きっとわたし達は、月からやってきた

アイカツフレンズ 白百合姉妹の幼少期についての捏造です。アニメ19話を見て、まだ二人がどんな子なのかほとんど分からなかったときに書いた妄想姉妹百合ss。(口調も雰囲気で想像して書いてますね……)



----------------------------------
――きっとわたし達、月からやってきたんじゃないかしら?

 はじめにそう言ったのはさくやお姉様でした。
 それはまだわたくし達が小学校に上がる前。風もなく静かで月の綺麗な夜のこと。
 その日はわたくしたちのお誕生日で、いつもよりちょっぴり豪華な夕食と、たくさんのイチゴがのったケーキを戴いて、わたくしもお姉様も嬉しくってたまらない気持ちでした。
 お父様はお揃いのお洋服を下さって、お母様はさくやお姉様にヘッドドレスを、わたくしにリボンを下さいました。
 お父様とお母様はわたくし達を交互に見て、言いました。
「さくや、かぐや。お前達が生まれたのは今日みたいな月の綺麗な晩だったんだよ」
「そうだったわね。あなた達をお月様が導いて下さったのかもしれないわ」
 窓から見える、細く尖った三日月は、無数の星々を携えて、夜の空に輝いていました。
〝さくや〟〝かぐや〟
 それがどちらも月をあらわした名前であることは既に知っていました。
わたくし達は導かれるように金の光を目で追い、空に思いを馳せました。
 
遠くに住むおばあ様からは小包が届いていました。
 中身はとってもきれいな絵本。月に住むふたりの妖精のお話でした。
 宝石のようなきらめく瞳に、銀色の髪をした妖精達は、月の光の糸を集めて、それを紡いで絨毯を作るのです。それに乗って夜の空を飛び回るというんですの。
 とってもとっても素敵で、さくやお姉様もわたくしも夢中になって、何度も何度もお母様に読んでとせがみましたわ。最後のページがくれば、ふたりで声を揃えて「もう一度」と。
結局お布団に入ったのは、いつもより時計が一周多く回った頃。
 遅い時間でしたからすぐに眠りにつきました。

夢を見ました。
 目の前には、黄金色をした大地があって、きらきらと輝いてどこまでも続いていました。
その世界ではさくやお姉様とわたくしは月の妖精でした。ふたりで夜空を眺めながらお散歩している、そんな夢なのです。それはとっても素敵で、頭の上のお星様も綺麗で、何よりもお姉様が一緒だから、あんなにも素敵だったのでしょう。そこにいるのがとても当たり前のような気がして、このまま目覚めたくないと思いましたわ。
それなのに、どうしてなのでしょう、胸がぎゅうっと苦しくもなるのです。
 気付けばそこにはお部屋の天井があって、わたくしは目が覚めていました。
 辺りは真っ暗で、まだ真夜中なのでした。
 繋いでいた指先が――さくやお姉様とわたくしはいつも手を繋いで眠るのですけれど、その指がわたくしのそれを掴み直したので、お姉様も目が覚めていらっしゃるのが分かりました。
お部屋は暗いままですから、さくやお姉様のお顔をきちんと伺うことはできませんでしたが、わたくしはお姉様のことが何だって分かりますから、少し眠たそうで、でもどこか悲しそうな、そんなお顔をされているのが分かっていました。そして、その時わたくし自身も同じ表情を浮かべていることに気付きました。
そしてこうお尋ねしたのです。
「ねえさくやお姉様、もしかして今、お姉様も夢を見ていたんじゃないかしら?」
「ええ。もしかしてかぐやちゃんも?」
「そうなんですの!お姉様、それってもしかして月の夢ではないかしら?」
「……!その通りよ!わたし達が妖精になって歩いているの。かぐやちゃんも見たのね?」
 わたくしは大きく頷いて、そしてお姉様と手を取り合いました。
ああ、わたくし達は、やはり何もかも同じなのです。その喜びで胸がいっぱいになりました。そしてお姉様は言いました。
「――ねえかぐやちゃん、きっとわたし達、月からやってきたんじゃないかしら?」
「え?」
「前にね、かぐやちゃんがお熱でお母様と病院に行っている間に、おばあ様が来ていらしたでしょう?その時に教えてくださったの。〝生まれ変わり〟というものがあるって。生まれる前の〝前世〟で住んでいた場所に行くと、とっても懐かしい気持ちになるそうなの」
 生まれ変わり。前世。
 聞きなれない言葉でしたけれど、それはとてつもなく素敵なことのように思えました。
「さっきの夢の中で、なんだかとっても胸がぎゅうっとなって熱くなったのよ」
「同じですわ。わたくしも、なんだか〝悲しい〟のに似たような気持ちになりましたわ」
「でも〝悲しい〟のとも少し違うわよね。きっとこれが〝懐かしさ〟なのではないかしら?わたし達が、前世で月に住んでいたから」
 暗い部屋の中、そう言ったお姉様のお顔が、ときめきに輝いているであろうことはすぐに分かりました。もちろんわたくしも同じです。
 黄金色の光の中、お姉様と歩いた月の大地。
確かにずっと昔に、そこを歩いたことがあるような、そんな気がしてきます。
そしてそれは、お姉様とわたくしだけが共有する記憶なのです。わたくし達は、前世でも一緒だったということなのですから。それってなんて素敵なんでしょう!
わたくし達は前世では月の妖精だった。そして生まれ変わる時、お月様のお導きでこの地に降り立った。きっとそうに違いないと、考えれば考える程、そうとしか思えなくなってきました。
「お姉様の言う通りですわ!わたくし達は、月からやってきたんですわ!」
 嬉しくなって、わたくしもお姉様と同じくらい弾んだ声でそう言いました。

