羊の夜
「なあ、ゾロ屋の好みの男を教えてくれ
結婚にするならどんな男がいい?」
突っ込む気も起きないほど目の下にベッタリと張り付いたそれに、何日寝てないのか尋ねようとした矢先、立派な酔っ払いとなった男は
至極真面目な顔で、問いかけてきた。
男は酒に弱い性質ではなかったが、稀にゾロにとってはほんの少しのアルコールで常とは正反対の、陽気な男が出来上がる。
まあ泣いたり暴れたりするよりはいいか、と珍しいそのさまを内心では微笑ましく思っていたのだけど、今日はどうやら別方向のようだ。
ほんのり色づいた頬以外は、いつもと変わらない様子に、少し残念だなあとまで思っていたのに。
「待て待て待て、どうしたトラ男」
とりあえず、手元のグラスを水に変えてやろうとするけれど、ひょいと躱されて、思わず舌打ちをする。
この野郎、酔っ払いのくせに動きが素早いな。
「色々あるだろう?
背が高いとか、顔がいいとか、刺青がセクシーとか。」
「おまえは怪我が多いからな、
医者と結婚した方がいい、絶対。
酒も飲めて、酒場までの道をよく知ってるやつがいいだろう。」
「そうなると経験値から年も上の方がいい、大丈夫だ、航海士も優秀だし。」
「待て、なんで男が前提なんだ、
いやそうじゃない、」
本当に酔っ払っているのかわからないほど、流暢にまくしたててくる男の目は、必死なほどに真剣で、真っ直ぐとこちらを見据える表情に、う、と息を呑んでしまう。
「女がいいのか…」
その一瞬の間をどう思ったのか、
今度はめりこみそうなほど、急速に落ち込んで捨てられた子犬のようにしょんぼりと、こちらを窺ってくる。
変わり身はやすぎないか?
耳と犬なら尻尾が垂れているような悲しそうな顔は、酔っ払いの戯言とはいえ、反論が憚られる。自覚があるのがとかく厄介だがゾロは男のこの顔に少し弱い。
おれに弱いところなんて真っ平なのに。
ああもう。
「いや、そういうことじゃなくて「そうか!じゃあどんなやつだ?」
「背が高くて、手足も長いし、顔だってまあ悪くねえし、髭もある。」
「髭の話をするな」
「強くて、稼ぎが良くて、優しくて、
怪我の治療もしてやれて、もしかしたらそのうち髭だって医療でどうにかするかもしれないが、ゾロやのすべすべは譲れないからここは応相談だ。
酒もたらふく飲ませてやれるし、美味いものも食べさせてやれるし、
作るのはあまり得意じゃないが、おれは器用だからな、そのうち料理だってきっと上手くなる。」
「セックスが上手くて、いつでもおまえをあんあん「おいてめえ、落ち着け」
「…え?だって、おまえこの前だって、ここまではいってきもちい「いいから黙れ、叩っ斬るぞ」
馬鹿馬鹿しい会話の合間にどんどんと
目がとろんとして、今にも眠ってしまいそうなくせによく喋る男だ。
そろそろ、一発入れて寝かせようかな
うんそうしよう。
腹か首かどっちにしようかな
そんなことを考えていると、
ゆらゆらと船を漕ぎながら、ぱちりと目を開けた男の視線がこちらに線を結んだ。
「どんなけがだって、ぜったいに
ぜったいに治してやるし、
おれがいたら、ぜったいにしなせねえ」
「なあ、ぞろや
おまえの好みの男は?」
本当に船長って奴らは、これだか困るのだ。
「…あー
そうだな、強いやつは好きだ。
剣士だと尚いい。」
ふふん、そうだな
妙に得意げな顔に、ふ、と噛み殺した笑い声が漏れた。
「背丈、はまあどうでもいいな。
でも筋肉はあった方が張り合いがあるな。
…わかったわかった、
おまえが鍛えてるのは知ってるから見せなくていいって。」
「うーん、あとなんだったか、
ああ、もちろん
酒、奢ってくれるやつはいいやつだ」
いつもの仏頂面をどこに置いてきたのか、うんうんと頷く上機嫌な男はふにゃりと相好を崩した。
「一本、筋の通った
野望に必死なやつがいいな。
てめえの道を真っ直ぐ歩いてるやつもな」
「ぞろや!」
ふらりと立ち上がった男は自慢の長い腕を広げて、がばりとゾロに抱きついて、というよりほぼ倒れ込んでぐりぐりと頭に頬を擦りかけてくる。
珍しく整えていない髭がこめかみにあたってちくちくする。
剃ってやろうかな、とそんなことを考えながら、男の体を抱き起こした。
ふにゃりと撓んで下がった目尻は、男を少し幼く見せて、形のいい唇から零れ落ちるそれは、綿菓子みたいに甘くて柔らかい。
おれは、おまえをだいじするぞ。
たいせつにしたいんだ。
あいしてる。
溢れ出るほどのそれは、ゾロの耳から入って、
あっという間に体中を巡った。
男に取り出されたのかと勘違いするほど心臓の音が体中で飛び跳ねている。
くそ、耳が熱い。ずるいんだこいつは。
おれの男は可愛くて格好よくて男前のいい男だ。
「…知ってるよ」
上機嫌であっという間に夢の中に旅立った男を、ゾロにしては破格の丁寧な手つきで、寝台に降ろすと
形のいい額にひとつ口付けを落とした。
意識がないのを知ったら悔しがるだろう、
ざまあみろ。
そうしてふと先ほどのやりとりを思い出して
うん、こいつのまるい額は好みだな。
ふふ、と夜に溶けるように、ゾロは微笑んで、
するりと男の隣に滑り込んだ。
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