メーデーメーデーメーデー
※3P。燐音が増えてるけどタネは考えてません
※呼び方捏造あり
※旧館をヤリ部屋に使ってごめん
※♡喘ぎ
『天城燐音がふたりになった』という一報は朝の星奏館を彗星のごとくに駆け巡った。当然その報はすぐにHiMERUの元にも届いた。問題の男と同室である巴日和からの鬼電によって。
『助けてHiMERUくん起きたら燐音先輩が増えててこれは何!? 何か知ってる? ともかくうるさくてかなわないね誰でもいいから回収しに来て今すぐ、早く来てくれないとぼくと奏汰くんの気が狂っちゃう! お願いね!!』
通話を終えたHiMERUは首を捻った。せっかくのオフだというのに朝六時にしつこい着信音で叩き起されて、覚醒しきらない頭にキンキンした悲鳴を注がれて、しかも話の内容は自分のところの傍迷惑なリーダー絡みときた。最悪の目覚めと言って差し支えない。
聞かなかったことにして二度寝……したら巴さんに数年先まで根に持たれそうだ。ここで恩を売っておくのもいいだろう。仕方ない、呼び出されてやるか。
そう合理的に判断してHiMERUはのそのそとベッドを這い出した。しかしあれだけ捲し立てても言葉は明瞭でひと噛みもしない巴さん、滑舌どうなってるんだ。そんなどうでもいいことを考えつつ、寝間着のボタンを外していく。
廊下は早起きのアイドルたちの不穏なざわめきでいっぱいだった。
「ああ『ひめる』殿、おはようである。なんだか恐ろしいことになっているようであるな」
「神崎さん……その口ぶりだと、」
「否、我は直接見たわけではないのだが。蓮巳殿が泡を食って七種殿を探していたのでな」
「俺は見たぜ」
「俺も見たぞお」
神妙な面持ちで話す颯馬のうしろから、ぬっと巨体がふたつ、姿を現した。
「鬼龍先輩、三毛縞先輩」
「天城の奴だろ? 増えたってのは本当だぜ。ついさっきランニングから帰ってきたとこで出くわしたからよ、こりゃただ事じゃねえと思って玄関で首根っこ捕まえて、部屋に押し込んだ。片方だけな」
「片方だけ……」
つまりもう片方は取り逃した、と。紅郎は質の悪い冗談を言うような人間ではないと、浅い付き合いながらにHiMERUも知っている。虚実曖昧だった日和の言葉が確実性を帯びる。やっぱり最悪だ。最悪の朝だ。
「身軽すぎんだろあいつ、俺と三毛縞が揃って振り切られるなんてよ。正面きっての殴り合いなら負けるつもりはねえんだが」
「ははは、残念無念! それはまた今度だなあ紅郎さん。今は緘口令を敷くのが先決だ」
緘口令。そうだ、『天城燐音がふたりになった』ということが事実なら騒ぎになる。まずは正確な現状の把握。次いであの男の行動を封じなければ。奴に自由を与えるな。飼い主としての使命感に駆られたHiMERUの脳がようやく百パーセント稼働しだした。
「三毛縞先輩、既にこのことを知っている者の口封じを頼みます。借りは天城にツケておいてください」
「口封じって……物騒だなあ?」
任せてくれ、という声を背に、HiMERUは廊下を駆け出した。
「おっそいねHiMERUくん!!」
息を切らして目的の部屋に飛び込んだHiMERUを迎えたのは苛立った様子の日和だった。いわく、紅郎たちの尽力で回収できた方の燐音が再度出て行かないよう、日和と奏汰で見張っていたのだそうだ。手首と足首をタオルで縛られて床に転がされている当人は不満げにくちびるを尖らせている。
「ここまでしなくたって逃げねェっての〜」
「『ねんのため』ですよ〜、『くんしゅ』さん」
「ええと、うちのがご迷惑をお掛けしました……?」
「現在進行形だね。悪い日和!」
じゃ、ぼくたちはもう仕事に出るからね。そのひとのことは煮るなり焼くなり好きにしたらいいね。ひらひらと手を振って、ふたりは本当に出て行ってしまった。