 まもなくわたくし達は、小学校に入学しました。
最初のうち、さくやお姉様は学校に行くのを随分不安そうにしていました。
 お父様やお母様が一緒ではない、わたくし達こどもだけで、このお家から外に出るというのを恐れていらっしゃいました。だって、ここは月とは全然違います。黄金色の大地がずっと続いているなんて、そんな光景はどこにもありません。
もちろんわたくしだって、正直怖いと感じていました。けれど、震えるお姉様の手を握った時に思ったのです。わたくし達はふたりでいれば、どこだって大丈夫だと。
きっとお姉様は月での記憶が私より強く残っていらっしゃるから、恐れる気持ちが大きいのかもしれません。それならばわたくしがお姉様とずっと一緒にいようと、そう決心したのです。
わたくしが改めてぎゅっと手を握ると、お姉様はやっと安心したように微笑みました。

学校という所に行くことで、わたくし達がやはり特別な存在であることを思い知ることになりました。
 わたくし達のようにそっくり同じ姿、形の子は他にいませんでしたもの。
 わたくし達は、世界に二人だけ。他の子とは違うのです。特別なのです。
 そもそも月からやってきたのです。特別だなんて当たり前の話ですわね。
 周囲はわたくし達をよく間違えました。こんなに同じなんですもの、仕方のない話ですわ。
 わたくしはそれを誇らしく思いました。だってお姉様とわたくしがどんなに同じであるかの証明なんですもの。
 大好きなお姉様と〝同じ〟なのはわたくしだけ。
 誰かがわたくし達を取り違えて呼ぶ度、その人をからかってみたりしました。お姉様に目配せをして、こっそりウインクを交わしたりして。

