出番


四草師匠の新しい写真見た?
見た、見た。アレ何?
イメチェンとちゃう?
それはちゃうやろ~。
とうとうウチらの四サマもアレになってもうたかあ〜。ブルーベリーのチーズケーキとか差し入れしたいなあ。
りくおじのが普通に美味しいて。まあここ、食べ物はおコメ以外の差し入れアカンけどな~。
それ、忘れてた!
私らで四サマの代わりにりくおじ買って帰ろ~。


四草兄さん、あんまり甘いもの得意とちゃうけど、て呆れてる場合とちゃうなあ。
草太くんに言われて、皆の写真撮って季節ごとに日暮亭のロビーのとこに飾るようにしたけど、これほんまに評判ええわ。

やっと涼しくなって来たなあ、と思った途端にまた四草兄さんの周りがかしましくなって来たの、やっぱりあの写真が原因なんやろなあ。
草若兄さんの後ろで眼鏡掛けてる写真の前で、立ち止まってジッと見入ってる人の多いこと。
最近の四草兄さんて明らかに髪染めてはるし、皆年取ってしもたんやなあ、てぼんやり思ってただけやけど、こんな若い子まで驚いてるとか、ほんまにびっくりしてしもた。
草々兄さんのファンは昔の草若師匠のファンそのままスライドしてるんかな~、っていう年齢層の人たちになってるのに比べても、四草兄さんのファンの人てほんま年齢バラバラていうか……老若女女ていうか……男の人も、たまにはいてはるけど、女の人に比べて圧倒的に数が少ないていうか。
額装してあるわけでもなし、こんな風にしたら、人が見とらんから言うて写真を勝手に持っていくマナー悪い人とか、もしかしたら中に、一人、二人はいてるんとちゃうかな、てちょっとは思っていたけど、入れ替わり立ち替わりで見てる人が多いからか、そんなこともないし。
こないだなんか、日暮亭に徒然亭四草様気付で来てるファンレターに中国語とタイ語のが混ざって来てたなあ。四草兄さんて、今でもファンレターに時々見合い写真みたいのが入れられてることあるて聞くし、なんやもうファンの皆のおしとやかさと妙な図々しさとが十年逆行してるんとちゃうかな、って思ってたけど……差し入れに花束やのうて、りくろーおじさんかぁ。ほんまに人気なんやな、あれ。

どうってことのない集合写真でも、撮ってみると分かる。まあ皆、年からしたら草若師匠が私のおじいちゃんとお父ちゃんの前で愛宕山を演じた日のような、円熟期て言われてたような時期に入ってってるんやなあ。
四草兄さんも、弟子志願がおれへんのは以前のままといっても、最近は、あんまり掛けてる人のおらへんようになった『算段の平兵衛』と『池田の猪飼い』はお願いされたら教えてあげてるし。
それにしたって、毎回うちの稽古場貸してくれ、て言うて、教わりに来た人も草々兄さんのお弟子さんと並んでお昼ご飯食べて帰るのはほんまに……。
いや、分かりますけどね……。
私が四草兄さんの唯一の妹弟子になってしもて、他には弟弟子もいてへんし、草若兄さんは酔っ払いのお寝坊さんで、四草兄さんとこのお子さんうちの子に比べて人見知りやし……。
何のためにあんな広い新居なんですかね、ちょっとした郊外で周りには駐車場もようけあるし、事前に算段して草若兄さんのご機嫌いい時に、ちょちょいと交渉したらええんと違いますか、とか思ってませんから、ちっとも。
このところの新作の進捗がなかなか進まへんかったんも、『四草師匠の殺人盆踊りの噺、ほんまに楽しい~!』てはしゃいだうちの子が怖い話の読み聞かせにハマってしもて、私の方が夜が寝られんようになってしもたからで。
睡眠不足て、ほんま、お肌と創作落語の大敵やでぇ。
ふあ、とあくびをすると、高座から、二番太鼓の始まる音が、やっと聞こえて来た。
前座を終えた小草々くんが袖からやって来て「おかみさん、そろそろ出番ですよ。」と声を掛けてくれる。
もう、あくびしてる場合やないわ。
「今行く~。」
扇子は帯、小拍子もちゃんと袂に入ってるし。
出番やで、若狭師匠。

powered by 小説執筆ツール「notes」

24 回読まれています