部屋にはHiMERUと燐音だけが残された。はあ〜……と長いため息が落ちる。HiMERUのものだ。
「説明を」
「ンじゃこれ解いてくんね?」
「納得できる説明をもらったら解きます」
「そんなん無理っしょ。俺っちにもわけがわかんねェ」
「は?」
ドスの効いた声を発したHiMERUにお〜こわ、と燐音は肩を竦めて見せた。余裕綽々の態度が気に食わないが、まずは状況把握。ふう、とひと呼吸置いて、情報を整理することにする。
「……増えたそうですね」
「おう。なんか増えた」
「緊急事態じゃないですか。そんな時にどこへ行こうとしていたのですか」
「あ〜……怒んねェ?」
内容によります、と微笑むHiMERU。ビクッと縮こまった燐音は、笑顔の底から放たれる圧に耐えかねてゴニョゴニョと白状した。今日新台入替の日だから、俺っちがふたりいるなら丁度いいと思って。それぞれ違うパチ屋に並ぼうとしましたァ。
「この馬鹿犬」
「犬!? スンマセンしたッ、目先の欲望に屈しました!」
「あんたってひとはなんで時々クソバカになるんですかアンポンタンが! 放送禁止用語で詰られたいか!?」
「ごめん、ごめんって! 落ち着けメルメル、お里が知れるぜェ!?」
「誰のせいだと思ってんですか!」
せっかく呼吸を整えたのに台無しだ。グワッと沸騰しかかった頭を冷やそうにも、こいつのツラを見ていたら冷めるもんも冷めない。やむなくHiMERUは目を閉じて視覚情報を遮断した。
「──念の為聞きますが。|ふたり《・・・》で間違いありませんね?」
HiMERUの懸念は|本当にふたりで打ち止めなのかどうか《・・・・・・・・・・・・・・・・・》だ。これが実は三人でしたとかなら、もう収拾がつかない。天城燐音はひとりでも手に余るのだ。加えて今は間の悪いことに、ニキもこはくもロケでESを離れている。手綱を握れるのは事実上HiMERUだけ。祈りつつ目を開けたと同時、背後のドアノブがガチャリと音を立てた。
「ただい、あ? お取り込み中?」
ひょっこりと顔を出したのは、今まさにそこに転がっている天城燐音と寸分違わぬ姿をした男だった。強烈な目眩に襲われたHiMERUは、思わずドアから入室してきた方の腕を掴んだ。嘘だろ本当に増えてる! 実際に目の当たりにするとショックがすごい。
「お、どしたメルメル具合悪そ、ぐえッ」
考える前に身体が動いた、というのはすべてが解決したのちのHiMERUの言葉である。右手で人体の急所である喉を捕らえ、すかさず足を払って相手の背中を床に叩きつけた。以前『マトリックス』でのリーダー交代の折に一彩に仕込まれていた武術(なんで?)が局所的に役立った。ふらついていたはずのHiMERUがこんな動きを見せるなどと予想すらしていなかった燐音は、あっさりマウントポジションを譲る羽目になったのだった。あッずりィ! と縛られている方の燐音が叫んだのにはあえて反応しない。HiMERUはいちいちツッコむのにも疲れてきている。
「そのまま動くなよ」
「ありゃ〜すっげェ怒らせてンなァ俺っち、何したの?」
「俺っち|たち《・・》! おめェも同罪だっつの」
「口も利くな! HiMERUの質問にだけ答えなさい、いいですね?」
はァ〜いとやる気のない返事が綺麗に重なって、HiMERUは胃が痛くなった。
■
絶対に無断で外出しません、勝手な行動は慎みますという言質を取られた上誓約書まで交わし、ふたりの燐音はようやく拘束を解かれた。
場所は移って星奏館の旧館。HiMERUが指定し、可能な限り人目につかないようにと時間差でひとりずつ移動した。犯罪者にでもなった気分だな、と燐音たちは思った。今は元『Crazy:B』部屋のフローリングに三人で胡座をかいて輪になっている。
「……で、何が起きてる?」
