらにお持ち帰りされてなかったのが不思議なくらい(注3:200ポンド)。まあ俺が最初に連れて帰ったときは環境の変化にだいぶストレスもあったみたいだけど、ローラを迎えて帰る場所のできたローガンはようやくタイトなデニムに押し込んでいた尻をくつろげることができたらしく、あっという間に家飼い猫ちゃんになった。
 ありがとうパラドックス。俺の世界を窮地に追い込んだことは許してないから次会ったら全身の骨でビンゴをしてやるつもりだけど、最後はぎゅっとハグをして和解できるはず。だってベストウルヴァリンが、俺ちゃんの生活空間で普通に生活しちゃったりしてるんだから。
「ランドリーでアンタの洋服洗濯してたらなんか状況に興奮してきちゃって。俺たちも洗濯槽の中のシャツとアンダーウェアみたいにくんずほぐれつにならない?」
 ついでにお知らせ。俺たちセックスもするバディになりました。ここの詳細は省略ね、エクステンデットエディションを待ってて。
「アー……」
 チュッチュッチュッと耳にキスをしてとびきりエロく口説いた俺を、ローガンはやっぱり振りほどかない。鋭い三本爪で脳みそガタガタいわせられる暴力的なやつも今となっては恋しいけど、「許容されてる」この状況だってド級に抜けるシチュエーションだ。
 ローガンは適当な返事を投げたまま、読みかけの本から目を離さず熱心にページをめくってる。あのローガンがカズオ・イシグロに夢中になってるなんて、なかなかのギャップだよね。NOこそ返されなくても、いつもは良過ぎるくらいにすっぱりキレ味のあるローガンが渋るならほとんどNOみたいなもの。YESだったらとびきり情熱的に『私を離さないで』ていうつもりだったけど、それはお預けかな。反対の耳にもキスをして、首筋を撫でてた腕を解く。
「今日は気が向かない? OK、いいよ」
 断られることは想定済みだったし、何度も言ってるけどこの誰の手にも入らないって感じの宇宙一セクシーな男がひとつ屋根の下で一緒に過ごしてる状況だけでオナニーもアナニーもはかどりまくりなワケ。
「隣の部屋でシコっていい? 『本人に聞かれちゃまずい』って妄想で声を抑えてやるから」
 ランドリーからずっと堪えてきたうずきがもう抑えきれない。ドアに向かいながら前屈みになって振り向くと、あらかわいい、お目目をパチパチさせたローガンが俺を見ていた。
「何、どうしたの? 妄想の詳細聞きたい?」
「いや、なんだ………その、」
 もごもご、薄い唇がもじもじしてるのすらすけべに見える。アーもうダメ、また洗濯物が増えちまう。
「……嫌なわけじゃない」
 ───ワァオ。今のクズリ語、俺ちゃんじゃなかったら汲めてなかったね。エヘン、アー、つまり? お誘いに乗らなかったのは自分なのに、俺があっさり身を引いたことで『拒絶した』と勘違いされてるって勘違いしちゃった感じ? ちくしょう! 見ろよ、200ポンド級KAWAIIチャンピオンは本物だ。気にすることじゃない。
「ドピュッといかなかった俺を褒めて」
「何?」
「ゴメン、間違えた。モノローグとセリフがスイッチしちゃった───気にすることじゃない、本当に。俺は気にしてないし、あんたも気にしなくていい。お互いにビンビンに合意で一緒にわけわかんなくなるのが最高に気持ちいいセックス、そうだろ? 一方が冷静で一方が熱烈なんてので成立していいのはプロのお仕事かよほど理解のあるセックスパートナーとだけ。幸運なことに、俺ちゃんはソロプレイも超得意。ぶっちゃけあんたのその戸惑い顔でもうギンギンでヤバいから早いとこ一人で楽しんでくる」
 訝しげに眉根を寄せながら、ハ、と得意の笑い方で息を漏らす。「好きにしろ」と、キレの戻った言葉尻で今度こそローガンは正面に向き直った。
「ローたんも必要ならおすすめセックストイ、今度教えてあげる。マイルドな初心者向けからドラゴンフェチ向けまでラインナップはよりどりみどり───ちょっと待って、ローガンってアナニーしたことある? ああもうダメもたない」
「音は立てるなよ」
「ちょ、それずるい………ッあ♡」



