雪のひとひら

 白い空気が顔に触れるたびに頬のあたりがつっぱる気がして、やわらかい羽毛で編まれた手袋の手のひらで包んでほぐした。
 漏れ出ていく息は雪と同じぐらい白くて綺麗なもののように思える。空に登っていくのを見上げながら、頭上の高さに途方もない気持ちになった。
 そうしているとわたしにはどうしたって遠いその場所から、彼───テバさんがゆっくり降りてきた。
「やっぱりおまえか」
 足で持った弓をゆっくり背中に戻しながら、彼は大きな翼を2度3度はためかせて地に足をつけた。
 呆れた顔をしながら「上から見えたからまさかと思えばこれだ」とひとりごちるように言ったので、わたしは聞こえないふりをして笑って誤魔化した。
 もうほとんど目の前だというのに、歩くよりも飛んだ方が早いということで、わたしはまだ飛び方を知らない雛鳥のように彼の背に乗せてもらい飛行訓練場へと向かった。
 彼にゆっくり降ろされると料理鍋をあたためる薪はだいぶ減っているようだった。テバさんは当たり前のように新しい薪を加えて火を強くする。大きな火のあたたかさは、それでも広大な雪山のなかではどこか心細く感じてしまう。座らずに火を見つめていると隣から静かな声で名前を呼ばれた。
 テバさんはわたしよりずっと身体が大きいから、座ってもらってやっと同じ目線になるほどだった。たやすく近づけるこのくらいの距離のほうが好きだったけれど、彼は優しいのでわたしが疲れるのを心配していつも座るように促してくれる。少しだけこちらを見上げるようにしている緑と黄色が混じった瞳は澄んだ空気のなかで淡い光を放っていた。
「ほら、寒いだろう。こっちにおいで」
 白い翼が引き寄せるようにしてわたしを包む。そのまま両翼のなかに閉じ込められて、やわらかな羽のなかに埋もれる。
 テバさんの指のような羽がわたしの顔を優しく撫でていくので、離れるのが名残惜しくて思わず擦り寄った。甘えるようなわたしに応えるみたいに後ろから抱きしめる力が強くなる。頭のあたりに少し硬いくちばしがすりすりとあたるのを感じてテバさんもかすかな触れ合いを愛おしんでいてくれたらいいと思った。
「危ないから1人で来るなと言っただろう」
「そんなに心配しなくたって大丈夫ですよ。もう何回も来てるし…」
「…ハイリア人は、俺たちとは違うんだぞ」
 少し弱くなった声音が気になって腕の中から見上げると彼は心配そうな顔をしていた。
 分かってるのか、と念押しするように小首を傾けられると彼の羽飾りが音もなく揺れた。その動作が可愛くて、手を伸ばしどこまでもやわらかく滑らかな肌をたどって、ハイリア人で言うきっと頬のあたりをなだめるようにして撫でる。
 彼はわたしのことを自分よりもずっとずっと弱い生き物だと思っている。戦士だとかそうじゃないとか関係なく、ハイリア人であるわたしがひとりでは生きていけない存在だと信じて疑わないのだ。それこそ親鳥のように、わたしの行方をいつだって視界に収めて、ひとりでどこかへ行かないように腕の中に閉じ込めて守ってくれる。
「じゃあ、今度からはテバさんが戻ってくるまで村で待ってますね」
「そうしてくれ」
「ちゃんと早く帰ってきてくださいね」
「ああ」
 頬のあたりを撫でていた手をとられ、テバさんはわたしの指を喰むようにして一本ずつ甘噛みしていった。
 お伽話を見ているようなその姿をうっとり見つめていると彼に頬笑まれて、そっと顔を寄せられる。今度はやわやわと耳を甘噛みされてそのくすぐったさに思わず身を捩った。
 逃げると思われたのか、逃がさないと言うようにさっきまでよりもずっと強く抱きしめられる。噛まれた指と耳の熱を冷ます周りのつめたい空気がちょうどよくて、とても気持ちよかった。

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