HiMERUを怒らせるたびに思い知ることが、燐音にはある。美形のガチギレ顔は怖い。いやマジで。
「見たまんま」
「ご覧のと〜り」
「原因は?」
「俺っちにもサッパリ」
「わかったら苦労しねェっしょ」
「……一応の確認です。身体は大丈夫なのですか?」
「「絶好調☆」」
「同時に喋らない!!」
HiMERUは頭を抱えた。ただでさえうるさい男がアメーバの分裂もかくやといった具合に増えたのだ。そっくりそのままの姿かたちで。
「ンで、ちょっと前の質問の答えだけど」
「喋りたいなら許可を取りなさい」
「ハイメルメル先生」
「はい燐音。発言を許可します」
『燐音』と呼ばれたヘアバンドを着けていない方が、挙手をして口を開く。なおヘアバンドを着けている方を『天城』と呼んで区別することをHiMERUが勝手に決めた(天城の方は〝てめェず〜りィ俺っちも燐音♡ って呼ばれてェ〜! リンリンでも可!〟と散々ゴネた)。似ているどころかまったくの同一個体なのだ、こうした小物などを目印に見分けるしかない。身近にいるいたずら好きな双子の苦悩の一端をこんな形で味わうことになろうとは、燐音もHiMERUも想像だにしなかった。
「メルメルが気にしてた件な。『俺っちたち』はふたりで間違いねェよ。だよな?」
「ん、あァ。俺っちとこいつ、これでぜんぶ。信じていい」
先刻、ふたりめの燐音が財布を取りに帰ってきたためにうやむやになっていた疑問。に対する答え。もう何もかもを疑ってかかりたいHiMERUはムム、と眉を寄せた。
「なぜそう言い切れるのですか?」
腕を組んでう〜んと唸った天城が、嘘みてェな話だけど、と前置きしてから続ける。
「同一個体とは思考を共有してるっぽいンだよな」
「どっ、きょうゆ……?」
「きゃはは! 理解を拒みてェ〜って顔してンな」
無理もねェよ、と燐音が若干引き気味のHiMERUの肩を叩いた。
「俺っちはこいつ、こいつは俺っち。イコールの存在だからか脳が繋がってる。こいつの考えてることがリアルタイムに俺っちにも入ってくるってわけ。CPUはひとつだけどふたつのコアが同時に働いてる、つまり並列処理だな」
「はあ」
「そ、今機能してる脳はふたつ。仮に俺っちが三人いるなら三人ぶんの情報が入ってくるはずっしょ?」
「なるほど。理解はできませんが納得はしました」
さすが賢ォい♡ と水色の頭を撫でようとした天城の手は、すかさず伸びてきたHiMERUの手にべちん! と払いのけられた。人見知り発揮してる猫チャンみてェだな、という感想は飲み込んでおく。隣の燐音もにやけた口元を腕で隠して大人しくしている。思考を共有しているからである。
「てなわけでェ、心配は要らねェからもう怒んのやめてェ?」
ビキ。眉間を押さえているHiMERUの額に青筋が立った。甘えた声を出したのは向かって右にいる燐音の方だが、ふたりの表情は完壁にシンクロ。眉を下げて瞳を潤ませ下くちびるを軽く突きだす、絆されろとでも言わんばかりの渾身の仔犬顔だ。そうはいくか。HiMERUはわなわなと震える拳でドンと床を叩いた。
「ふざけるな、HiMERUが怒っている理由がわからないわけじゃないでしょう!?」
天城と燐音が目と目を見交わす。それから一気に気まずそうな顔になり、ついには肩を落とした。あ〜、ね。ウン。そんなやりとりののち、ふたりは同時にごめんと言って頭を下げた。
「悪ィメルメル、忘れてたわけじゃねェんだ」
「頑張って休み合わせてくれたのにごめんなァ……」
「……」
そう、今日は燐音もHiMERUも揃ってオフの日。午後から一緒に出掛ける予定を取りつけていたのだ──とはいえHiMERUも鬼ではない。しょんぼりと沈んだ二対の瞳に見つめられると、瞬間的に膨らんだ憤りも悔しさもみるみるしぼんでしまう。
