悪の大王にだってなれる - ちびマジュ+ネイピリサオ
──だいじょうぶ、だいじょうぶ。きっとすぐに、見つけられる。
ばくばくと、ちいさな体がゆれるほど大きな心臓の音に、マジュニアはぎゅうと手を握りしめた。
買い物客でにぎわう都でひと際大きいショッピングモール。不規則に水がぴゅうっと噴き出す噴水には子どもが集い、あちらからそちらから、水が宙を舞うのに合わせてきゃあっと声が上がる。マジュニアはそれを遠くから眺め、フンと鼻を鳴らして腕を組んだ。
あんなの、こどもだましだ。ただ水が飛び出すことの、なにがおもしろいんだ。
マジュニアはできるだけ、子どもたちの輪から距離を取れるように噴水にわざと背中を向けた。本当は、ショッピングモールのなかでも一番大きな目印になる噴水の側にいたかったが、近くを通ったとき、赤ん坊を抱いたおとながマジュニアにもよく見えるようにと道を譲ったのがマジュニアの癪に障り、「ふん!」と大きな声で言って離れてしまったのだ。あとから、頬の色が変わるほどの後悔がマジュニアを襲ったが、それでもマジュニアは大丈夫だ、と心を奮わせた。
モールへと連れ立って来ていたピリナとサオネルを見失ってから、十分が経とうとしていた。一人ベンチに座るマジュニアに気がついたおとなが何人か、様子を伺いながら声をかけようともしたが、マジュニアはそっぽを向いてそれらを拒んだ。ピリナもサオネルも、もうすぐ来るんだ。おれは、たすけてなんて頼んだりしなくても、大丈夫なんだ。
気遣われることを恐れ、マジュニアはちいさな体をさらにちいさくするように、そっと息を潜めた。人が集う広場と、今は閑散としたイベントスペースを区切る背の低い生垣の下で膝を抱え、顔に力を込める。そんなマジュニアの頭上で、昼を告げるチャイムが大きな音を立てた。見上げれば、時計の長い針と短い針がぴったりと重なって、空をさしている。
不意に、目に熱いものがこみあげて、みるみるとマジュニアの視界が涙に沈みはじめた。おどろき、ピリナと揃いの手袋の端で頬を拭い、ぱちぱちとまばたきをくり返す。噴水の水が、目に飛び込んできたんだ。一度ふうっと息を吐き、マジュニアはからだの中心に意識を向ける。荒れた水面に滴を落とすように、周囲に気を行き渡らせ、見えない箱の中に手を伸ばすようにサオネルたちの気配を探した。
けれども、二人の気配はどこにも見つからない。それどころか、わいわいとにぎわう人の多さにさえぎられて、どれがなんだか、さっぱりわからない。また、瞼の代わりにしずくがマジュニアの瞳を覆いはじめた。
今日は、ネイルが来るのに。
いつもあちこちを移動して忙しくしているネイルが、休みだからとサオネルたちに連絡をよこしたのが先週のこと。マジュニアは跳んで駆けだしそうになる全身を堪えて堪えて、「よかったな」と頭をなでるピリナの手の下で頷いた。
遠く離れて、マジュニアを気遣い細かに連絡もくれるネイルだが、マジュニアはずっと不満だった。ちいさく幼いマジュニアを連れては仕事にならないことを、マジュニア自身もわかっている。だが、隣で手をつないで歩いてくれた次の日にはまた、次に帰ってくるのはいつかと聞けないまま連絡を待つばかりの日々。身長計代わりの柱の前に立って、カレンダーのマス目を数え、時計の目盛りを何回数えても、もどかしいほど変化は訪れない。いつまで経っても、あの背中のとなりに、辿り着けない。ネイルは「世界は広い」と喜ぶが、マジュニアは広い世界を嫌った。小さなマジュニアから遠くネイルを隠して、ずっと広いままの世界が。
もう、帰ってしまったのかもしれない。ネイルも、ピリナもサオネルも、マジュニアがいないことに気がつかないまま。
睨みつけた地面が、顔がつくほど近くて、落ちた涙がいつまで経っても届かないくらい遠いに感じた。ぐらぐらと、マジュニアの世界が今にも崩れそうに揺れはじめる。
「────マジュニアッ」
誰より知った気配が、さっとマジュニアを覆った。その姿かたち、響く声が、マジュニアを涙の海からすくい上げる。
「ねいる」
「大丈夫だったか、マジュニア」
うん、と返事をしようとして、できなかった。しゃくりあげた喉が詰まって、マジュニアはこっくりと頷いた。大きな腕がマジュニアを抱き、おだやかな指先が濡れた頬を拭った。ずっと、ずっと待っていた声でマジュニアを呼び、ずっとずっとずっと会いたかった顔が微笑んでいた。
「……ネイル、…………っひ、ねいる、う、」
次の瞬間、わあわあと、壊れた噴水より勢いよくさびしさがマジュニアの口をついて噴き出した。ネイルは、マジュニアを置いて帰っていなかった。もちろんサオネルもピリナも、ネイルに抱えられて弾けたマジュニアの気配を辿ってすぐにやって来て、ごめんなごめんなと潰れるほど抱きしめた。サオネルの肩を叩き、ピリナの腕を噛んで、マジュニアも二人に謝った。
重たい瞼をこらえて、マジュニアは背をやさしく叩くネイルの手に集中した。本当は、振り払おうと身をよじってしまいたい。けれどもとん、とん、という呼吸を整えるリズムが心地よく、いつまでも続いてほしいとも思って、結局おとなしく腕に抱えられながら目下過ぎ行く道を眺めていた。
「なんだったかな、忘れてしまった」
「俺はおぼえてるぜ、ピリナの夢」
「本当か?」
「車に変形するロボット」
「ぐっグワーッ待ってくれ覚えがある! わりと本気だった覚えがある……!」
ネイルを挟んで歩く三人の笑い声が、マジュニアの意識をやわらかに包む。マジュニアの視界では、でこぼこに並んだ三つの影が大きくなったり小さくなったりしながら並びあっていた。ネイルの肩にしがみついて、じっと動かないマジュニアの影だけがずっと、小さいまま。
「マジュニアの夢は?」
背中へ回り込むように、サオネルがマジュニアの顔を覗き込んだ。ネイルとは少し違う、それでもおなじように穏やかな手のひらが、もう乾いた頬をからかうように突く。
「……夢」
「なりたい自分の姿とか、やってみたいこととか」
「何かあるか? まー無いなら無いで、先が楽しみだけどな」
やってみたいことなら山ほどある気がしたけれど、ピリナがロボットになりたがったと聞いて、マジュニアは自分のなりたい姿を考えてみた。ネイルが「わたしも聞いてみたかったんだ」と言うので、より一層、ちゃんと考えてみた。高い肩の上、マジュニアは遠い地面を睨む。
──大きくなりたい。マジュニアは真っ先にそう思った。そうだ。世界中どこにいても、ネイルを、三人を見つけられるようになればいい。世界が自分の手に収まるくらい大きくなって、強くなって、そうしてやってみたいことのぜんぶを叶えてしまえばいい。
「夢は、せかいせいふく」言ってから、マジュニアはネイルの首巻に顔をうずめてこっそり笑った。かんぺきな計画だ。そうすれば、いつだって、迷子になったって、世界の全部が自分のものなら寂しくならないでいい。
「……こりゃあ育て甲斐があるってもんだぜ、なあピリナ」
「マジュニアは任せておけ、ネイル。立派な大王に育ててやるからな」
「私は応援すればいいのか? 止めるべきなのか……?」
あなたと並んで歩く明日のためなら、
@__graydawn
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