 字が読めるようになると、お家の書斎はさくやお姉様のお気に入りの場所になりました。
 お父様がおじい様から引き継いだ書斎には、天井まである本棚にたくさんの本がぎっしりと詰まっていました。お姉様はそれを片っ端から読み進め、わたくしはその傍らで、そんなお姉様を眺めていました。
 その本を見つけたのはいつだったでしょう。分厚い革の、紺色に金の装飾の表紙が夜空を思わせました。
「ねえ、かぐやちゃん……これ」
「ええ、もしかすると……いいえ、絶対に素敵な本ですわ」
お姉様の指は描かれていた月の紋様に導かれるようにその表紙を開きました。
それは占いの本でした。
ダイスや水晶、タロットに星占術。様々な占いのことがつぶさに書いてありました。
わたくし達は早速占いに夢中になりましたわ。
まずは星占術。書庫にあった本と睨めっこしてホロスコープを作って、お父様やお母様の星座を占ってみました。
それからもちろん占いの方法はたくさんあって、わたくし達はそのどれもをやってみたいと思っていましたわ。だからお母様にお願いしてダイスや水晶を買って頂きました。道具は決して安価な物ではありませんでしたが、普段ほとんど我儘を言わないさくやお姉様が、買ってもらえるまで食事を絶つと言ったのです。お母さまは苦笑しながら、仕方がないわねと折れるしかありませんでした。
おばあ様のお知り合いのプロの占い師の方が勧める本格的な道具を手にして、わたくし達は色々なことを占ってみました。
占う時だって、わたくし達は一緒でしたわ。
ダイスを転がす時も水晶に手をかざす時も、タロットカードを捲るときも、いつだってわたくしはお姉様の手に自分のそれを添えて、せーので占いました。さくやお姉様とわたくしは〝前世〟からずうっと一緒なのですから、これは当然のことでした。
わたくし達は、こっそり夜更かしをして、色々なことを占いました。明日のお天気、抜き打ちテストあるかどうか、来月の学芸会について、そのほかにもたくさんたくさん。
そしてそのどれもが100発100中。全て的中したのです。
それはわたくし達だけの秘密でした。
だってみんながみんな未来や運命を知っていたら、つまらないでしょう?
それではなぜわたくし達だけに未来や運命を知ることが許されるのでしょうか。
そんなの決まっています。わたくし達が、〝特別〟だから。
「ねえ、かぐやちゃん、こんなにも占いが当たるなんて、やっぱりすごいわね」
「ええ。だってわたくし達はほかの子とは違いますもの」
「ふふふ、そうね。お月様のおかげね」
「生まれ変わる前はお月様の力の源のすぐ近くにいたんですのよ、当然ですわ」
 そんな言葉を交わしてくすくす笑い合っていると、お母様の足音がしたような気がしました。時計を見るともう日付が変わるような時分で、こんなにも夜更かししていることがバレれば、叱られるに決まっています。
わたくし達は慌ててベッドサイドのルームランプを消してブランケットを被りました。明かりのなくなった部屋は俄かに暗闇となって、光源はカーテンの隙間から入り込んだ月の光だけになりました。
今夜は満月。僅かな光でも十分に明るくて、わたくし達はそれを頼りに占いの続きを再開しました。
「さあ、今度はどんな結果になるかしら」
「ええ、お姉様。またお月様に聞いてみましょう」