「──いいです、すみません。八つ当たりしました。こんなわけのわからないことになって、あなた自身がいちばん不安なはずなのに」
正直言ってHiMERUはこの日を楽しみにしていた。ふたりで過ごす休日は久々だから、とても、かなり、楽しみにしていた。なのによりによって今日(仕事のない日で良かったのだけど)、こんなトラブルに見舞われるだなんて。
でもさァ。手のひらで顔を覆って黙り込んでしまったHiMERUのつむじに、愉しげな声が降る。自然な仕草で手首を取られて、いつの間にか縮まっていた距離にはっとする。
「そォんなキレるほど楽しみにしてくれてたなんて、燐音くん嬉しいぜ」
「出掛けらンねェ代わりにイイことしようぜ? |三人で《・・・》」
間近からHiMERUの耳に囁かれる、毒のように甘い声。ぞぞ、と血の気が引く感覚に、咄嗟に腕を引いた。がっちりと捕まえる手は離れない。触れている場所が熱を持っている。目線を上げると、とろりとやわらかく撓んだ二対の碧と目が合った。
■
なんで。どうしてこんなことに。はっはっと短く息を吐き出しながら、HiMERUは涙で霞む視界を懸命に睨んだ。ふはっと吐息に混ぜるように笑って、怖ェ顔、と脚のあいだにいる男が呟いた。
「もうちょい力抜いてくんねェと、入るもんも入んねェンだけど」
「ッあっ……」
ぐち、と天城の手元から濡れた音がする。ローションを纏わせた指をHiMERUのなかに出し入れしつつ、天城は余裕たっぷりに口端を吊り上げた。
「んなの、無理っ、ッ」
「無理じゃねェっしょ〜? いつも上手に力抜けるじゃん、メルメルはァ」
「ひ、ぁ」
緊張してる? 耳に直接注ぎ込まれる声は燐音のもの。背後からHiMERUを羽交い締めにするひどい男は、やわい耳朶を甘く食んでククッと低い笑い声を零した。
「それとも興奮してンの?」
「んんう♡」
きゅ、と燐音の指先がしこり立った乳首を摘んだ。時折服の上からそこを掠めていた手は、HiMERUの強情を崩すためだけに意志を持って這い回りはじめる。強弱をつけて弾いたり押し潰したりを繰り返すそれに、HiMERUは上がる声を抑えられない。口を覆いたくとも両手の自由がきかないのだ。くちびるを噛んで堪えようとすれば燐音の指がそれを阻む。アイドルの指を傷つけるわけにはいかない。
「おっ、こっち弛んだ」
「ふ、ァん♡ あ♡」
ぐちゅ、ぐちゅり。濡れた音の間隔が狭まる。脚を閉じようにも腿を押さえ込んでいる不埒者のせいでどうにもならない。HiMERUの頭の中ではガンガンと警鐘が鳴り響いている。駄目だ。だめだ、今こんなことしてる場合じゃ。緊急事態だぞ。このまま流されたら。なけなしの理性を総動員してうしろに首を伸ばし、やめろと訴えるために口を開いたのだったが。
「なァにメルメル、キスしてェの?」
「ちがっ、んん〜!」
都合よく解釈した燐音のにやけ面が迫り、文句を言う間もなくくちびるを塞いだ。ぬるりと侵入した舌がHiMERUのそれを絡め取って好き勝手に動きだす。いつもの、HiMERUの好きな、脳味噌を溶かして馬鹿にさせる深いキスだ。長い舌は口内を余すところなく犯し、頭の中をピンク色の靄でいっぱいにしていく。何も考えられなくなる。くちづけの間も乳首を弄ぶ手は止まらない。口の端から溢れた唾液を拭い去る指の感触にまで感じてしまう始末で、HiMERUは早くも己の理性の敗北を予感していた。
興奮、しているのかもしれない。非現実的で理解不能な非日常に。ふたりの燐音に挟まれて身体の自由を奪われ、下半身だけを裸に剥かれて前からうしろから気持ちいいことばかりを施される、どう考えても不道徳なシチュエーションに。