 それから、数日後。数週間後? 前後不覚から目が覚めたところで正直はっきりわからない。ひじ掛けを枕にソファーに沈んでいると、上から「ウェイド」と声が降ってきた。目だけをそっちに向けると、フードでできた赤い柵の向こう側に、輪郭のぼんやりしたハンサムがいた。すげえ、目がぼやけててもハンサムってわかるもんだな。
 慮った指先が俺の顎の下を撫でて、口元に残ってた涎の跡をざりざりと削る。「ウェイド」もう一度呼ばれて、硬い親指が下唇を触ったことで意図がわかった。
「悪いんだけど……ご覧の通りだ。ここどこ……いま何時……?」
「"別荘"、2時」
「昼?」
「夜」
「だよな。プリンセスたちは……」
「"本邸"」
 ソファーの足元にローガンが腰を下ろす気配がする。ご希望を叶えてやれず悪い気もするが、ここで調子に乗ると最悪な目に遭うと俺もコイツも学習済み。前に完全に抜けきらないうちに判断を誤ってヤろうとした結果、吐瀉物まみれになった経験がある。
 仰向けになると、視線の少し下にくたびれた猫耳ヘアーが見えた。相変わらず愛らしい後頭部だこと。気づいたら俺はその毛先を指で撫でていて、指先の触感を頭が理解するまでにはだいぶかかった。榛色の視線がもの言いたげに沈黙していると気づくのにはさらにかかった。
「文句聞くくらいならできるけど」
「………お前に倣うなら、引き下がるべきなんだろ」
「引き下がる? 何から?」
「……お前は、無理強いしない」
 その言葉で、意識がわずかに現実に引き戻される。いや、わずかどころじゃない。全身の修復因子が急に薬物耐性をインストールし始めたみたいだ。凝視する俺に耐えかねて、ローガンの頭が逃げるようにそっぽ向く。
 もとより俺は性欲はそこそこ、人とセックスするのは積極的に楽しめる。気心の知れた相手なら、かなり、楽しめる。自分で好きなように楽しみたいときもあるし、実際ソロプレイも一流、妄想も呆れるほど豊かで、楽しみ方のバリエは超豊富。その一方でローガンは、まあ俺が語るよりX-MENシリーズを観た方が話は早いし面白いはずだ。つまり人肌恋しさに悩むことがないのがウルヴァリンのデフォルト。セックスを断られることも、ましてや断ることも経験がなかったのかもしれない。
「………………正直、手だけ貸すとかやりようはあるかなって思ってたけど、アンタのそのムニャついた顔が可愛すぎるから今日はお断りさせていただくことにした」
「何? ヤる気があるならイエスって言え」
「いや~可愛すぎるね。答えはNOだ」
 ぐう、っとローガンが文句やら何やらをなんとか飲み込む。あまりにも飲み込むものがデカすぎて息止まってんじゃないかと思った。このローガンに出会ってからこれまでにもそれはそれはいろんなサプライズがあったけど、200歳が性合意を学ぶ瞬間に立ち会えるなんて、2024年までいろんな壁をぶち破るのを堪えた甲斐があったってもんじゃない?
 ま、いうて彼はワーストちゃん。怒り肩でソファーを殴ると荒々しく立ち上がって、「クソ」と一言吐き捨てた。予想では、とりあえずそこらじゅうの物に当たって、酒ひとつ持ち出して都合のいい人でもひっかけに行くかな? といったところだったが、現実のローガンは常に俺の予測を上回る。いろいろな面で。
「どこ行くのローたん」
 酒は持てる限りを手に、床に放ったままの上着を拾うこともなく怒気を孕んだ背中がずんずんと部屋の奥へ向かう。外へ出るドアは俺の頭上の向こう側、俺が足を投げ出したローガンの進行方向には最近掃除が捗っているバスルームと、カーテンで間仕切っただけのベッドルームがあるだけだ。
 ぐるんと音が立ちそうな勢いでローガンが振り向く。眉間はヒマラヤ、眉尻は吊り上がって鼻の頭にもメリメリ皺が寄ってる、絵に描いたような不機嫌顔だ。
「シャワー浴びて酒飲んで寝るんだよ! クソ野郎!」
 誰も彼もが金玉を竦み上がらせる怒号はそりゃあ恐ろしいもんだけど、なあ、たかだか俺ちゃんを慮って、セックスしたさにムラムラ抱えて目尻赤くしてるエロい男のどこにビビればいい?
「Awwww……ようこそ21世紀へ、暴れん坊クズリちゃん」



@amldawn

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