 そんなある日のことでした。
 それはお昼休みのことです。みんな給食を食べ終わり、めいめいに遊んだり、お話したりしている時でした。わたくしはいつだってお姉様と一緒にいますから、その日もやはりお姉様とお話して過ごしていましたわ。
 すると、前の席で大きな声ではしゃぎながらおしゃべりしていた女の子のうちの一人が不意に席を立とうとして、お姉様の机に椅子の背を勢いよくぶつけてしまったのです。机は大きく揺れ、お姉様がペンケースの中に入れていつも持ち歩いていた占いのダイスが、そこから飛び出して床に転がってしまいました。
「ひゃっ!ごめんね、白百合さん!」
「いえ、大丈夫ですよ。でもダイスが……」
「だいす……?」
 3つあったダイスは、そのうちの1つはお姉様の足元にありましたが、あとの2つはどこかに転がって行ってしまって見当たりませんでした。
「ちょっと、さくやお姉様の大切な大切なものですのよ!どうしてくれますの!」
 わたくしは思わず大きな声を上げました。だって、お母様に慣れないおねだりまでして買って頂いた、大事な占い道具なんですもの。ギリギリと歯を食いしばりながらその子を睨みつけてやると、彼女は怯えたように目を伏せました。
「え、えっと……ごめんなさい」
 すると、先程まで彼女と楽しそうにはしゃいでいた彼女の友人たちがいかにも不愉快そうにわたくしのことを睨み返してきました。
「なによ、わざとやったわけじゃないでしょ?」
「っていうかよく分かんないけど学校におもちゃ持ってきちゃいけないんだー」
「ほんとほんと。大事なものなら家に置いて来ればいいのに!」
 その言葉に思わずわたくしは机にバンと手を叩きつけて立ち上がりました。
「お、おもちゃっだなんて、なんて言い草ですの!許しませんわよ!」
 わたくしと彼女たちは互いにギッと睨み合います。
そんな一触即発の空気の中、さくやお姉様がわたくしの方に優しく手を置きました。
「かぐやちゃん、落ち着いて。あの、みなさんも。わざとではないんですもの、どなたも悪くありません」
 そう言って、お姉様はこくんと首を傾けて微笑んだかと思うと、まだムッとしている彼女達へ向けて言葉を続けました。
「でも、ダイスがとっても大切なものだというのは本当です。だから、すみませんが探すのを手伝って頂けると嬉しいのですが」
その時、少し曇りがちだった空を覆う灰色の雲の切れ間から陽の光が漏れて、教室の窓から差し込みました。さくやお姉様のお顔はその光に照らされ、まるで天上からきた天使のそれのように見えました。その場の誰もが、お姉様から目を離せなくなっていました。
しばしの間、教室に沈黙が訪れましたが、再び雲が太陽を覆い隠すと、目の前の彼女達はハッとして言いました。
「――まぁこっちがぶつかったせいなんだし、私達も探すよ、その、だいす?ってやつ」
「そうだね。どんなものなの?」
「こちらと同じ形で、色が違うものなのですが……」
 さくやお姉様はただ一つ手元にあるダイスを彼女達に見せ、早速一緒に探し始めました。もちろんわたくしも一緒に。
 ダイスは存外簡単に見つかりました。少し離れた席の椅子の下と、掃除用具入れのロッカーの側。複数人で探せば早いものでした。
「みなさん、ありがとうございました。おかげですぐに見つかりました」
「ううん。全然いーよ」
「見つかってよかったねえ。それで、これって何なの?〝だいす〟って言ってたよね?お守りみたいなもの?」
 すっかり気を良くした彼女達は、ダイスを指してお姉様に尋ねました。
「そうですね、今はもうお守りのような気もしていますが……これは占いの道具なんです」
 お姉様がそう言うと、彼女達はぐいっと身を乗り出しました。
「占い!?なにそれすごい!占えるの!?」
「すごいすごい!えー、ちょっと占ってみてよー」
「じゃーあー、まりかの好きな人!知りたい!」
「え、まってよ、なんで私なのぉ」
 お姉様は少しだけ迷われた後、わたくしに目配せをしました。すぐにその意味するところが分かりましたので、わたくしはその瞳に微笑みで返しました。
「ダイスを見つけて下さったお礼に、占いましょう」
お姉様がそう言うと彼女達はわぁっと嬉しそうな声を上げます。
 さくやお姉様がわたくしにまた目配せをされました。今度は〝占いを始めよう〟という合図です。そうわたくし達の占いは、いつも二人でするものなのですから。
しかし、彼女達のうちの一人が、お姉様とわたくしの間に立って、それが阻まれました。彼女に他意は無く、たまたまそこに立っただけだったようです。しかし、そのままお姉様は占いを急かしに急かされ、仕方なしに一人でダイスを振るに至ったのです。