三人でしたことなんて勿論ないけれど、不思議と怖くはなかった。燐音から与えられるものが恐ろしいものであるはずがないという無条件の信頼がHiMERUにはあった。燐音はいつだって献身的なまでに、良くしようと尽くしてくれるから。そんなはしたない期待を抱いてしまっていることを、不本意ではあるがHiMERUも自覚しつつあった。その証拠にまだ触れられてもいないペニスはこれ以上ないほどに昂り、透明な雫を零し続けている。目を覆いたくても以下略。早く楽になりたいという短絡的な欲求がHiMERUの脳内を占めていく。楽になる。つまり射精だ。出せば頭も冷えるはずなのだ。
「あま、ぎ、天城」
「ハイハイ天城ですよォ〜」
眉間にできうる限りの力を込め、向かい合っている男を睨み上げる。息も絶え絶えに請うHiMERUは、自分がどれだけ物欲しそうな顔をしているのかわかっていなかった。
「も、いいから、ッイかせ……っ」
「え〜いいのォ?」
手を止めた天城の表情がぱあ、と輝く。反対にHiMERUは青ざめた。言葉を選び違えたのだとすぐにわかった。ぶんぶんと尻尾を振りだしそうな一瞬の可愛げはすぐさまなりを潜め、次に天城が浮かべたのは凶悪と言って差し支えない左右非対称な笑み。HiMERUにとっての悪夢の始まりはここからだった。
「ンじゃあちんこ触んないでイこうな♡」
「あッ!? そ、じゃなっああア♡♡」
天城は容赦なく手の動きを再開させた。HiMERUが根を上げるまであえてポイントを外してアナルをまさぐっていた指を、二本揃えて一箇所を叩く動作に切り替える。途端にHiMERUはびくん! と大仰に震え、顎を反らして激しく喘ぎはじめた。作戦成功。燐音たちはふふんとほくそ笑み合った。
三人でするインモラルなセックスにHiMERUが難色を示すのはわかりきっていた。であれば早々に抵抗する気力を削いでしまえばよろしい。互いに思考を共有しているふたりの燐音の燐音による燐音のためのテレパシー会議がおっぱじまった。
大好きな俺っちアンド俺っち♡ にめちゃくちゃ気持ちよくされてわけわかんねェままトロトロのぐずぐずになっちゃうメルメル、見たくね? 見たい。よし。焦らして焦らしてナカでイかせまくったら諦めてくれるンじゃねェかなァ。あ〜。あんまり焦らすと本気で嫌われるぜ? ホラ前にも。次やったら殺すって言われてンだよ俺っちはよォ。焦らしてることに勘づかれなきゃいいっしょ。なァ俺っち、キスはおめェに譲る……正直羨ましいけど! 俺っちもメチャメチャキスしてェけど! ン、おめェがメルメルのケツをぬる〜く弄ってるあいだ、うまいこと気ィ逸らしときゃいいってこったな。そそ、役割分担。勿論ちんこ触ンのはナシだ。乳首はヨシ? …………ヨシ! イエー。そんで我慢強いメルメルの我慢が利かなくなるのをじっと待つ。じっとか。おう、じっとだ。メルメルの方からオネダリしてくれるまでな。おけ。俺っち同士だと話が早ェな。うん、マジでな。
そんなわけで燐音たちの思うまま事は運んでいる。
「いあッ、っ♡ う♡ ぁう♡♡」
全身を桃色に染めて強い快感にガクガクと身悶えるHiMERUを、天城はうっとりと見下ろしていた。手間暇をかけて覚え込ませたおかげで、HiMERUの身体は本人の意思を裏切るように快楽に弱い。みっちり仕込んだ甲斐があったってモンだ。なかの一際感じるところを指で挟んで揉むと、高い声を上げたHiMERUが脚をばたつかせて天城の肩あたりを蹴った。幸せな痛みに天城の表情筋はでれでれと緩みきりだ。
「あ〜メルメルかわい〜♡ ど〜ォきもちい? 俺っちに教えて♡」
「や、だ、やだ! や、ァ♡ イッ、ぅ〜〜♡」
「お、イッた?」
「とめっ、とめて、ぇ♡ 燐音♡ りん、っ」
あれ、燐音、天城、どっちだっけ。力強い腕で自分を抱える男の鎖骨に額を擦りつけながら、HiMERUはぼうっとする頭で必死に考えた。もうわからなかった。たぶんきっとそんなことは問題ではないのだろう。わかるのは〝まだ出させてはもらえない〟という絶望的な事実。三本に増えた指をぎゅううと締めつけてまた達しても、HiMERUの視界に入った自身の屹立は白濁混じりのカウパーを垂らすだけ。つらくて切なくて、でも気持ちよくて、HiMERUは力なく首を振って男の名を呼んだ。すこしも優しくない、だけど好きな男。
「燐音くんはこ〜っち。メルメルもうちょい頑張ろうなァ」
甘やかす声音を吐いたそばから恋人に無体を強いている、アンビバレントな状況にのめり込んでいる燐音の方も、もうとっくに正気ではなかった。汗で張りついた前髪を丁寧によけてやるふりをして、あんあん鳴いて乱れるHiMERUの顔をドキドキしながら覗き込んでいる。当たり前のことだが普段は燐音がHiMERUをどうこうしているわけなので、この男が誰かにどうこうされているところを見るのは初めてだ。瞬きをするのも惜しいほど刺激的で、夢中にさせられる。さっきから股間が張り詰めすぎて痛いくらいだし、次々溢れてくる生唾を飲み込むのに忙しい。
今。HiMERUをこんな風に乱れさせているのは燐音自身で、こうして触れることを許されているのだって燐音以外にあり得ない。それでも胸の内にモヤ〜としたものが溢れていくのを感じていた。覚えのあるこれは、嫉妬か。自分相手にか。エ〜なんか……悔しいな……。つか腹立ってきたな……?
「な〜ァもう挿れるぜ? いい? いいよなァ?」
明後日の方に飛びかけていた燐音の意識は天城の声に呼び戻された。ぱちくりとまたたくと欲情しきった様子の己と目が合って、心底微妙な気持ちになる。ムラムラしてる時のてめェの顔なんざ見たかねェんだよ。燐音たちは互いの考えていることがわかる。性格もまったく同じ。だから天城は、燐音の嫌がることを的確に選び取り、実行した。たったひとりの恋人に自分が先に挿入するという時に、もうひとりの自分へ見せつけるように、バチーンとウインクをキメた。
「ア゛!? てンめェ……!」
「まァまァ。天城、お先に失礼しまァ〜す♪」
萎えたらどうしてくれンだいい加減にしろ! と吠える燐音を無視して天城はゆっくりと腰を沈めた。萎えるわけない、自分のことだからわかる。だってさァ、
「うッあ、なか、ぁ♡ きてるっ♡ きてぅ、〜〜〜ッッ♡」
挿れられただけで声も出せねェくらい感じまくってイッちまうメルメル見て、てめェが興奮しねェわけねェっしょ? てめェは俺っちなんだから。
熱く蕩けた内壁は突き立てられた肉を食い締めるように蠕動し、HiMERUを襲った官能の大きさを物語る。天城が思わずといったふうに息を詰めた。
「……っ、すげ、喰いちぎられそ」
「ちぎれろ」
「オォイ俺っち? 負け惜しみかァ?」
なぜかHiMERUの頭上でバチバチしはじめる天城と燐音。しかし肩で息をするHiMERUにはほとんど聞こえていない。そそり立ったままのペニスは未だ解放を許されていなかった。なかへの刺激だけでは射精に至れず、精嚢でぐるぐると渦を巻く欲がHiMERUを苛んだ。なのに一度絶頂へ押し上げられた身体は、冗談みたいに暴れて先を求める。天城が腰を引く動作に胸を突き出して仰け反り、押し込む動きに背中を丸めて感じ入る。妙なスイッチが入ってしまったのか、HiMERUはのぼり詰めたまま戻ってこられずにいる。
「あっあっあっ♡ はァあ♡♡ また♡ またくるっ♡ いっく、ンン♡」
「待て待て待てやばいやばいやばい一旦抜いてい? イッちゃう」
挿入から五分と経たずに焦りはじめた天城を燐音はジロ、と半目で見やった。
「ハァ? 早漏すぎね? 俺っちそんなんじゃねェんですけど?」