 白い指先に転がされたダイスは再び差し込んできた陽の光にきらめきました。お姉様は出た目を占いの本で確かめて、数回瞬きをしてから、彼女達にそれを告げました。
「想い人は……陽の光のようで、動的でいらっしゃる。そうですね、何かスポーツをされていて……冬生まれで、それから外国のものと相性が良くて、〝桜〟に関係のある方。もしかして、サッカーチームのエースで英語が得意な2組の桜井くんでしょうか」
 お姉様がそこまでおっしゃると、彼女達のうち、恐らく彼女がまりかちゃんなのでしょう、長い栗色の髪のその子が真っ赤な顔をして両手で口元を抑えました。
「え、まりか、ほんとに桜井くんなの!?」
「うそー当たったってこと?すごーい!」
 お姉様は見事にお一人でも占いをして、見事に的中させたのです。
 教室の中はざわめき始めました。先程彼女達と険悪な空気だった時にも周囲の視線は浴びていましたが、今やここにいる全員がさくやお姉様に好奇の視線を向けていました。他の女の子達も次々にお姉様の周りに寄ってきて、私も私もと求めます。
すぐに占ってもらう順番を決めたりなんてして、順番の列を作るほどでした。
お姉様は次々に占ってはピタリと当てていきました。ふたりでこっそり特訓した占いの成果がこんな形で日の目をみるなんて。
それは喜ばしいことのはずでした。しかしわたくしは戸惑っていました。
今まで家族以外の誰にだって占いのことは言ったことがありませんでした。本音を言うと、このすごい力をみんなにもっと知ってもらいたいと、心のどこかで思っていたことも事実です。
しかし周りに知られるというのがどういうことなのか、この時ようやく理解したのです。
それは、崩壊でした。さくやお姉様とわたくしだけの秘密の時間の崩壊でした。
占いもう〝さくやお姉様とわたくしだけの秘密〟ではなくなってしまったのですから。夜な夜な月明りの下で微笑み合いながら、一緒にダイスを振ったあの日々……——。
それが一気に崩れ落ちていく音が聞こえてくるようでした。
――それに。
いつも一緒で、お家でも学校でも、ずっとふたりだけの時間を過ごしてきたわたくし達。でも今、昼休みの教室の中、お姉様はたくさんの方に囲まれて、にこにこと笑っていらっしゃいます。
占いが〝わたくし達だけ〟のものではなくなったと同時に、さくやお姉様が〝わたくしだけ〟のものではなくなった、それはそんな光景でした。
きっとこの先も、もう元の〝わたくし達〟には戻れなくなる、そんな予感を秘めた光景。
 どうしていいか分からなくなって、わたくしは思わずそれを胸に抱きました。
わたくしの分身であり、お姉様の分身でもある、もう一つの占い道具、水晶。
お姉様がいつもダイスを持ち歩くように、わたくしも水晶をお守りのように手提げ鞄に忍ばせていました。今、さくやお姉様との絆を感じられるものは、この水晶のほかにありません。ひんやりとした球体がだんだんわたくしの体温で温まっていきます。それはとても心地よく、安心感を覚えてしまうのでした。
「かぐやちゃんのそれはなあに?」
 ふと見ると、さくやお姉様の占いの順番待ちをしていた女の子の一人が、わたくしの方を見て尋ねました。
「これは、水晶ですわ……」
 わたくしが力なく答えると、彼女は目を輝かせました。
「もしかしてそれも占いの道具!?すごい!じゃあかぐやちゃんも占い、できるんだ?」
「え、あ……」
 答えに窮したわたくしは、真っ先にさくやお姉様の方を見ました。
お姉様の方も、人波の向こうからこちらの方を伺って下さっていて、ピタリと目が合いました。お姉様は微笑んで、頷いています。
そうです、お姉様だって一人で占いができたんですもの。さくやお姉様とわたくしは、同じ。ならばわたくしにだって出来ないはずがありません。
「ええ、仕方ありませんわね。特別に占って差し上げますわ!」
「わーい!あのね、週末、塾を休んで遊びに行きたいんだけど、どんなタイミングで言ったらママが良いって言ってくれるか占ってー!」
「まかせてくださいな!」
 わたくしは胸を自分の拳でどんと叩いて、早速水晶に向かいました。
 一つ、大きく深呼吸をしてから、目を閉じ、いつもお姉様と一緒の時と同じように、水晶に手をかざして。
 こうすると、きっといつものように、きらめくモチーフが見えて、それが未来を導いて下さるはず。
「……あら?あらあら?」
「どうかしたの?」
「ええっと、今日はいつもより時間がかかるみたいですわ」
「ふぅん?そっかー」
 いけません、少し雑念が入ってしまったかもしれません。
 もう一度深呼吸をして、手をかざしました。

――目に映るのは真っ暗なものだけでした。

「ね、かぐやちゃん、まだぁ?」
「え、ええっと……これはその、つまり……」
 わたくしは両方のこめかみの辺りを人差し指でぐるぐるとしながら、占いの結果を考えました。
「そう、これはよくない予兆……!今は決してお母様に言ってはなりませんわ!」
 わたくしの言葉に、彼女は目に見えてしょんぼりとして、「そっかぁ……」と、ため息をつきました。すると、彼女を友人達が呼びました。
「りんかちゃん、さくやちゃんの占い、次はりんかちゃんの番だよ!」
「えっ、ほんとう!?」
 彼女、りんかちゃんは、すぐにさくやお姉様を囲む輪の中に入っていきました。
 まもなくチャイムが鳴って、先生が教室にやってきたので、みんな慌てて席に着きました。
 さくやお姉様は、これまでと同じように、変わらずにわたくしの隣の席に座っています。
ですがどうしてでしょう。こんなにもお姉様が遠いと思えてしまうなんて。

 放課後になりました。
 帰りのHRが終わったと同時に、さくやお姉様はまたお昼休みのように女の子達に囲まれてしまいました。
「さくやちゃん!私も占ってほしいの」
「私も!」
「それでね、言っちゃうと、みんな恋のことを占ってほしいのね。だから、学校はちょっとなぁってことで……」
「みかちゃん家、今日はお友達を呼んでも大丈夫なんだって。だから、みんなでみかちゃん家に行こうかって」
 彼女達は口々に言って、さくやお姉様を誘いました。
 お姉様は、まるで当たり前だと言うように、わたくしの方を向きました。
「かぐやちゃん、どうする?」
 そうです、わたくしとお姉様はいつも〝同じ〟
 お姉様がクラスメイトのお家に遊びに行くのなら、わたくしだって一緒に行くに決まっていますわ。
――でも、本当に〝同じ〟なのでしょうか。
 クラスメイト達に囲まれて、楽しそうに微笑むさくやお姉様。
 一人でもピタリと占いを的中させたさくやお姉様。
 先程のお昼休みの、わたくしの水晶占いのことが思い出されてきました。
水晶の中は真っ暗で、しんと静まり返っていました。あれが、本当に悪い結果を暗示している状態なら、もう少しイメージが流動的に見えているはずです。
しかし、水晶はうんともすんとも言わなくて、つまりそれは何も見えなかった、ということにほかならないのでした。
二人だと100発100中の占い。
一人でも同じように占えたさくやお姉様。一人では占えないわたくし。
これが何を意味するのかなんて……——。

 お姉様と目が合いました。その澄んだ瞳が、こちらをじっと見つめています。わたくしは振り絞るように声を出しました。
「わ、わたくしは……行きませんわ」
「そう?かぐやちゃんが行かないのなら、わたしもやめておきましょうか」
 お姉様のその言葉に、反発したのは誘ってきた女の子達でした。
「なんでかぐやちゃんが行かないとさくやちゃんも行かないの?」
「おかしいよ!」
「私達はさくやちゃんだけでも全然いーし!ほら、行きたくない子は置いといて、いこいこ」
 手を引かれ、背中を押されるままに、お姉様は教室を出て行ってしまいました。
 わたくしは、しばらくその場を動けないまま、じっとうつむいていました。
 やがて、他の子もみんな帰ってしまって、教室にはわたくし一人だけになりました。
 昼間の雲はすっかり晴れて、教室の中は茜色に染まっています。
 窓の外から、下校中のみんなの楽しそうな声が聞こえてきます。お姉様も、あの子達とたのしくおしゃべりをしながら、みかちゃんのお家へ向かっているのでしょうか。
わたくしは手提げ鞄から再び水晶を取り出しました。
夕日がガラス面に反射して、それは何だか切なげに輝いて見えました。
一つ大きく深呼吸をして、目を閉じて、手のひらをかざしました。
水晶はやはり静まり返ったまま。
ポタリと、その丸い表面に水滴が零れ落ちました。それはわたくしの涙でした。
 涙は止まらないまま、水晶を濡らしていきます。
 わたくしは、さくやお姉様とは同じではありませんでした。
 確かに顔や形はそっくり同じ。でも、それだけでした。
 わたくしという人間の本質はお姉様には到底及ばないような、まがいものだったのです。