「バッカ早漏じゃねェよメルメルが俺っちのことぎゅうぎゅう♡ ってして離してくれないせいですゥ〜!」
「あっそ、メルメルキツそうだしバックでしてやれよ」
「ン〜そうする……俺っちもその方が楽……」
もそもそと身体の向きを整え、仕切り直し。床に手と膝をついたHiMERUを、天城が背後からひと息に貫く。呼吸をし損ったくちびるがはくはくと虚しく開き、芯を持ったまま垂れ下がったペニスから飛んだカウパーがフローリングに水溜まりをつくった。
「メルメルだいじょぶ? 俺っちにしがみついていいぜ〜?」
「はふ♡ あァっん♡ 燐音……♡」
「うん、そう。いっぱい気持ちよくなれて偉いなァ♡」
「ん、ぅんっ♡ きもち、きもちいれす♡ りんぇ♡」
HiMERUは両腕を燐音の首に巻きつけ、夢中でキスをねだった。すんと鼻を鳴らせば汗と香水の混じったよく知る恋人の香りが肺を満たし、のぼせたような感覚に脳がぐらぐらと揺れた。燐音の舌が口腔に這い入り、心地よさに目を細める。激しく奥を犯す熱い杭は愛おしいかたちをしている。前もうしろも好きな男でいっぱいに埋められて、HiMERUの頭は多幸感でおかしくなりそうだった。
「なァんか敗北感……挿れてンの俺っちなのに、おめェばっかメルメルに求められてるっつーか……?」
フゥフゥと息を荒らげながら天城がつまらなそうに零した。それを受けた燐音はハハンとせせら笑う。HiMERUの顎をついと持ち上げてその表情が天城に見えるようにすると、甘やかしてもらう時専用の猫撫で声で囁いた。メルメルが好きなのはァ、優しいやさしい燐音くんの方だもんなァ? もはやハートを飛ばすだけになっているHiMERUは〝イエスと言え〟という圧だけを本能的に感じ取り、涙目でこくこくと頷いた。燐音と手指を絡めてきゅっと握るおまけつき(無意識のやつ)で。
「は、いっ♡ ひめ、るはぁ、りんねが好きっ♡ しゅきれす……♡」
喋っているあいだも天城が揺さぶっているせいで途切れ途切れの回答となったが、燐音はムフーンと満足そうに口角を上げ、HiMERUとイチャイチャしている方の手を誇らしげに突き上げた。
「勝ォ〜利!」
「試合に勝って勝負に負けたっつーわけかよ。ハ〜ア釈然としねェ〜」
それでも気持ちいいモンは気持ちいいし、メルメルはエッチだし。俺っちは俺っちで美味しいとこいただいちゃうとしますかねェ。ぺろりとくちびるをひと舐め、天城はほどなく届きそうな頂上の予感に従い、腰のストロークを早めた。
アブノーマルな行為に耽る後ろめたさも解決しなければならない問題も、随分前に快楽が遠くへ押し流してしまった。やめろも嫌だも言えずにただ喘ぐHiMERUは、今更相手を咎めるような倫理観など持ち合わせてはいなかった。今だけは、自分が誰なのかも忘れるくらいにブッ飛べる、本気で死ぬんじゃないかってほど気持ちいいことを、もっと。低く呻いた天城がゴム越しに奥に放つ頃、燐音の指に亀頭を強めに刺激され、ようやくどろりと濃い精液を溢れさせてHiMERUも果てた。
「ぁ、は……♡ はあ……♡」
「よォしよし。よく頑張った」
全身脱力してずるずると崩れ落ちてしまったHiMERUの頭を、燐音の手のひらがそっと撫でる。余韻にひくひくと震える身体をどうにか起こそうと腕を突っ張ったHiMERUだったが、胡座をかいている燐音の股座に落っこちた自分の頬に、何か存在感のあるものがぺたんと触れていることに気づいた──気づいてしまった。
「あ〜……メルメルさん?」
「ヒャッ……」
ガチガチのちんこが喋ったわけでは勿論なく、ばつが悪そうな声を出したのは持ち主の燐音だ。短く悲鳴を上げたHiMERUの両腋の下に天城が手を入れて抱き起こし、言葉の続きを引き継いだ。
「『俺っち』がまだなんですケド、責任取ってくださる?」