――もしかしたら、月からやってきたのはさくやお姉様だけなのかもしれません。
 さくやお姉様が月からいらっしゃったのは確かでしょう。あんなに素晴らしい方が、地上で生まれた他の人間と同じであるはずがありません。月で生まれ、その力を受けて、この世に生まれ変わった、特別な方。
ですがわたくしは。
もしかすると、わたくしは、そんな月への憧れが作り出した、まねっこ品なのかもしれません。姿形だけをまねて作られた、ただの人間。
お姉様をもとに作られたまねっこだから、なんとなくお姉様の考えと似た思考を持てたのでしょう。お姉様のことを誰よりも分かっているなんて、それが〝同じ〟だからだなんて、とんだ思い上がりだったというわけです。
わたくしはもう顔をぐずぐずにして、水晶を抱きしめながら声をあげて泣きわめきました。大きな声で思いっきりわんわん泣きました。こんなに声を出していたらさすがに誰かが来てしまうかしらとも思いましたが、ちょうど下校時刻を知らせるチャイムが鳴って少しは声をかき消してくれたので、大丈夫でしょう。
しかし、チャイムが鳴り終わった時、教室の扉が開けられました。先生でしょうか、それとも忘れ物でも取りに来たクラスメイトでしょうか。そんなのもう知りません。
涙に滲んだ覚束ない目でそちらの方を見ると、そこにはいるはずのない人物がいました。
「かぐやちゃん、どうしたの!?」
 それはさくやお姉様でした。
そうです、先程女の子達と先に帰ったはずのお姉様が、一人で教室の扉のところに立っているのです。
「さくや、おねえさま……?どうして……?」
 その問いには答えずに、さくやお姉様はぐにゃりと泣き出しそうに顔を歪めたかと思うと、こちらに駆け寄ってきて、わたくしを抱きしめました。
「かぐやちゃん、かぐやちゃん……!」
 切羽詰まったようにわたくしの名を呼ぶお姉様の瞳には、うっすらと涙が滲んでいました。
「さくやお姉様、どうしてここにいらっしゃいますの?クラスのみなさんと一緒に帰ったのではありませんでしたの?」
 お姉様はふるふると頭を横に振りました。
「だって、胸の奥がきゅうっと痛くて、悲しくて悲しくてたまらなくなったのよ。きっとかぐやちゃんが泣いているって思ったから、いてもたってもいられなくなって気付いたらここにいたの」
「どうしてそんな、わたくしのことなんてお分かりになったの……?」
 ぽろりとわたくしの口から零れ落ちた疑問の言葉に、お姉様はぱちぱちと目をしばたたかせて、くすっと笑いました。
「そんなの当たり前じゃない。わたしとかぐやちゃんは〝同じ〟で〝特別〟なのよ」
 さくやお姉様の唇で紡がれたその言葉は、きらきらと輝いて、でもだからこそわたくしは苦しくなりました。
「いいえ。いいえ違いますわ。だってわたくし、お姉様のように占えなかった……!わたくしはさくやお姉様と〝同じ〟なんかじゃなくって、ただのまねっこで、本当に〝特別〟なのは、お姉様だけですわ……」
「かぐやちゃん……」
 お姉様は再びわたくしをぎゅうっと抱きしめました。そして背中を優しく撫でながらわたくしの耳元で囁くように言いました。
「かぐやちゃんは〝特別〟よ。わたし、かぐやちゃんを見ているといつも懐かしい気持ちになるのよ。こうしてかぐやちゃんを抱きしめていると、自分を抱きしめているような気持ちになるわ。同じ香りがするから。これはきっと月の香り。あの夢で見た、月の世界と同じ香りだわ。だから、前世で一緒にいたのはかぐやちゃん。わたし達はずうっと昔から〝同じ〟で〝特別〟なのよ」
「でも、でもっ、わたくしには占いが出来なくて、お月様の力なんてありませんのに……?」
 再び涙が瞳の奥からせり上がってきます。そんなわたくしの頭をお姉様はゆっくりと撫でました。
「きっとかぐやちゃんの月のチカラはまだ目覚めていないだけだわ。だから、大丈夫」
 お姉様のその指先が心地よくて、与えてくれる希望の言葉が嬉しくて。
 何が真実なのか、本当のところがはっきりとしたわけではありません。
 ですが、ひとつ、分かったことがあります。
 わたくしは、大好きなさくやお姉様の言葉を、お姉様の言葉だけを〝信じたい〟のだということ。
 だから、わたくしも、お姉様を抱きしめました。
「ええ!そうですわね!わたくしとお姉様は、〝同じ〟で〝特別〟ですわ……!」

 空の茜色には次第に夜の気配が混じり合っていきます。
 昼と夜とのあわいの中に、うっすらと三日月が見えました。
 なんだか胸がいっぱいでした。
 さくやお姉様が大好きだという気持ちが胸に溢れかえっているのです。そしてお姉様も同じように思っていることが手に取るように分かりました。
 おでことおでこをくっつけて、お互いの体温を感じ合って。
 それだけでは足りずに、もっと一つになりたくて、唇を重ね合わせました。

 わたくし達は〝同じ〟
 わたくし達は〝特別〟

 だって、わたくし達は、月からやってきたのですから。

Fin.

powered by 小説執筆ツール「notes」

16 回読まれています