元々白いHiMERUの顔面から更に血の気が引いた。何が〝責任取ってくださる?〟だ。お伺いの形をとった強制だ、これは。まだまだ悪夢は終わらないことを悟り、HiMERUは一切の抵抗を放棄したのだった。
■
目に入ったのはいつもの天井ではなかった。どこだここは。慌てて上体を起こそうとするも、下半身に身に覚えのある痛みが走ってHiMERUはピタリと動きを止めた。
「……いってえ……」
茶色い天井が目の前。二段ベッドの下段。旧館か。
「んお、起きたァ?」
HiMERUに背中を向けて座っていた人物が振り返った。見間違えようもないこの男は、天城燐音。癪な話だがHiMERUの恋人である。
「……! 天城!!!!」
この世の終わりみたいなとんでもない悪夢の記憶が一気に蘇り、HiMERUはらしくなくデカい声を出した。もうひとりがいなくなってる。夢か? ふたりの天城燐音は、本当に夢だったのか? 一瞬痛みを忘れて燐音に掴みかかり、馬乗りになったHiMERUが喚き立てる。
「もうひとりは……天城、いや燐音は! いないのですか!? 元に戻って……、いえ、やはりあれは現実ではなかっ、」
「ンや、悪ィ。現実」
一刀両断だった。俺っちは二時間くらい前までふたりいて、ふたりで代わるがわるメルメルを掘りました。ガン掘りしました。ごめんね(はーと)。
「ごめんで済むかあ!!」
バァンと古いローテーブルをひっくり返し、HiMERUは生きてきた中でいちばんの大声で叫んだ。意味もなく泣きそうだった。夢オチだったらどんなにしあわせだっただろう。くそ。結局理屈はよくわからないままらしいし。HiMERUは実感としてよく知っていたことだが、現実はくそなのだ。
と、ゼエゼエと荒い息を吐くHiMERUの頬に燐音の手が伸びた。絆されない、絶対に絆されない。強く誓って碧い瞳を睨みつける。手の甲でそこをひと撫でし、熱はすぐに離れていった。物足りないと感じたのは気のせいだ、HiMERUは己の心にそう言い聞かせる。
「ごめん、無理させた」
「……」
「ごめんな」
「……、今何時ですか」
左腕を持ち上げた燐音が、手首にはまった文字盤を見せてくれる。今なァ午後一時前だぜ。朝早かったしな。無言で眉を上げたHiMERUに、ふっと力の抜けた、愛おしむような笑みが返ってきた。この男がたまにする、覆しようのない年齢差を感じさせる穏やかな表情。こんな時いつも、HiMERUの胸はちくりと刺されたような痛みを訴える。
「元から今日はメルメルのために空けてンだ。予定とは違っちまったけど、残りの休日ぜんぶつぎ込んでたっぷりおまえを甘やかすよ」
デートの埋め合わせはまた今度、な? 上に乗っているHiMERUのうなじを大きな手のひらで引き寄せると、むすっと尖ったくちびるに可愛らしいキスをくれる。ちくり、ちくり。これはもう、惚れた弱みというやつなのだ。愚かだな、とHiMERUは思う。我ながら愚かだ。愚かで、でも悪くはない、とも。
「……コーヒー」
「りょーかいダーリン。喉つれェっしょ? ミルクと蜂蜜入れるな」
「ん。……許しては、ないからな」
明らかに機嫌をとられている今、隙を見せてはいけない。HiMERUの強情はすっかり堅牢さを取り戻していたけれど、ほんの僅かな綻びをも燐音は見逃してくれないのだ。
「いいよ。もう許したって言ってくれるまで離れねェもん」
これが緊急事態の顛末。間違いなく悪夢の部類ではあったのだけど、好きと気持ちいい以外何もわからなくさせられる燐音とのセックスが好きだという自覚をHiMERUにもたらしたこの出来事は、これからのHiMERUをちょっとだけ積極的にさせたの、かもしれない。
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